政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2024年9月19、20日開催分)
2024年11月6日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2024年10月30、31日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2024年9月19日(14:00から15:41)
- 9月20日( 9:00から11:45)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 安達誠司 (審議委員)
- 中村豊明 ( 審議委員 )
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者:
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- 財務省 寺岡光博 大臣官房総括審議官(19日)
- 赤澤亮正 財務副大臣(20日)
- 内閣府 林 幸宏 内閣府審議官(19日、20日9:00から10:42)
- 新藤義孝 経済財政政策担当大臣(20日10:43から11:45)
- (執行部からの報告者)
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- 理事 加藤 毅
- 理事 清水誠一
- 理事 諏訪園健司
- 企画局長 正木一博
- 企画局政策企画課長 長野哲平
- 金融市場局長 藤田研二
- 調査統計局長 中村康治
- 調査統計局経済調査課長 須合智広
- 国際局長 近田 健
- (事務局)
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- 政策委員会室長 播本慶子
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 企画局企画役 北原 潤
- 企画局企画役 西野孝佑
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回会合(7月30、31日)で決定された金融市場調節方針(注)に従って運営し、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、0.227から0.229%のレンジで推移した。
この間、長期国債の買入れについては、前回会合で決定された減額計画に沿って、月間の買入れ額を2024年7月の5.7兆円程度から4,000億円程度減額し、月間5.3兆円程度のペースで買入れを行った。CP・社債等の買入れについては、2024年3月の会合で決定された資産買入れ方針に沿って、運営した。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、翌日物金利のうち、無担保コールレートは概ね誘導目標水準(0.25%)で推移した。GCレポレートは、一時的な振れを伴いつつも、概ね無担保コールレート並みの水準で推移した。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、概ね横ばいとなった。
わが国の株価(TOPIX)は、8月初に、市場センチメントの急速な悪化や為替円高等を受けて大幅に下落し、その後上昇したが、期間を通じてみても下落となった。長期金利(10年物国債金利)は、米国金利に連れつつ、低下した。国債市場の流動性指標をみると、8月初に多くの市場で相場の急変動が生じた際に一時的に悪化したものの、その後は改善方向の動きとなっている。債券市場サーベイにおける市場の機能度判断DIは、マイナス幅が小幅に縮小した。為替相場をみると、円の対ドル相場は、8月初に円高方向に動いた後、上下に振れを伴って推移し、期間を通じてみても円高方向の動きとなった。円の対ユーロ相場も、円高方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、総じてみれば緩やかに成長している。米国経済は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長している。欧州経済は、一部に弱さを残しつつも、下げ止まっている。中国経済は、政策面の下支えはあるものの、不動産市場の調整による下押しが続くもとで、改善ペースが鈍化している。中国以外の新興国・資源国経済は、IT関連財を中心に輸出が持ち直すもとで、総じてみれば緩やかに改善している。
先行きの海外経済は、緩やかな成長が続くと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国中央銀行の既往の利上げの影響のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性が高い。
海外の金融市場をみると、米国の長期金利は、FRBの利下げ織り込みが一段と進展し、大幅に低下した。欧州の長期金利も、米国金利に連れつつ、低下した。米国の株価は、8月初に、市場センチメントが急速に悪化する中で下落したが、その後は、米国経済の先行きに対する過度に悲観的な見方が後退するもとで上昇し、期間を通じてみれば上昇した。この間、新興国通貨は、横ばい圏内で推移した。原油価格は、米国における先行きの景気減速懸念などを背景に、下落した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。先行きについては、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。
