政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2024年6月13、14日開催分)
2024年8月5日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2024年7月30、31日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2024年6月13日(14:00から15:33)
- 6月14日( 9:00から12:16)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 安達誠司 (審議委員)
- 中村豊明 ( 審議委員 )
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者:
-
- 財務省 坂本 基 大臣官房総括審議官(13日)
- 赤澤亮正 財務副大臣(14日)
- 内閣府 井上裕之 内閣府審議官(13日)
- 茂呂賢吾 大臣官房審議官(経済財政運営担当)(14日9:00から11:00)
- 新藤義孝 経済財政政策担当大臣(14日11:01から12:16)
- (執行部からの報告者)
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- 理事 貝塚正彰
- 理事 加藤 毅
- 理事 清水誠一
- 企画局長 正木一博
- 企画局政策企画課長 長野哲平
- 金融市場局長 藤田研二
- 調査統計局長 中村康治
- 調査統計局経済調査課長 永幡 崇
- 国際局長 近田 健
- (事務局)
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- 政策委員会室長 播本慶子
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 企画局企画役 北原 潤
- 企画局企画役 倉知善行
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回会合(4月25、26日)で決定された金融市場調節方針(注)に従って運営し、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、0.076から0.078%のレンジで推移した。
この間、長期国債およびCP・社債等の買入れについては、2024年3月の会合で決定された資産買入れ方針に沿って、運営した。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、低位で推移した。翌日物金利のうち、無担保コールレートは0.07%台後半、GCレポレートは0から0.1%の範囲で推移した。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、概ね横ばいとなった。
わが国の株価(TOPIX)は、米国株価に連れて、上昇した。長期金利(10年物国債金利)は、先行きの金融政策運営に対する見方などを背景に、上昇した。国債市場の流動性指標をみると、多くの指標で改善方向の動きが続いている。債券市場サーベイにおける市場の機能度判断DIは、マイナス幅の縮小を続けている。為替相場をみると、円の対ドル相場および対ユーロ相場は、期間を通じてみれば、円安方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、総じてみれば緩やかに成長している。米国経済は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長している。欧州経済は、下げ止まりつつある。中国経済は、不動産市場の調整の影響は続いているものの、政策面の下支えもあって緩やかに改善している。中国以外の新興国・資源国経済は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善している。
先行きの海外経済は、緩やかな成長が続くと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国中央銀行の既往の利上げの影響のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性が高い。
海外の金融市場をみると、米国の長期金利は、経済指標の市場予想比下振れや物価指標の伸び率鈍化を受けて、低下した。欧州の長期金利は、概ね横ばいとなった。米国の株価は、米金利の低下やハイテク関連銘柄の堅調な決算を受けて、上昇した。欧州の株価も、米国株価に連れて、上昇した。この間、新興国通貨は、横ばい圏内で推移した。原油価格は、OPECプラスによる減産幅の段階的縮小の決定や米国原油在庫の上振れを背景に、下落した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。先行きについては、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。
輸出は、横ばい圏内の動きとなっている。先行きも、当面、同様の動きが続くとみられる。その後は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくと見込まれる。
鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きとなっているが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止による下押しが続いている。先行きの鉱工業生産は、当面、横ばい圏内で推移するとみられる。その後は、グローバルなIT関連財の持ち直しなど、内外需要の動向を反映し、増加基調に復していくと見込まれる。
企業収益は、改善している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかな増加傾向にある。先行きの設備投資は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、増加傾向を続けると予想される。
