政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2024年7月30、31日開催分)
2024年9月26日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2024年9月19、20日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2024年7月30日(14:00から15:51)
- 7月31日( 9:00から12:49)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 安達誠司 (審議委員)
- 中村豊明 ( 審議委員 )
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者:
-
- 財務省 寺岡光博 大臣官房総括審議官(30日)
- 赤澤亮正 財務副大臣(31日)
- 内閣府 林 幸宏 内閣府審議官(30日)
- 井林辰憲 内閣府副大臣(31日)
- (執行部からの報告者)
-
- 理事 貝塚正彰
- 理事 高口博英
- 理事 加藤 毅
- 理事 清水誠一
- 企画局長 正木一博
- 企画局政策企画課長 長野哲平
- 金融機構局長 鈴木公一郎
- 金融市場局長 藤田研二
- 調査統計局長 中村康治
- 調査統計局経済調査課長 永幡 崇
- 国際局長 近田 健
- (事務局)
-
- 政策委員会室長 播本慶子
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 企画局審議役 服部良太(31日10:22から12:49)
- 企画局企画調整課長 土川 顕(31日10:22から12:49)
- 企画局企画役 安藤雅俊
- 企画局企画役 丸尾優士
- 企画局企画役 西野孝佑
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節は、前回会合(6月13、14日)で決定された金融市場調節方針(注)に従って運営し、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、0.076から0.083%のレンジで推移した。
この間、長期国債およびCP・社債等の買入れについては、2024年3月の会合で決定された資産買入れ方針に沿って、運営した。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、低位で推移した。翌日物金利のうち、無担保コールレートは概ね0.07%台後半、GCレポレートは一時的な振れを伴いつつ概ね0から0.1%の範囲で推移した。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、幾分上昇した。
わが国の株価(TOPIX)は、企業業績の上振れ期待などから上昇したあと、米国株価の下落やこれまでの為替円安の修正を受けて下落し、期間を通じてみれば概ね横ばいとなった。長期金利(10年物国債金利)は、先行きの金融政策運営に対する見方などを背景に、小幅に上昇した。国債市場の流動性指標をみると、多くの指標で改善の動きにやや一服感がみられているものの、昨年末頃に比べると改善した状態が続いている。為替相場をみると、円の対ドル相場および対ユーロ相場は、期間を通じてみれば、円高方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、総じてみれば緩やかに成長している。米国経済は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長している。欧州経済は、下げ止まりつつある。中国経済は、不動産市場の調整の影響は続いているものの、政策面の下支えもあって緩やかに改善している。中国以外の新興国・資源国経済は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善している。
先行きの海外経済は、緩やかな成長が続くと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国中央銀行の既往の利上げの影響のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性が高い。
海外の金融市場をみると、米国の長期金利は、先行きの財政悪化に対する警戒感の高まりから上昇する場面もあったが、その後は物価指標の市場予想比下振れなどを受けて低下し、期間を通じてみれば小幅に低下した。欧州の長期金利も、米国金利に連れて変動し、期間を通じてみれば小幅に低下した。米国の株価は、FRBの先々の利下げを織り込む動きが一段と広がるもとで上昇したあと、一部ハイテク関連銘柄の市場予想比軟調な決算等が嫌気されて下落し、期間を通じてみれば横ばいとなった。欧州の株価は、フランスの政治情勢を巡る不透明感の高まりが重石となり、概ね横ばいとなった。この間、新興国通貨は横ばい圏内で推移し、原油価格は足もとにかけて下落した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。先行きについては、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。
輸出は、横ばい圏内の動きとなっている。先行きも、当面、同様の動きが続くとみられる。その後は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくと見込まれる。
鉱工業生産は、横ばい圏内の動きとなっている。先行きも、当面、同様の動きが続くとみられる。その後は、グローバルなIT関連財の持ち直しなど、内外需要の動向を反映し、増加基調に復していくと見込まれる。
企業収益は、改善している。業況感は良好な水準を維持している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかな増加傾向にある。先行きの設備投資は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、増加傾向を続けると予想される。