輸出は、横ばい圏内の動きとなっている。先行きも、当面、同様の動きが続くとみられる。その後は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、グローバルなIT関連財の回復などから、増加基調に復していくと見込まれる。
鉱工業生産は、横ばい圏内の動きとなっている。先行きも、当面、同様の動きが続くとみられる。その後は、グローバルなIT関連財の回復など、内外需要の動向を反映し、増加基調に復していくと見込まれる。
企業収益は、改善している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかな増加傾向にある。先行きの設備投資は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、増加傾向を続けると予想される。
個人消費は、物価上昇の影響などがみられるものの、緩やかな増加基調にある。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、4から6月に一部自動車メーカーの生産・出荷が再開されるもとで増加したあと、7月の4から6月対比は、サービス消費の緩やかな増加が続くもとで、家電販売の増加もあって、増加した。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、8月以降の個人消費も、物価上昇を受けた消費者の強い節約志向や台風などの影響を指摘する声は聞かれるものの、緩やかな増加基調にあるとみられる。消費者マインドは、下げ止まっている。先行きの個人消費は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、緩やかな増加基調が続くと予想される。その後も、雇用者所得の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けると考えられる。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い情報通信等を中心に、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。非正規雇用は、対面サービス業などが増加傾向にある一方、労働需給が引き締まるもとで非自発的な理由による非正規雇用が減少傾向にあり、足もとでは横ばい圏内で推移している。一人当たり名目賃金は、春季労使交渉の結果や高水準の企業収益に支えられた賞与の増加を反映して、はっきりと増加している。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、振れを伴いつつも、前年比プラス基調が徐々に定着していくと見込まれる。
物価面について、商品市況は、下落している。国内企業物価の3か月前比は、国際商品市況の下落などを受けて伸び率を縮小し、小幅のプラスとなっている。企業向けサービス価格(除く国際運輸)の前年比は、人件費上昇等を背景に高めの伸びを続け、足もとでは2%台後半のプラスとなっている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台後半となっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による施策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
実質金利は、マイナスで推移している。企業の資金調達コストは、上昇しているが、総じてみればなお低水準で推移している。資金需要面をみると、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP市場では、良好な発行環境となっている。社債市場では、市場のボラティリティ上昇を受けて、一部で起債延期などの動きがみられるが、総じて良好な発行環境となっている。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、2%程度となっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増加している。
この間、マネーストックの前年比は、1%台半ばとなっている。
2.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢
国際金融資本市場について、委員は、8月初に、米国の景気減速懸念の高まりを契機に世界的な株価下落とドル安が進み、市場センチメントが急速に悪化したとの見方を共有した。また、委員は、その後、米国株価等は反転上昇したものの、米国経済をはじめとする海外経済の先行きは引き続き不透明であり、金融資本市場も引き続き不安定な状況にあるとの認識で一致した。多くの委員は、こうしたもとで8月入り後のわが国の金融・為替市場の変動が特に大きくなった背景には、これまで蓄積されてきたポジションの巻き戻しが急速に進んだこともあったと指摘した。そのうえで、委員は、現時点ではこうした株価や為替の変動は金融システムなどに大きな影響を及ぼしていないとの認識を共有した。何人かの委員は、その背景として、市場流動性が相応に維持されるもとで、ポジションの調整が比較的短期間に収束したこともあると指摘した。これに関連して、ある委員は、市場動向や資金フローのモニタリング体制を一層整備していく必要があると付け加えた。また、別の一人の委員は、開示や規制の少ないファンドなどの存在感が高まっていることから、あらゆる可能性を念頭にモニタリングしていくことが重要との見解を示した。