個人消費は、物価上昇の影響に加え、一部メーカーの出荷停止による自動車販売の下押しが続いているものの、底堅く推移している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、1から3月に暖冬や一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響から減少した後、4月の1から3月対比は自動車販売が持ち直すもとで小幅に増加した。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、5月以降の個人消費は、物価上昇を受けた消費者の強い節約志向を指摘する声は引き続き聞かれるものの、底堅く推移しているとみられる。消費者マインドは、このところ改善が続いてきたものの、足もとでは幾分悪化している。先行きの個人消費は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、政府による経済対策の効果もあって、緩やかに増加していくと予想される。その後も、雇用者所得の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けると考えられる。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い情報通信等を中心に、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。非正規雇用も、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。一人当たり名目賃金は、経済活動の回復や昨年の春季労使交渉の結果を反映して、緩やかに増加している。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、エネルギー価格の影響を受けつつも、徐々にプラスに転化していくと見込まれる。
物価面について、商品市況は、総じてみれば上昇している。国内企業物価の3か月前比は、原材料費や人件費等の上昇を価格に転嫁する動きがみられることから、足もとでは小幅のプラスとなっている。企業向けサービス価格(除く国際運輸)の前年比は、人件費上昇等を背景に伸びを拡大し、足もとでは2%台後半のプラスとなっている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台前半となっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による経済対策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
実質金利は、マイナスで推移している。企業の資金調達コストは、上昇しているが、なお低水準で推移している。資金需要面をみると、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境となっている。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、1%台前半となっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増加している。
この間、マネーストックの前年比は、2%程度となっている。
2.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢
国際金融資本市場について、委員は、米国の長期金利の低下を受けて、市場センチメントは改善しているとの認識で一致した。複数の委員は、米国の金融政策に注目が集まる中で、対ドル為替レートの変動が拡大しやすくなっていると指摘した。
海外経済について、委員は、総じてみれば緩やかに成長しているとの認識を共有した。ある委員は、国・地域ごとのばらつきは大きいが、海外経済全体としては、インフレ率が鈍化するもとで、金融引き締め局面から徐々に転換しつつあるとの見方を示した。一人の委員は、海外経済の先行きを巡る不確実性は低下しているとの見解を示した。一方、複数の委員は、中東情勢の緊迫化や対中貿易摩擦の拡大といった地政学的リスクの高まりを受けて、インフレ率が再上昇するリスクは根強いと指摘した。
米国経済について、委員は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長しているとの認識で一致した。何人かの委員は、これまでのところ、堅調な個人消費を背景に、インフレ率の低下は緩やかなものにとどまっているとの見解を示した。ただし、このうちの一人の委員は、足もとでは、個人消費などで減速傾向を示す経済指標が増えつつあると付け加えた。
欧州経済について、委員は、下げ止まりつつあるとの認識を共有した。複数の委員は、サービス等の一部に改善の動きがみられているとの見解を示した。
中国経済について、委員は、不動産市場の調整の影響は続いているものの、政策面の下支えもあって緩やかに改善しているとの見方を共有した。何人かの委員は、過剰生産問題を抱える中、先進国との貿易摩擦の拡大が輸出の下押しに作用する可能性があると指摘した。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善しているとの認識を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢を踏まえて、わが国の経済情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの認識で一致した。ある委員は、前回会合以降、弱めのデータや懸念される情報がみられているものの、きわめて高水準の企業収益や約30年ぶりの水準となった春季労使交渉の結果が所得面から支える形で、前向きの循環メカニズムは維持されているとの見解を示した。