個人消費は、物価上昇の影響などがみられるものの、底堅く推移している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、1から3月は、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響などから減少したあと、4から5月は、自動車販売が持ち直すもとで増加した。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、6月以降の個人消費は、物価上昇を受けた消費者の強い節約志向を指摘する声は引き続き聞かれるものの、底堅く推移しているとみられる。消費者マインドは、このところ改善が続いてきたものの、足もとでは、ひと頃と比べて幾分悪化した状態にある。先行きの個人消費は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、政府による経済対策の効果もあって、緩やかに増加していくと予想される。その後も、雇用者所得の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けると考えられる。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い情報通信等を中心に、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。非正規雇用も、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。一人当たり名目賃金は、経済活動の回復や春季労使交渉の結果を反映して、はっきりと増加している。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、エネルギー価格の影響を受けつつも、徐々にプラスに転化していくと見込まれる。
物価面について、商品市況は、総じてみれば横ばい圏内の動きとなっている。国内企業物価(夏季電力調整後)の3か月前比は、原材料費や人件費等の上昇を価格に転嫁する動きがみられる中、電気・ガス代の負担緩和策の縮小などの影響もあって、1%台半ばまで上昇している。企業向けサービス価格(除く国際運輸)の前年比は、人件費上昇等を背景に高めの伸びを続け、足もとでは3%程度のプラスとなっている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台半ばとなっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価についてみると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による施策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
実質金利は、マイナスで推移している。企業の資金調達コストは、上昇しているが、なお低水準で推移している。資金需要面をみると、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境となっている。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、2%台半ばとなっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増加している。
この間、マネーストックの前年比は、1%台半ばとなっている。
(3)金融システム
わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。
大手行の収益は、貸出金利息や手数料収入の増加などを背景に、堅調に推移している。この間、信用コストは、総じてみれば低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
地域銀行・信用金庫の収益は、貸出残高の増加を背景に、堅調に推移している。この間、信用コストは、低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
金融循環面では、金融システムレポートで示しているヒートマップを構成する全14指標のうち11指標が、過熱でも停滞でもない状態となっており、株価等の3指標について、過熱方向にトレンドから乖離した状態となっている。金融ギャップは、ひと頃と比べてプラス幅が縮小した状態が続いている。これまでのところ、株価がやや速いペースで上昇し、不動産市場の一部に割高感が窺われるものの、全体としては金融活動に過熱感はみられない。ただし、金融活動が実体経済活動から大きく乖離することがないか、引き続き注視する必要がある。
2.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢の現状
国際金融資本市場について、委員は、市場センチメントは総じて落ち着いた状態を維持しているものの、世界経済の先行きを巡る不確実性が引き続き意識されており、FRBの利下げを織り込む動きも一段と広がってきているとの認識で一致した。そのうえで、一人の委員は、米国の労働市場における需給緩和が明確になるもとで市場ではFRBの利下げが織り込まれてきており、年初来のドル高の流れが変わる可能性があると指摘した。
海外経済について、委員は、総じてみれば緩やかに成長しているとの認識を共有した。
米国経済について、委員は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長しているとの認識で一致した。そのうえで、何人かの委員は、これまで高止まりしてきた物価上昇率が鈍化していることを指摘し、景気の急減速を避けつつ物価安定が実現するソフトランディング・シナリオが実現する蓋然性が高まっているとの見解を示した。このうちの一人の委員は、日次の価格調査をみると、消費者物価指数よりも更に鈍化傾向にあると付け加えた。別の委員は、雇用・所得環境には軟化の兆しが窺われており、先行き景気は緩やかに減速する可能性が高いと指摘した。そのうえで、この委員は、中東情勢の緊迫化や貿易摩擦の拡大などに伴うインフレ再燃リスクには引き続き注意する必要があると付け加えた。ある委員は、既往の財政拡大もあって民間部門の手元流動性は潤沢であり、このことがインフレ下でも支出を支えていると述べた。
欧州経済について、委員は、下げ止まりつつあるとの認識を共有した。ある委員は、欧州中央銀行が6月に利下げを決定するもとで、景気に回復感が生じていることを指摘した。一方、別の委員は、インフレ率はひと頃に比べて落ち着いているものの、賃金上昇率は引き続き高いほか、既往の利上げの影響から、ドイツ経済が停滞色を強めていることが懸念されると述べた。
中国経済について、委員は、不動産市場の調整の影響は続いているものの、政策面の下支えもあって緩やかに改善しているとの見方を共有した。複数の委員は、政策対応の強化もあって景気の減速傾向には歯止めがかかっているものの、安定した成長経路に復していくか、依然として不透明感が強いと指摘した。このうちの一人の委員は、少子高齢化などを背景とした内需不足と供給過剰という構造問題に変わりはないと指摘したうえで、在庫調整圧力を背景にした輸出拡大やそれに伴う貿易摩擦の拡大が懸念されると付け加えた。別の一人の委員は、日本のバブル崩壊後の経験を踏まえると、不動産市場の調整は想定以上に長引く可能性があり、時間と忍耐が必要であると述べた。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善しているとの認識を共有した。