海外経済について、委員は、総じてみれば緩やかに成長しているものの、米国経済を中心に、先行き不透明感が高まったとの認識を共有した。ある委員は、多くの国・地域では、インフレ率が鈍化するもと、雇用の維持に政策の重点を移す動きが強まりつつあるとの見方を示した。別のある委員は、1970年代の変動相場制への移行以降、先進国の景気サイクルとそれに対応する金融政策は概ね連動してきたが、足もとではサイクルが異なってきており、それに伴う市場への影響を含めて、海外経済の動向を予断なく見極める必要があると指摘した。
米国経済について、委員は、FRBによる既往の利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に緩やかに成長しているとの認識で一致した。先行きも、中心的な見通しとしては、インフレ率が低下するもと、FRBによる利下げも下支えとなって、景気が緩やかに減速しながらも安定成長を続けると見込まれるとの認識を共有した。何人かの委員は、その背景として、堅調な住宅価格や株価が資産効果を通じて個人消費を支えていることがあると指摘した。ただし、これらの委員を含む多くの委員は、このところ労働市場の先行きや、その個人消費への影響などを巡る不透明感が高まっており、注視が必要となっていると指摘した。このうちの一人の委員は、家計・企業のバランスシートは健全で金融環境も安定しているものの、雇用を中心に底入れが確認できるまで注意深く見極める必要があると付け加えた。複数の委員は、AIに対する期待感が剥落する場合には、株式市場で大きな調整が生じ、実体経済に影響が及ぶリスクもあるとの見方を示した。また、多くの委員は、米国経済がソフトランディングに向かうとしても、そのために必要な利下げ幅を巡る不確実性は高いとの見方を示した。このうちの一人の委員は、FOMCメンバーの政策金利見通しが大きくばらつくなど、米国経済やFRBの利下げペースに関する不確実性が増しており、わが国の為替や企業業績に負の影響を及ぼす可能性に注意が必要であるとの見解を示した。別の委員は、利下げの幅によっては、ドル安・円高、株安となるリスクがあり、この点の見極めには、なお時間を要すると述べた。この間、何人かの委員は、大統領選挙後、財政支出の拡大や保護貿易の強まり、手控えられていた投資の実施などから、インフレが再燃し、米国の中長期の金利が上昇する展開も考えられると指摘した。
欧州経済について、委員は、一部に弱さを残しつつも、下げ止まっているとの認識を共有した。一人の委員は、賃金・物価は落ち着きつつあるものの、地政学的問題の長期化などによるインフレ再燃リスクがあるほか、ドイツを中心に、構造的な産業競争力の低下や若年失業率の高止まりも懸念され、景気の下振れリスクにも注意する必要があるとの見解を示した。
中国経済について、委員は、政策面の下支えはあるものの、不動産市場の調整による下押しが続くもとで、改善ペースが鈍化しているとの見方を共有した。複数の委員は、不動産市場の調整が想定以上に長引く可能性を指摘した。このうちの一人の委員は、足もとの成長を支えている輸出についても、貿易摩擦の強まりを踏まえると、持続性が懸念されると付け加えた。別の一人の委員は、中国経済の実勢を捉えるためには、公式統計のみならず、様々なオルタナティブデータもみていくことが重要との見解を示した。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、IT関連財を中心に輸出が持ち直すもとで、総じてみれば緩やかに改善しているとの認識を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢を踏まえて、わが国の経済情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの認識で一致した。大方の委員は、前回会合以降の経済動向は、7月の「展望レポート」の見通しに概ね沿ったものとの見方を示した。このうちの一人の委員は、前回会合以降に公表された各種指標は、概ね想定通りか、若干強めだったとの見方を示した。ある委員は、経済・物価が概ね想定通りの動きとなっていると指摘したうえで、これまでの一連の政策変更が金融経済情勢に負の影響を及ぼす兆候はみられていないと付け加えた。別の一人の委員は、国内の賃金・消費・設備投資・企業収益・物価などの最近の指標は、いずれも7月の政策金利の引き上げという判断の適切さを示す内容であったと指摘した。
景気の先行きについて、委員は、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けるとの認識を共有した。ある委員は、先行きを展望するうえで、賃上げ、価格転嫁の継続といった前向きな企業行動が、今回の市場変動を経ても持続していくかに注目していると述べた。一人の委員は、今回の市場変動が経済・物価に与える影響は大きくなく、経済・物価は見通し通り、オントラックで進んでいるもとで、次回利上げに向けて、当面、消費者物価、来年の春季労使交渉に向けたモメンタム、米国経済の推移に注目していると述べた。
輸出・鉱工業生産について、委員は、横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。ある委員は、世界的なIT関連需要の回復から、NIEs・ASEAN向け輸出は増加基調を強めているものの、中国、欧州の景気低迷が足枷となっていると指摘した。