景気の先行きについて、委員は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けるとの認識を共有した。複数の委員は、一部自動車メーカーの生産・出荷停止は一時的な下押し要因にとどまる可能性が高いとの見方を示したうえで、自動車産業は裾野が広いため、影響が長引くことで経済の循環メカニズムに影響を及ぼすことがないか注視する必要があると指摘した。
輸出について、委員は、横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。
鉱工業生産について、委員は、基調としては横ばい圏内の動きとなっているが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止による下押しが続いているとの認識を共有した。ある委員は、追加的な生産・出荷停止の影響について、現時点では大きくないとみられるが、7月の支店長会議における報告も踏まえて評価していく必要があると述べた。
設備投資について、委員は、緩やかな増加傾向にあるとの認識で一致した。複数の委員は、半導体関連を中心とする産業集積に誘発された投資需要が徐々にみられ始めているとの見方を示した。別の委員は、人手不足対応等のソフトウェア投資やサプライチェーンの再編などが設備投資の増加を支えていくと考えられるが、資本ストック循環の観点からは調整圧力が高まりつつある可能性が示唆される点などには注意が必要と指摘した。また、ある委員は、このところ企業の自社株買いが増加していることを指摘したうえで、企業が手元資金を成長投資に振り向けていくか注目していると述べた。この間、一人の委員は、中小企業では、コロナ前対比で大幅に改善した大・中堅企業と比べて、収益力が弱く、投資は低調で、賃上げ率も低いと指摘した。そのうえで、この委員は、少子高齢化等の構造的問題を抱え国際競争力が低下しているわが国において、賃金と物価の好循環を実現するためには、成長志向の中小・中堅企業が投資・事業構造強化を進めるとともに、スタートアップが躍進し、それらが資金・人材を集めることで成長スパイラルを創出する必要があるとの見方を示した。
個人消費について、委員は、物価上昇の影響に加え、一部メーカーの出荷停止による自動車販売の下押しが続いているものの、底堅く推移しているとの認識で一致した。多くの委員は、物価高などを背景に非耐久財消費で弱めの動きが続いているほか、足もとでは消費者マインドにも弱さがみられているとの認識を示した。このうちの複数の委員は、消費者マインド悪化の背景として、電気代の上昇に加え、為替円安の進行を受けた物価の上振れリスクが意識されていると指摘した。複数の委員は、為替円安が経済に及ぼす影響は主体によって様々であるが、現状では、家計の実質所得やマインドなどへのマイナスの影響を一段と注視していく必要があると指摘した。このうちの一人の委員は、為替変動が急激に進むもとで、わが国経済の構造変化が追い付いておらず、わが国経済全体として為替円安のプラス面を享受しにくくなっていると付け加えた。
先行きの個人消費について、何人かの委員は、今春の賃上げや年金の増額改定、政府による経済対策などを受けた所得の改善が、先行きの個人消費をどの程度押し上げていくか注視する必要があると述べた。また、複数の委員は、好業績に支えられ夏季賞与が増額していけば、そのことも個人消費の支えになると付け加えた。この点に関連して、何人かの委員は、個人消費との関係では、家計の所得を幅広くみていくことや、そのばらつきにも着目していくことが重要であるとの認識を示した。このうちの一人の委員は、当面、中小企業の正規雇用や年金受給者については、賃金や受給額の増加が物価上昇に追いつかない可能性がある一方、非正規雇用や大企業の正規雇用については物価上昇以上の賃金上昇が期待できると指摘したうえで、こうした賃金動向が個人消費の先行きに及ぼす影響を注視していく必要があるとの見方を示した。この間、ある委員は、株価や地価の上昇が、資産効果を通じて、個人消費に好影響を及ぼす経路も考えられると指摘した。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。ある委員は、企業へのヒアリング情報を踏まえると、労働需給がひっ迫する中で、中小企業でも賃上げの動きが引き続き広がっているとみられ、連合の集計結果をみても、中小企業の賃上げ率も高めとなっているとの見方を示した。
物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台前半となっているとの認識で一致した。多くの委員は、物価は、「展望レポート」の見通しに概ね沿って推移しているとの見解を示した。一人の委員は、賃金と物価の好循環は実現しつつあるが、名目賃金上昇率、予想物価上昇率、サービス価格上昇率などを踏まえると、基調的な物価上昇率はなお2%に達していないとの見解を示した。輸入物価上昇の影響について、何人かの委員は、既往の上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているが、足もとでは、輸入物価が再び上昇に転じ、その影響が徐々に川下にも波及しつつあると指摘した。また、賃金上昇等のサービス価格への影響について、何人かの委員は、年度替りとなる4月の企業向けサービス価格指数の伸び率が加速したことを指摘し、企業間取引において人件費上昇の価格転嫁が広がっているとの見解を示した。別の一人の委員は、本年の春季労使交渉の結果は、現時点では、賃金統計に十分に反映されていないが、企業物価指数や企業向けサービス価格指数の上昇を踏まえると、「物価安定の目標」に向けて着実に進んでいると述べた。
予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの評価で一致した。複数の委員は、月次のサーベイ指標や物価連動国債から算出されるBEIは着実に上昇していると指摘した。一人の委員は、大企業において中期経営計画の前提に賃金・物価の上昇を織り込む動きがみられるなど、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が転換してきているとの見解を示した。