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストは上昇しているが、なお低水準で推移しているとの見方を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済・物価情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの認識を共有した。
輸出について、委員は、横ばい圏内の動きとなっているとの認識で一致した。
鉱工業生産について、委員は、横ばい圏内の動きとなっているとの見方を共有した。ある委員は、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響は、1から3月のような規模にはならないことが明らかになった点は安心材料であると指摘した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善し、業況感は良好な水準を維持するもとで、緩やかな増加傾向にあるとの認識で一致した。
個人消費について、委員は、物価上昇の影響などがみられるものの、底堅く推移しているとの認識で一致した。ある委員は、このところの個人消費の弱さには、自動車生産の減少に伴う販売台数の下押しも作用していると指摘した。一人の委員は、個人消費はマクロの統計では力強さに欠けるが、個別にみれば強弱があり、必ずしも弱さだけではないとの見解を示した。何人かの委員は、コロナ禍後の経済構造の変化等を踏まえるとサービスやオンライン消費を統計で的確に捉えることが難しくなっている可能性を指摘したうえで、支店からのヒアリング情報等も踏まえると、実勢として、個人消費は力強さを欠くが底堅いとみられると述べた。この点に関連し、多くの委員は、足もとの個人消費が力強さを欠く背景として、これまでの物価上昇に名目賃金の上昇が追い付いていない点を指摘した。このうちの一人の委員は、賃上げは行われているものの、この3年ほど、常に物価が先に上がって、翌年に賃金が上がるという展開であったため、水準で考えるとまだかなり足りず、個人消費を抑制する要因となっていると指摘した。また、多くの委員は、個人消費の動向は家計によってばらつきが大きい点も指摘した。このうちの一人の委員は、低価格帯商品の販売不振が目立っていることは、低所得層を中心に物価上昇の影響が強く表れていることを示していると述べた。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。複数の委員は、5月の毎月勤労統計調査では、ベースアップが賃金に反映されていく流れが確認できたと指摘したうえで、日本銀行の本支店のネットワークを活用して収集した「さくらレポート・別冊」のミクロ情報でも、防衛的な賃上げを含めてではあるものの、地域の中堅・中小企業を含め、幅広い地域・業種・企業規模において、賃上げの動きが広がったことが示唆されるとの見解を示した。一方、一人の委員は、中小企業庁の調査によれば、中小企業の価格転嫁率は半年前から概ね不変となっており、今後の価格転嫁の停滞による賃上げ率の縮小を懸念していると述べた。
物価面について、委員は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台半ばとなっているとの認識で一致した。ある委員は、品目別のサービス価格の動きをみると、人件費の影響を受けやすい品目でもプラス幅が徐々に拡大しており、価格変動分布の「山(ピーク)」もゼロ%近傍から2%近傍へシフトしていると指摘した。別の委員は、サービス価格では、4月にいわゆる「期初の値上げ」が確認されたことを指摘した。
この間、予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの見方で一致した。一人の委員は、短観の販売価格見通しをみると、仕入コストに占める人件費の割合が高い業種ほど、5年後の販売価格見通しが高くなっており、企業の賃金上昇を販売価格へ反映する姿勢を窺うことができるとの見解を示した。別の一人の委員は、円安や輸入物価上昇に加え、ここ数年の生鮮食品の値上がりも家計のインフレ実感を高めていると指摘したうえで、2%を超える物価上昇が3年目となる中、「物価安定の目標」の厳密な意味での実現とは別に、家計を中心に「目標」実現が従来よりも意識されてきていることを認識する必要があるとの見解を示した。
2.経済・物価情勢の展望
2024年7月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、わが国経済について、海外経済が緩やかに成長していくもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続ける、との認識を共有した。
わが国の輸出について、委員は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくとの見方で一致した。また、サービス輸出であるインバウンド需要は、増加を続けるとの見方を共有した。そのうえで、ある委員は、欧州経済、中国経済は構造的な停滞局面に入っている可能性があるほか、これまで堅調であった米国についても成長を加速していくとは見込みづらいことから、輸出が大幅に増加していくことは考えにくいと述べた。
鉱工業生産について、委員は、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくとの見方を共有した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境が下支えとなる中、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素化関連の研究開発投資、サプライチェーンの強靱化に向けた投資を含め、増加傾向を続けるとの見方で一致した。ある委員は、米国の大統領選等を巡る不確実性が製造業の設備投資を抑制する方向に作用する可能性はあるが、デジタル・トランスフォーメーションのための情報関連投資や都市再開発案件など内需系の投資は堅調に推移する可能性が高いとの見解を示した。一人の委員は、国による半導体産業等の育成支援もあって、経済安全保障の観点からの投資が拡大し始めており、こうした動きが一段と広がっていくことに期待していると述べた。
個人消費について、委員は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、賃金上昇率の高まりなどを背景に、政府による経済対策の効果もあって、緩やかに増加していくとの見方で一致した。また、その後についても、雇用者所得の改善が続くもとで、個人消費は緩やかな増加を続けるとの見方を共有した。多くの委員は、この先、雇用者所得の改善に加え、定額減税等もあり、名目所得が改善していくことが、個人消費を支えていくとの見方を示した。この点に関連し、ある委員は、名目賃金上昇のモメンタムが維持される限り、時間の経過とともに個人消費を含め経済状況は改善すると思われるが、足もとは、賃金上昇の波が幅広く浸透し、その持続可能性が高まることを見守る忍耐が重要な局面にあるとの見方を示した。ある委員は、今後、新NISAによる金融資産所得の持続的増加が、個人消費を刺激することに期待していると述べた。この間、一人の委員は、実質金利のマイナスの長期化が、家計などの資金の出し手から、実質負担減となる資金の受け手への所得移転をもたらす面があることに留意する必要があると指摘した。