企業収益について、委員は、改善しているとの認識を共有した。ある委員は、2023年度の法人企業統計年報では、季報には含まれない小規模事業者も含め、全ての資本金カテゴリーにおいて、経常利益が増加したと指摘した。そのうえで、この委員は、ヒアリング情報等も踏まえると、幅広い企業が原材料価格や人件費などを価格転嫁できているとの見解を示した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善するもとで、緩やかな増加傾向にあるとの認識で一致した。一人の委員は、近年の設備投資はデジタル化や脱炭素関連など、長期的な視点で行うものが多いほか、人手不足などの制約で実施できていなかった投資案件もあるため、最近の株価下落や海外経済の不透明感の高まりによる設備投資への影響は小さいとの見方を示した。この間、ある委員は、従業者の7割が働く中小企業は、防衛的賃上げが多く、稼ぐ力は力強さに欠けるため、持続的な賃上げの実現に対する不透明感から、消費者の節約志向を生むと指摘した。そのうえで、この委員は、将来不安の払拭に必要な実質賃金増加の定着に向けて、成長志向の中小・中堅企業の価格転嫁力や稼ぐ力の向上、設備投資・M&Aの積極化等について確認する必要があるとの見方を示した。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。多くの委員は、春季労使交渉の結果が所定内給与に反映されてきたことや、企業収益の改善を受けて夏季賞与が大幅に増加したことを受けて、賃金がはっきりと増加していると指摘した。一人の委員は、10月には最低賃金の引き上げが予定されており、このことも賃金を上押ししていくと付け加えた。賃金の先行きについて、多くの委員は、直近の実質賃金がプラス転化したことに言及しつつ、こうした傾向が定着していくか注目していく必要があると述べた。複数の委員は、最近の金融・為替市場の動向が、賃上げ機運に水を差さないか注意する必要があるとの見方を示した。このうちの一人の委員は、為替円安の修正が急速に進むもとで、原材料価格低下に伴う価格転嫁の巻き戻しや輸出数量の減少が続き、企業業績、賃上げ意欲や個人消費に影響することを懸念していると述べた。
個人消費について、委員は、消費活動指数が増加を続けていることや、最近の高頻度データ・ヒアリング情報等を踏まえると、「底堅く推移」から「緩やかな増加基調」へと評価を変更することが適切であるとの認識で一致した。多くの委員は、その背景として、物価上昇の影響などは引き続きみられるものの、所得環境が改善してきていることを指摘した。このうちの一人の委員は、これまで長く続いてきた実質賃金低下による押し下げが、和らぎつつあるとの見方を示した。複数の委員は、株価の下落はあったものの、ヒアリング情報等を踏まえると、今のところ、百貨店等での高額品消費への影響はみられていないと指摘した。このうちの一人の委員は、為替円安が修正されたことは、消費者マインドにプラスに働いている面もあると付け加えた。また、ある委員は、自動車生産の再開により一時的な供給制約が緩和されたことも、耐久財消費の回復に寄与したと指摘した。この間、一人の委員は、身近なものの価格が大幅に上昇してきた中で、今後も需要が維持されるかが重要であると指摘したうえで、賃金動向を注視するとともに、コロナ禍以降、消費者の行動様式が変容していることから、eコマースやディスカウントストアなどの情報を含め、丁寧に情勢を確認していく必要があるとの見方を示した。
物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台後半となっているとの認識で一致した。多くの委員は、物価は、7月の「展望レポート」の見通しに概ね沿って推移しているとの見解を示した。何人かの委員は、サービスを中心に、人件費を価格に転嫁する動きが着実に進展していると指摘した。このうちの一人の委員は、これまで動意がなかった品目の中にも、はっきりと上昇基調を強めるものがみられていると述べた。また、この委員は、既往の為替円安の影響を受ける形で、財価格の中にも上昇基調を強める品目がみられると付け加えた。別の一人の委員は、輸入物価の価格転嫁という物価上昇の第1の力が、賃金上昇を背景とした物価上昇という第2の力に、徐々に置き換わりつつあると述べた。
予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの評価で一致した。ある委員は、このところの生鮮食品や米価格の上昇は、家計の物価上昇の実感を高めている可能性があると指摘した。別の一人の委員は、消費者の側にはまだ価格は上がらないのが当然という意識が根強く残っているようにもみえると指摘したうえで、そうした意識が確かに薄らぎつつあるのか、よく注視していく必要があると述べた。
物価の先行きについて、委員は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による施策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用するとの見方で一致した。この間、委員は、消費者物価の基調的な上昇率について、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとの見方を共有した。
経済・物価の見通しのリスク要因として、委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高いとの認識で一致した。また、委員は、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。そのうえで、委員は、特に、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があるとの認識を共有した。この点に関連して、多くの委員は、前回会合以降、為替円安の修正が進んでおり、輸入物価上昇による物価上振れリスクは減少していると述べた。このうちの一人の委員は、円高進行や原油価格下落から、物価上振れリスクは後退しているが、再びデフレに戻る状況ではないとの見方を示した。