物価の先行きについて、委員は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による経済対策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用するとの見方で一致した。この間、委員は、消費者物価の基調的な上昇率について、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとの見方を共有した。ある委員は、輸入物価上昇に加え、タイトな労働需給やいわゆる2024年問題による運送費高が影響し、物価の上昇が続くとの見方を示した。
経済・物価の見通しのリスク要因として、委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高いとの認識で一致した。また、委員は、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。
委員は、このところの為替円安等が物価に及ぼすリスクについて議論した。何人かの委員は、最近の為替円安などを受けて、再度、輸入物価は上昇してきており、物価の上振れリスクとなっていると指摘した。この点に関連し、ある委員は、現時点で、輸入物価の上昇が2022年以降のような大幅な消費者物価の上昇をもたらすとは考え難いが、賃金や物価は上がりにくいという社会的なノルムの転換もあり、従前より価格転嫁が進みやすく、2024年後半に向けて価格引き上げの動きが再び生じる可能性もあるとの見方を示した。別の委員は、為替円安はインバウンド需要等の総需要拡大を介して物価を押し上げる効果があるほか、輸入物価上昇というコストプッシュが物価上昇の起点であっても、それが予想物価上昇率や賃金の上昇につながれば基調的な物価上昇率は高まると指摘した。そのうえで、この委員は、為替円安に伴う物価上昇のもとでも賃金と物価の好循環が着実に強まっていくためには、中小企業の価格転嫁が進展するとともに、名目賃金上昇率が一段と高まっていくことが重要であると述べた。この間、一人の委員は、企業間取引の段階でみられる人件費の価格転嫁の動きは加速しており、今後、こうした動きが消費者物価に表れてくるリスクもあるとの見解を示した。
2.金融面の動向
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストは、上昇しているが、なお低水準で推移しているという評価を共有した。
3.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す」という方針を維持することが適当であるとの見解で一致した。
先行きの金融政策運営について、委員は、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していくとの考え方を共有した。そのうえで、委員は、「展望レポート」で示した経済・物価の見通しが実現し、基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していくことになるほか、経済・物価見通しが上振れたり、見通しを巡る上振れリスクが高まったりする場合も、利上げの理由となるとの認識を共有した。
この点に関連し、一人の委員は、見通しに沿った物価の推移が続く中、最近のコストプッシュ圧力の再度の高まりを背景とした価格転嫁が進み物価が上振れる可能性もあるだけに、リスクマネジメントの観点から金融緩和の度合いを更に調整することの検討も必要であると指摘した。別の一人の委員は、物価について、来年度後半の2%の「物価安定の目標」の実現に向けて想定通り推移しているが、上振れリスクも出てきているとの見解を示した。そのうえで、この委員は、こうした点が消費者マインドに影響していることも意識しつつ、次回会合に向けてもデータを注視し、目標実現の確度の高まりに応じて、遅きに失することなく、適時に金利を引き上げることが必要であると述べた。また、ある委員は、政策金利の変更について、消費者物価が明確に反転上昇する動きや、中長期の予想物価上昇率の上昇などをデータで確認したタイミングで検討することが適切であるとの見解を示した。一方、一人の委員は、個人消費が盛り上がりを欠く中、一部自動車メーカーの出荷停止という想定外の事態が続いていることから、これらの影響も確認する必要があると指摘したうえで、当面は現在の金融緩和を継続して企業の前向きの構造改革を後押しすることが適当であるとの見解を示した。
委員は、為替円安と金融政策運営との関係についても議論した。まず、委員は、最近の為替円安の動きについて、物価の上振れ要因であり、金融政策運営上、十分に注視する必要があるとの認識を共有した。一人の委員は、為替円安は物価見通しの上振れリスクを高める要因であり、国内物価へのパススルーが強まっていることや、現実の物価が2%を超えていることを踏まえると、物価の上振れリスクが顕在化した際に生じ得る損失も高まっていると指摘した。そのうえで、この委員は、リスクマネジメントアプローチに立って考えれば、リスク中立的な、適切な政策金利の水準は、その分だけ引き上がると考えるべきとの見方を示した。別の委員は、円安観測の強まりなどが、企業行動や株価に及ぼす影響も重要であると述べた。ある委員は、為替相場の変動は経済活動に幅広い影響があるほか、ファンダメンタルズから乖離した水準が続けば国民経済の健全な発展にも影響が及ぶとの認識を示した。そのうえで、この委員は、金融政策は、為替相場だけではなく国民生活や経済活動の幅広い側面に影響するため、経済・物価情勢の全体像をみて運営していく必要があると付け加えた。別の一人の委員は、為替は物価に影響を及ぼす要因の一つではあるが、金融政策運営は、物価の基調とその背後にある賃金動向を見極めて行うものであるため、為替の短期的な変動に左右されるべきではないとの見解を示した。