雇用者所得について、委員は、雇用は増加を続けるが、これまで女性や高齢者の労働参加が相応に進んできた中で、追加的な労働供給が見込みにくくなってくるため、その増加ペースは徐々に緩やかになっていくとの見方を共有した。もっとも、このことは、景気回復の過程で、労働需給の引き締まりを強める方向に作用し、そのもとで、賃金上昇率は、物価上昇も反映するかたちで基調的に高まっていくとみられることから、雇用者所得は増加を続けるとの見方を共有した。何人かの委員は、春季労使交渉を受けた所定内給与の増加に加え、各種アンケートからは好調な企業収益を背景に夏季賞与がしっかりと増加すると見込まれることも、当面の雇用者所得を押し上げていくとの見方を示した。一人の委員は、来年度以降についても、従業員の確保、モチベ―ションの維持という観点から、継続的な賃上げが必要との声が広まっていると指摘した。そのうえで、この委員は、こうした新しい環境への適応について企業間の取り組みの差が大きくなっており、全体の動きだけでは経済の実態を捉えにくくなっていると指摘した。この点に関連して、一人の委員は、少子高齢化と産業の低収益化といった構造問題もある中で、中堅・中小企業を含めた生産性の向上には、もう少し時間がかかるとみられ、持続的な賃上げの実現にも時間を要するとの見方を示した。この委員は、国際競争力の高い事業の育成が産業集積と輸出拡大に繋がり、成長志向の中堅・中小企業の能増投資や雇用の拡大に波及するとの期待を付け加えた。これに対して、ある委員は、長期的には実質賃金の上昇には生産性向上が不可欠だが、現在は、企業収益が拡大する一方で実質賃金が低下していることが問題であり、当面は、生産性に見合う水準まで実質賃金が高まっていくかが論点となると指摘した。別の委員は、海外では低めの実質成長率と継続的な名目賃金上昇が両立している先があることを指摘しつつ、名目賃金・物価と実体経済・生産性をある程度切り離して考える必要があると述べた。
こうした議論を経て、委員は、中心的な成長率の見通しは、4月の展望レポート時点と比べると、2024年度は前年度の統計改定の影響等から、幾分下振れているが、2025年度以降は概ね不変であり、先行きの景気展開に対する基本的な見方に変化はないとの認識を共有した。
続いて、委員は、物価情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、今年度に2%台半ばとなったあと、2025年度および2026年度は、概ね2%程度で推移するとの見方で一致した。また、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、2025年度にかけては、政府による施策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用するとの認識を共有した。ある委員は、本年秋頃以降、政府によるエネルギー価格抑制策のもとで、消費者物価の上昇率が一時的に2%を下回る可能性はあるが、その後は、これらの施策が終了すれば、再び2%を上回って推移するとの見方を示した。
この間、消費者物価の基調的な上昇率について、委員は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとの見方を共有した。複数の委員は、「物価安定の目標」が実現していく確度は、更に高まったと指摘した。また、ある委員は、春季労使交渉の結果が賃金に反映されてきているなど、経済情勢に加えて、物価動向もオントラックと評価できると指摘した。一人の委員は、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、このところの賃金や企業向けサービス価格の上昇等も踏まえると、本年4月に続き、10月についても相応の「期初の値上げ」がみられる可能性が高いと指摘した。ある委員は、中長期の予想物価上昇率の上昇や春季労使交渉の結果が統計に反映され始めたこと等を勘案すると、賃金と物価の好循環が働き出したと考えられ、基調的な物価上昇率は2%に向けて着実な歩みをみせているとの見解を示した。別の委員は、海外のインフレやこれまでの円安による輸入物価の上昇に加え、タイトな労働需給や、労働時間の上限規制の影響もあり、価格上昇圧力が続くと考えられると述べた。この点に関連して、ある委員は、企業へのヒアリング情報からは、労働需給がひっ迫する中で、今後も、「賃上げを続ける」、もしくは「続けざるを得ない」という声が、中小企業を含めて多く聞かれており、このことが物価にも反映されていくと考えられると述べた。
委員は、こうした中心的な物価の見通しを、4月の展望レポート時点と比べると、2024年度は、政府によるガソリン代の負担緩和策や電気・ガス代の緊急支援の影響を主因に下振れている一方、2025年度は、こうした施策による押し下げの反動から、幾分上振れており、2026年度は概ね不変であるとの認識を共有した。
次に、委員は、経済・物価の見通しのリスク要因(上振れ・下振れの可能性)について議論を行った。委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高いとの認識で一致した。また、そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。
そのうえで、経済の主なリスク要因として、委員は、(1)海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、(2)資源・穀物価格を中心とした輸入物価の動向、(3)わが国を巡る様々な環境変化が企業や家計の中長期的な成長期待や潜在成長率に与える影響、の3点を挙げた。
物価のリスク要因について、委員は、上記の経済のリスク要因が顕在化した場合には、物価にも影響が及ぶほか、物価固有のリスク要因として、(1)企業の賃金・価格設定行動や、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及には注意が必要であるとの見方で一致した。そのうえで、委員は、特に、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があるとの認識を共有した。この点に関連し、多くの委員は、これまでの為替円安もあって、輸入物価が再び上昇に転じていることを指摘した。このうちの一人の委員は、従来に比べ価格転嫁が進みやすくなっているもとで、既に企業間物価も上昇傾向にあり、消費者物価にも大きめに波及するリスクがあると述べた。別の委員は、為替円安の影響に加え、人手不足の結果、供給不足・需要超過の業種が増えていることもあり、物価の上振れリスクに注意する必要があるとの見解を示した。他方、ある委員は、先行き為替円安のピークアウトや中国経済等の停滞による資源価格の鈍化等により物価上昇圧力が弱まる可能性があるほか、今後も高い賃上げ率が続き、物価上昇圧力として作用するかも不確実であると述べた。
リスクバランスについて、委員は、経済の見通しについては、2025年度は上振れリスクの方が大きいとの見方を共有した。また、物価の見通しについては、2024年度と2025年度は上振れリスクの方が大きいとの見方で一致した。多くの委員は、輸入物価が再び上昇に転じていることを踏まえると、金融政策運営上、先行き、物価が上振れするリスクに注意する必要があるとの認識を共有した。
3.長期国債買入れの減額計画に関する執行部説明
執行部は、まず、6月13、14日の金融政策決定会合で決定された長期国債買入れの減額方針を踏まえて、7月9、10日に開催した債券市場参加者会合において聞かれた長期国債の減額計画に関する市場参加者の意見を報告した。
- 減額の幅については、幅広い意見がみられたが、投資家の保有余力や市場機能の改善度合いなどを勘案し、「3兆円程度までの減額が望ましい」との声が多く聞かれた。
- 減額のペースについては、「一定額を速やかに減額すべき」との声も聞かれたが、ボラティリティ抑制の観点などから、「2年程度かけて徐々に減額を行うべき」との声が多く聞かれた。
- 減額のガイダンスの示し方については、現行のレンジ方式を継続する意見も聞かれたが、予見可能性を重視する観点から、買入れ金額をピンポイントで示すことが望ましい、との意見が多く聞かれた。同時に、金利急騰時の機動的対応を望む声も多かった。
- 残存期間別の減額の進め方については、幅広い意見がみられたが、総じて、残存10年以下のゾーンを優先的に減額すべき、との意見が多かった。
次に、執行部は、こうした市場参加者の意見も参考にすると、以下のような長期国債の減額計画案が考えられると説明を行った。
- 長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、日本銀行による長期国債の買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していくことが適切である。
- こうした観点からは、以下のような制度設計が考えられる。
- 対象期間は、2026年3月までとする。
- 減額幅・減額ペースは、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1から3月に3兆円程度とする。
- 残存期間別の買入れ額は、金融市場局が国債市場の動向を踏まえつつ適宜設定する。その際、買入れ額は、レンジではなくピンポイントで示す。
- 長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
- 2025年6月の金融政策決定会合において、長期国債買入れの減額計画の中間評価を実施する。中間評価では、今回の減額計画を維持することを基本とするが、国債市場の動向や機能度を点検したうえで、必要と判断すれば、適宜、計画を修正する。同時に、2026年4月以降の長期国債の買入れ方針を検討し、その結果を示す。
- 必要な場合には、金融政策決定会合において、減額計画を見直す。
4.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識と長期国債買入れの減額計画に関する執行部説明を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
まず、委員は、長期国債買入れの減額計画について議論した。
委員は、市場において円滑に長期金利を形成していくためには、相応の規模の減額を、予見可能な形で進めていくことが適切であるとの認識を共有した。ある委員は、市場に金利形成を委ねるため、基本的には計画に沿って、国債買入れの減額を淡々と進めていくべきであるとの見解を示した。また、別の委員は、債券市場参加者会合では減額に対する見方には相応にばらつきがみられており、予想形成が一方向に偏ることによる市場の混乱のリスクは高くないと指摘したうえで、こうした状況では、国債買入れの減額は緩やかなペースで着実に実施していくことが望ましいと述べた。具体的な減額幅について、一人の委員は、仮に国債買入れの減額を市中への国債供給の増加という点で新規発行と同等と捉えると、今回の減額により、歴史的にも有数の大量発行局面を迎えるとも捉えられると指摘した。この点に関連し、ある委員は、新規国債の発行と異なり、国債買入れの減額は金融機関の保有する日本銀行当座預金の減少を伴うものであり、金融機関は負債を一定とすればその分、何かの資産を購入することになる──その意味で、資金面ではニュートラル──と指摘した。そのうえで、この委員は、金融機関のリスクテイク余力という観点からは、国債買入れの減額を進めると、当面は問題ないとみられるが、先行き国債の買い手不足が意識される可能性もありうると述べた。一人の委員は、金融規制などを前提とすると、執行部案を大幅に上回るペースで減額を行うと、市場のリスクテイク余力の低下から金利上昇圧力が強まり、減額計画が強い金融引き締め効果をもたらすリスクがあると指摘した。別の委員は、国債買入れの減額計画の目的は、あくまでも市場領域の回復であり、金融引き締めにあるのではないとの見解を示した。
また、委員は、減額計画では、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保することも重要であるとの認識で一致した。ある委員は、1年半強かけて四半期毎に月3兆円程度まで等速で減額することとし、機動的対応の余地を残し中間評価を実施するなど、慎重に進めれば、市場にサプライズを起こさず実施可能であるとの見方を示した。何人かの委員は、国債市場の需給バランスを巡る不確実性を踏まえると、長期金利が急激に上昇した場合のバックストップとして、指値オペを含む臨時オペ等を実施しうる枠組みを維持することが適切であるとの見解を示した。また、何人かの委員は、柔軟性の確保という観点からは、中間評価を実施することも適切であると述べた。ある委員は、多くの市場参加者が少なくとも月間買入れ額が4兆円程度になるまでの減額は市場に大きな影響をもたらさないとみていると指摘した。そのうえで、この委員は、月間買入れ額がこの水準まで減少する来年6月頃に、中間評価を実施するとともに、2026年4月以降の国債買入れ方針も示していくことが望ましいと指摘した。一人の委員は、今後、国債の市中への供給額が増えていくだけに、国債の保有構造の在り方を念頭に、市場や投資家動向をモニタリングしていくことや、継続して債券市場との対話に向けた姿勢を示していくことが重要であると述べた。また、別の委員は、今後、長期金利がより自由な形で形成されるようになる中で、国債市場の投資家層が広がっていくことを期待しており、中間評価のタイミングでは、こうした点も点検していく必要があると述べた。この間、ある委員は、日本銀行のバランスシート正常化の道のりは長く、国債大量保有に伴う副作用が残り続けてしまうため、引き続き、市場機能の状況等を注意深くみていく必要があるとの見解を示した。