委員は、先行きの長期国債の買入れについて議論した。まず、委員は、先行き、金融市場において長期金利がより自由な形で形成されるよう、長期国債買入れを減額していくことが適当であるとの認識を共有した。また、多くの委員は、国債市場では、先行き長期国債買入れを減額していくという日本銀行の考え方が浸透してきているとしたうえで、日々の国債買入れオペを巡る思惑や、長期国債買入れの減額と先行きの政策運営スタンスを結び付ける見方などが長期金利の形成に影響しているとの認識を示した。ある委員は、3月の政策枠組み見直しの趣旨を踏まえ、国債買入れの減額を行うことで、市場における日本銀行のプレゼンスを小さくしていくことが必要との見解を示した。別の委員は、(1)国債市場において日本銀行が圧倒的に大きなプレーヤーであること、(2)市中での代替が簡単ではないほど、日本銀行が大量の国債を保有していることといった大規模金融緩和の副作用が課題として残っているため、市場と対話しながら、適時適切にバランスシートの正常化を進めていく必要があると指摘した。一人の委員は、バランスシートの縮小は、拡大した日本銀行の市場への関与を市場への攪乱的影響を避けつつ減らしていくことが目的であり、金融政策とは切り離して行うものであると指摘した。また、別の複数の委員は、国債買入れは能動的な政策手段とはせず、経済・物価への対応は、短期金利の操作によって行うのが基本的な考え方との見解を示した。
こうした現状認識を踏まえ、多くの委員は、長期国債買入れの減額について中期的な計画を定めることで、先行きの国債買入れを巡る予見可能性を高めることが必要との見解を示した。また、多くの委員は、減額計画を作成するにあたっては、日本銀行の国債市場におけるプレゼンスの大きさ等を踏まえると、減額の過程における国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保することも重要と指摘した。このうちの一人の委員は、イールドカーブ・コントロールからの出口を円滑に行うことができた経験も踏まえると、減額の幅やペースのほか、枠組みの作り方などを工夫することで、市場の混乱を起こすことなく国債保有残高の削減を行うことは可能との見方を示した。減額計画の期間に関連して、多くの委員は、(1)大規模な金融緩和導入前と比べると金融規制や市場環境などは変化しており、そのことが長い目でみた国債保有構造などに影響を及ぼす可能性があることや、(2)将来の中央銀行のバランスシートの規模については、先行する海外の中央銀行でも議論の途上であることを指摘した。何人かの委員は、これらの不確実性を考慮し、まずは、今後1から2年程度の期間を念頭に計画を定めることが適当との見解を示した。
そのうえで、何人かの委員は、予見可能性と柔軟性とのバランスを踏まえたうえで、減額の幅やペース、減額の枠組みなどの具体的な計画を検討していく際には、市場参加者の意見などを丁寧に確認することが重要と指摘した。また、何人かの委員は、こうした確認を進めるためにも、今回の会合で減額方針を決定することが適切との見方を示した。このうちの一人の委員は、債券市場の需給や機能度の改善状況を踏まえつつ、中期的な計画を策定して、これに沿って淡々と減額を行うことが望ましいが、減額の最適なペースなどを設定する必要があるため、市場との対話も含め、ある程度の時間をかけて慎重に検討する必要があるとの見解を示した。また、複数の委員は、今回の会合で具体的な計画を決定するのではなく、市場参加者の意見を確認するプロセスを踏むことで、よりしっかりとした減額を実施できるとの認識を示した。別の委員は、減額計画の作成にあたっては、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で相応の規模の減額をしていくことが適切であると述べた。
こうした議論を踏まえ、大方の委員は、(1)次回金融政策決定会合までの長期国債およびCP等・社債等の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する、(2)今回の会合において、その後の長期国債の買入れを減額していく方針を決定する、(3)市場参加者の意見も確認し、次回の会合において、今後1から2年程度の具体的な減額計画を決定する、ことが適当であるとの認識を共有した。これらの委員は、国債買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していくことが適切であるとの基本的な考え方を、記者会見等の場において、対外的に示していくことが重要であるとの見解を共有した。一方、一人の委員は、長期国債買入れを減額していく方向性については賛成だが、個人消費が盛り上がりを欠く中、減額の開始時期や規模によっては経済を下押しする可能性があるため慎重な検討が必要であり、市場と対話を図りつつ、7月の「展望レポート」で経済・物価情勢を改めて点検してから決定すべきとの見解を示した。この間、ある委員は、国債買入れの減額に際し、今後の国債保有構造の在り方を念頭に、中長期的観点から新たな市場構造を議論していく必要があるとの見解を示したうえで、その際には、金融規制などの市場参加者を取り巻く前提となる環境を含め、幅広く議論していくことが重要であると述べた。
保有するETFおよびJ-REITの取扱いについて、委員は、時間をかけて検討していく必要があるとの認識を共有した。そのうえで、ある委員は、保有ETFの取扱いを議論していくために、処分が市場に及ぼす影響という観点から、個別株式ではなく投資信託であるといったETFの諸特性について理解を深めることが必要との見解を示した。
4.政府からの出席者の発言
以上の議論を踏まえ、財務省の出席者から、財務大臣と連絡を取るため、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時34分中断、11時47分再開)。
内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- わが国経済は、このところ足踏みもみられるが、緩やかな回復が続いている。先行きも緩やかな回復が続くと見込むが、賃金上昇が物価上昇に追い付いていないことや、円安等に伴う輸入物価の上昇の影響などには、十分注意する必要がある。