以上の議論を経て、委員は、執行部から報告のあった長期国債買入れの減額計画は、予見可能性と柔軟性のバランスの取れた内容となっており、適当であるとの認識を共有した。
次に、委員は、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、議論した。
委員は、金融経済情勢に関する討議を踏まえると、(1)わが国の経済・物価はこれまで「展望レポート」で示してきた見通し──消費者物価の基調的な上昇率が見通し期間後半に「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移する見通し──に概ね沿って推移しているほか、(2)輸入物価が再び上昇に転じており、先行き物価が上振れするリスクには注意する必要がある、との認識を共有した。そのうえで、多くの委員は、こうした状況を踏まえると、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、政策金利を0.25%程度まで引き上げ、金融緩和の度合いを調整することが適当であるとの見解を示した。
何人かの委員は、従来から見通しに沿って経済・物価が推移していけば金融緩和の度合いを調整するとの方針を示してきたことを指摘したうえで、賃金や物価の動向から、こうした状況がある程度確認されたもとでは、緩やかな調整を実施することが適切であると述べた。一人の委員は、足もとの経済の状態は、現在のきわめて低い政策金利を幾分引き上げることができる程度には良いと評価できると付け加えた。また、物価の上振れリスクについて、複数の委員は、消費者物価指数の前年比が2年以上にわたって2%を超えている中では、政策判断において、より重要な判断要素になるとの意見を述べた。この点に関連し、ある委員は、為替円安の進展に伴う物価上昇が、中小企業のコストや家計のマインドに及ぼす影響にも注意が必要との見解を示した。
そのうえで、多くの委員は、政策金利を小幅に引き上げても、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をサポートするとの認識を共有した。何人かの委員は、先行き、物価上昇率が2%を上回るリスクが高まったり、その結果、後になって、より急速な利上げが必要になったりすることを避けるためにも、経済・物価情勢に応じて、こうしたきわめて低い金利水準を、現段階から少しずつ調整していくことが適切であるとの見方を示した。このうち、一人の委員は、実質金利は過去25年間で最も深いマイナスとなっており、様々な指標でみた金融緩和の度合いは、量的・質的金融緩和期の平均的な水準を大きく上回っていると付け加えた。また、ある委員は、足もとの物価を取り巻く環境を踏まえると、小幅な利上げを検討してもよい時期だと指摘したうえで、緩やかなペースの利上げは基調的な物価の上昇に応じて緩和の程度を調整するものであり、引き締め効果を持たないとの意見を述べた。この間、ある委員は、政策金利上昇の家計や企業への影響は丁寧にみていく必要があるが、その際、賃金や企業収益の増加も考慮する必要があると指摘した。また、この委員は、金利上昇が個別の金融機関の損益等に及ぼす影響もみていく必要があると付け加えた。
一方、一人の委員は、現状は、政策金利の引き上げがまったく不可能とは捉えていないが、経済成長率や個人消費など下振れ気味のデータが多いため、賃金上昇の浸透による経済状況の改善をデータに基づいてより慎重に見極める必要があると指摘した。また、別の委員は、30年続いた縮み志向の経済がわずか2年で一気に変わるとは考えにくく、現時点では経済の持続的成長を裏付けるデータが少ないため、次回会合で重要な各種経済データを点検して変更を判断すべきとの意見を述べた。
先行きの金融政策運営について、委員は、経済・物価・金融情勢次第であるが、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことが適当との見方で一致した。そのうえで、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していくとの考え方を共有した。
ある委員は、今回の政策変更後も、物価が見通しに沿って推移するもと、堅調な設備投資や賃上げ、価格転嫁の継続といった前向きな企業行動の持続性が確認されていけば、その都度、金融緩和の一段の調整を進めていくことが必要であるとの意見を述べた。別の委員は、2025年度後半の「物価安定の目標」実現を前提とすると、そこに向けて、政策金利を中立金利まで引き上げていくべきであると指摘した。そのうえで、この委員は、中立金利は最低でも1%程度とみており、急ピッチの利上げを避けるためには、今後も、経済・物価の反応を確認しつつ、適時かつ段階的に利上げしていく必要があるとの見方を示した。これに対し、一人の委員は、金融政策の正常化が自己目的になってはならず、今後の政策運営については、今回の政策変更も含め、正常化を進めていくことに伴う様々なリスクに目配りして、注意深く進めていく必要があると述べた。また、別の委員は、中長期の予想物価上昇率が2%にアンカーされていないもとで、引き続き物価は下方リスクに脆弱であり、市場で、先行きの利上げ観測が強まりすぎることは避けるべきであると述べた。この間、ある委員は、長らく短期金利を引き上げた経験がないわが国では、中立金利の水準を巡る不確実性が大きいと指摘した。そのうえで、この委員は、中立金利の試算値から到達金利を定め、そこに向けて機械的に政策金利を動かしていくという政策運営は難しく、実際には、今回の利上げの影響を含め、短期金利の変化に対して経済・物価がどのように反応するのか点検しながら、政策金利の道筋を探っていくほかないとの見解を示した。
以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、政策金利を変更する際に検討すべき点について、考えられる対応案を示すよう指示した。執行部は、委員の意見を踏まえ、以下を内容とする対応案を示した。
- まず、政策金利の変更について、以下の取扱いとすることが考えられる。
- 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す」とする。
- 補完当座預金制度の適用利率は、0.25%とする。
- 基準貸付利率(補完貸付の適用金利)は、0.5%とする。
新たな金融市場調節方針、補完当座預金制度の適用利率、基準貸付利率は、翌営業日(8月1日)から適用する。
- 被災地金融機関支援オペ、気候変動対応オペは、貸付利率0.25%とする。
- 貸出増加支援資金供給は、適度な利用インセンティブを与える観点から、変動金利貸付に変更のうえ、貸付利率を貸付期間中の補完当座預金制度の適用利率の平均値とする。
- 金融調節の一層の円滑化を図る観点から、固定金利方式の国債売現先オペを新たに導入する。
- また、先行きの政策運営等について、以下の記述を行うことが考えられる。
- 先行きの経済・物価・金融情勢次第であるが、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている。
- 日本銀行は、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していく。
執行部の説明に対し、多くの委員は、執行部の示した対応案は適当であるとの見解を共有した。ある委員は、先行きの政策運営の考え方を対外的に示していく際には、金融緩和の度合いを調整するということが、政策金利を経済・物価を抑制する水準とする金融引き締めを意味するわけではないことを丁寧に説明していく必要があると指摘した。この点に関連して、複数の委員は、今回、政策金利を引き上げても実質金利は大幅なマイナスであることを、しっかりと示していくことが重要であると述べた。
5.政府からの出席者の発言
以上の議論を踏まえ、政府からの出席者から、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時55分中断、12時19分再開)。
財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 政府は「骨太方針2024」に基づき、経済再生と財政健全化の両立をしっかりと進める。
- 国債買入れの減額は、債券市場の安定等に十分に配慮しつつ適切に行われることを期待する。政策金利の変更は、2%の物価安定目標の実現に向けて必要と判断されたものと受け止めており、政策の趣旨の対外的に丁寧な説明を期待する。
- 日本銀行には、政府との密接な連携のもと、2%の物価安定目標の持続的・安定的実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。
また、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- わが国経済は、このところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している。先行きも、民需主導の緩やかな回復が続くと見込んでいるが、円安や物価高による家計の購買力への影響や、海外景気の下振れリスク等には、十分注意する必要がある。
- 国債買入れ減額の実施にあたっては、マーケットとの適切なコミュニケーションのもと、必要があれば、状況に応じた柔軟な対応をお願いしたい。政策金利の引き上げは、金融資本市場や実体経済に不測の影響が出ることのないよう、政策の趣旨を対外的に丁寧に説明いただきたい。
- 日本銀行には、引き続き政府との緊密な連携のもと、賃金と物価の好循環を確認しつつ、2%の物価安定目標の持続的・安定的実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。
6.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員、野口委員
中村委員は、次回の金融政策決定会合で法人企業統計等を確認してから金融市場調節方針の変更を判断すべきであり、今回はそうした考え方を示すにとどめることが望ましいとして反対した。野口委員は、賃金上昇の浸透による経済状況の改善をデータに基づいてより慎重に見極める必要があるとして反対した。
2.補完当座預金制度の適用利率の変更
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、補完当座預金制度の適用利率の変更について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
補完当座預金制度の適用利率の変更に関する議案(議長案)
補完当座預金制度の適用利率を下記のとおりとすること。
記
補完当座預金制度の適用利率 年0.25%
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員、野口委員
中村委員、野口委員は、金融市場調節方針と同様の理由で反対した。
3.基準割引率および基準貸付利率の変更
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、基準割引率および基準貸付利率の変更について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
基準割引率および基準貸付利率の変更に関する議案(議長案)
日本銀行法第33条第1項第1号の手形の割引に係る基準となるべき割引率(以下「基準割引率」という。)および同項第2号の貸付けに係る基準となるべき貸付利率(以下「基準貸付利率」という。)を、下記のとおりとすること。
記
基準割引率および基準貸付利率 年0.5%
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員、野口委員
中村委員、野口委員は、金融市場調節方針と同様の理由で反対した。
4.貸出増加支援資金供給等の新規実行分の扱い
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション、気候変動対応を支援するための資金供給オペレーションについては、貸付利率を0.25%として実施する、貸出増加を支援するための資金供給については、変動金利貸付に変更のうえ、貸付利率を貸付期間中の補完当座預金制度の適用利率の平均値として実施することを内容とする議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員、野口委員
中村委員、野口委員は、金融市場調節方針と同様の理由で反対した。
5.長期国債買入れの減額計画
議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、長期国債買入れの減額計画を別紙の(別紙)のとおりの内容とする旨の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
6.「補完当座預金制度基本要領」の一部改正等
議長から、金融市場調節方針の変更に伴い、「補完当座預金制度基本要領」の一部改正等に関する議案が提出され、採決に付された。採決の結果、賛成多数で決定され、会合終了後、速やかに公表することとされた。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員、野口委員
中村委員、野口委員は、金融市場調節方針に反対したことを踏まえて、関連する部分の改正等に反対した。
7.対外公表文(「金融市場調節方針の変更および長期国債買入れの減額計画の決定について」)