- 足もとの経済運営に万全を期しつつ、コストカット型から成長型経済への移行に向け、強い決意で改革に取り組む。「経済・財政新生計画」を策定し、政府を挙げて実行する。
- 日本銀行には、金融政策の具体的なオペレーションについて適切な判断を期待する。引き続き、政府と緊密に連携し、十分な意思疎通を図りながら、2%の物価安定目標の持続的・安定的実現に向け、適切な金融政策運営を行うことを期待する。
また、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 足もとでは賃上げ、設備投資等に前向きな動きが見られる一方、個人消費は力強さを欠いており、海外経済のリスクも認識している。
- 政府は、経済再生と財政健全化を両立させる歩みを更に前進させていく。
- 日本銀行には、政府との密接な連携のもと、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。その上で、情報発信を含め、しっかりと金融資本市場とコミュニケーションを図っていただきたい。
5.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:なし
2.長期国債の買入れ方針
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、長期国債の買入れ方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
長期国債の買入れ方針に関する議案(議長案)
長期国債の買入れについて、下記のとおりとすること。
記
- 次回金融政策決定会合までの長期国債の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する。
- その後については、金融市場において長期金利がより自由な形で形成されるよう、長期国債買入れを減額していく。市場参加者の意見も確認し、次回金融政策決定会合において、今後1から2年程度の具体的な減額計画を決定する。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員
中村委員は、長期国債買入れを減額していく方向性については賛成だが、7月の「展望レポート」で経済・物価情勢を改めて点検してから決定すべきとして反対した。
3.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)
議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
6.議事要旨の承認
議事要旨(2024年4月25、26日開催分)が全員一致で承認され、6月19日に公表することとされた。
以上
- (注)「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~から0.1%程度で推移するよう促す。」本文に戻る
別紙
2024年6月14日
日本銀行
当面の金融政策運営について
- 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す。
次回金融政策決定会合までの長期国債およびCP等・社債等の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する。その後については、金融市場において長期金利がより自由な形で形成されるよう、長期国債買入れを減額していく方針を決定した(賛成8反対1)(注)。市場参加者の意見も確認し、次回金融政策決定会合において、今後1から2年程度の具体的な減額計画を決定する。
- わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。海外経済は、総じてみれば緩やかに成長している。輸出は横ばい圏内の動きとなっている。鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きとなっているが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止による下押しが続いている。企業収益が改善するもとで、設備投資は緩やかな増加傾向にある。雇用・所得環境は緩やかに改善している。個人消費は、物価上昇の影響に加え、一部メーカーの出荷停止による自動車販売の下押しが続いているものの、底堅く推移している。住宅投資は弱めの動きとなっている。公共投資は横ばい圏内の動きとなっている。わが国の金融環境は、緩和した状態にある。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台前半となっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。
先行きのわが国経済を展望すると、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。消費者物価(除く生鮮食品)については、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による経済対策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
リスク要因をみると、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高い。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要がある。
以上
- (注)賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員。反対:中村委員。中村委員は、長期国債買入れを減額していく方向性については賛成だが、7月の「展望レポート」で経済・物価情勢を改めて点検してから決定すべきとして反対した。本文に戻る