以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「金融市場調節方針の変更および長期国債買入れの減額計画の決定について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
7.「経済・物価情勢の展望」の検討
続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、議案が提出された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、8月1日に公表することとされた。
8.議事要旨の承認
議事要旨(2024年6月13、14日開催分)が全員一致で承認され、8月5日に公表することとされた。
9.金融政策決定会合の開催予定日の承認
2025年の金融政策決定会合の開催予定日が全員一致で承認され、会合終了後、公表することとされた。
以上
- (注)「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~から0.1%程度で推移するよう促す。」本文に戻る
別紙
2024年7月31日
日本銀行
金融市場調節方針の変更および長期国債買入れの減額計画の決定について
- 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成7反対2)(注)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す1。
- 長期国債買入れの減額について、月間の長期国債の買入れ予定額を、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1から3月に3兆円程度とする計画を決定した2(別紙参照)(全員一致)。
- 上記の金融市場調節方針の変更に伴い、以下のとおり、各種制度の適用利率の変更等を決定した3(賛成7反対2)(注)。
- わが国の経済・物価は、これまで「展望レポート」で示してきた見通しに概ね沿って推移している。すなわち、企業部門では、企業収益が改善するもとで、設備投資は緩やかな増加傾向にある。家計部門では、個人消費は、物価上昇の影響などがみられるものの、底堅く推移している。賃金面では、春季労使交渉で前年を大きく上回る賃上げが実現した大企業だけでなく、幅広い地域・業種・企業規模において、賃上げの動きに広がりがみられている。物価面をみると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、賃金の上昇を販売価格に反映する動きが強まってきており、サービス価格の緩やかな上昇が続いている。企業や家計の予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。輸入物価は再び上昇に転じており、先行き、物価が上振れするリスクには注意する必要がある。
こうした状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、金融緩和の度合いを調整することが適切であると判断した。政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をしっかりとサポートしていくと考えている。
- 今後の金融政策運営については、先行きの経済・物価・金融情勢次第であるが、現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、今回の「展望レポート」で示した経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していく。
以上
- (注)賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員。反対:中村委員、野口委員。中村委員は、次回の金融政策決定会合で法人企業統計等を確認してから金融市場調節方針の変更を判断すべきであり、今回はそうした考え方を示すにとどめることが望ましいとして反対した。野口委員は、賃金上昇の浸透による経済状況の改善をデータに基づいてより慎重に見極める必要があるとして反対した。本文に戻る
- 新たな金融市場調節方針は、翌営業日(8月1日)から適用する。本文に戻る
- CP等・社債等の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する。本文に戻る
- 補完当座預金制度の適用利率および基準貸付利率は、翌営業日(8月1日)から適用する。また、金融調節の一層の円滑化を図る観点から、固定金利方式の国債売現先オペを新たに導入することとした。本文に戻る
- 日本銀行法第15条第1項第2号に規定する「基準となるべき貸付利率」。なお、同第1号の「基準となるべき割引率」も0.5%とする(手形割引の取り扱いは現在停止中)。本文に戻る
- 貸付利率は、貸付期間中の補完当座預金制度の適用利率の平均値とする。本文に戻る
(別紙)
長期国債買入れの減額計画について
長期金利は金融市場において形成されることが基本であり、日本銀行による長期国債の買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能な形で減額していくことが適切である。こうした観点から、2026年3月までの長期国債の買入れは、以下のとおり運営する。
- 月間の長期国債の買入れ予定額を、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1から3月に3兆円程度とする(詳細は、別添)。
- 来年6月の金融政策決定会合では、長期国債買入れの減額計画の中間評価を行う。中間評価では、今回の減額計画を維持することが基本となるが、国債市場の動向や機能度を点検したうえで、必要と判断すれば、適宜、計画に修正を加える。また、同時に、2026年4月以降の長期国債の買入れ方針について検討し、その結果を示すこととする。
- 長期金利が急激に上昇する場合には、毎月の買入れ予定額にかかわらず、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
- なお、必要な場合には、金融政策決定会合において、減額計画を見直すこともありうる。
以上
(別添)
月間の長期国債の買入れ予定額
月間の長期国債の買入れ予定額 | |
---|---|
2024年7月(実績) | 5.7兆円程度 |
2024年8から9月 | 5.3兆円程度 |
2024年10から12月 | 4.9兆円程度 |
2025年1から3月 | 4.5兆円程度 |
2025年4から6月 | 4.1兆円程度 |
2025年7から9月 | 3.7兆円程度 |
2025年10から12月 | 3.3兆円程度 |
2026年1から3月 | 2.9兆円程度 |
- (注)残存期間別等の1回当たりのオファー金額や日程等の予定については、従来同様、「長期国債買入れ(利回り・価格入札方式)の四半期予定」で公表する。