2.金融面の動向
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストは、上昇しているが、総じてみればなお低水準で推移しているという評価を共有した。何人かの委員は、政策金利の変更後も実質金利はなお大幅なマイナスであり、緩和的な金融環境が企業の設備投資等を後押ししていくことが見込まれると指摘した。このうちの一人の委員は、現時点では、金融環境の変化が、家計や企業の行動に影響を及ぼしてないと述べた。また、ある委員は、米国の景気減速懸念の高まりを契機に、わが国の金融市場でも値動きが大きくなったが、金融機関や企業・家計のバランスシートが健全であることを踏まえると、その金融環境への影響が大きくなる可能性は低いとの見方を示した。
3.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す」という方針を維持することが適当であるとの見解で一致した。
先行きの金融政策運営について、委員は、経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくという基本的な考え方を共有した。そのうえで、米国経済をはじめとする海外経済の先行きは引き続き不透明であり、金融資本市場も引き続き不安定な状況にあることを踏まえると、当面は、これらの動向を高い緊張感をもって注視し、わが国の経済・物価見通しやリスク、見通しが実現する確度に及ぼす影響を、しっかりと見極めていく必要があるとの見方で一致した。また、これまでの政策金利引き上げの経済・物価への影響をみていく必要があるとの認識も共有した。
多くの委員は、政策判断にあたっては、内外の金融市場の動きそのものだけではなく、その変動の背後にある米国をはじめとする海外経済の状況などについても、丁寧に確認していくことが重要であるとの見解を示した。このうちの一人の委員は、海外経済の不確実性が高まっただけに、市場変動の影響も見極めるため、当面は海外・市場動向を見守り、金融緩和の一段の調整は不確実性が低下した段階にすることが妥当であると述べた。そのうえで、この委員は、現在は、経済活動のサポートのために、緩和的な金融環境を粘り強く続ける我慢の局面であるとの見方を示した。ある委員は、「物価安定の目標」が実現しておらず、金融経済情勢を巡る不確実性が払拭できない中、現時点では本格的な引き締め政策への転換を連想させるような追加的な政策金利の変更は望ましくないとの見解を示した。別の一人の委員は、今後の政策運営は、下方リスクに十分配慮し、データを慎重に確認して進める必要があると付け加えた。
何人かの委員は、最近の為替円安の修正に伴って、輸入物価上昇による物価上振れリスクが減少していることを踏まえると、米国をはじめとした海外経済や金融資本市場の動向が、わが国の経済・物価見通し等に及ぼす影響を見極める時間的な余裕はあると指摘した。一人の委員は、現在のわが国の経済・物価は、一定のペースで利上げをしないとビハインドザカーブに陥ってしまうような状況にはなく、金融資本市場が不安定な状況で、利上げすることはないと指摘した。別のある委員は、政策金利は、見通しに大きなマイナスの変化がないことが確認できるのであれば、時間をかけすぎず、引き上げていくことが望ましいとの考えは不変であるが、利上げ自体を目的としているわけではないと述べた。この委員は、日本経済の健全な成長に対する期待に見合う水準程度まで徐々に上げていけることが理想であり、センチメントが実体経済に及ぼす影響も考慮し、政策変更には適切なタイミングを選ぶ必要があると付け加えた。一人の委員は、米国については、金利上昇・低下の両方向の展開がありうることから、わが国の金融政策についても、状況をしっかりと見極めたうえで、落ち着いて判断していくことが望ましいと指摘した。この間、ある委員は、現時点では市場の動向を確認していくことが適切であるが、先行きの経済・物価情勢次第では、金融資本市場が不安定でも、政策金利の引き上げが適切となることもありうると述べた。そのうえで、この委員は、経済・物価がオントラックで推移していく場合、早ければ2025年度後半の1.0%という水準に向けて、段階的に利上げしていくパスを考えていると付け加えた。
委員は、金融政策に関するコミュニケーションについても議論した。
多くの委員は、7月の決定会合における政策金利の引き上げが──経済・物価が見通しに沿って推移していけば、金融緩和の度合いを調整していくという方針を示してきた中でも──市場からサプライズと受け止められたことを指摘した。
今後のコミュニケーションについて、ある委員は、今回の経験を踏まえると、追加的な利上げを行う局面では、政策スタンスを始め、市場との対話を従来以上に丁寧に行う必要があるとの見解を示した。別の委員は、経済状況の進展などによって日本銀行の経済に対する見方に変化が生じ、市場の見方との間に齟齬が生じる可能性がある場合には、そのギャップを埋めるべく、可能な限り丁寧なコミュニケーションを行う必要があるとの見方を示した。一人の委員は、経済・物価の不確実性を踏まえると、先行きの政策については──先行きになればなるほど──信認を得られにくいと指摘した。また、別の一人の委員は、今回の経験を踏まえて、期待や予測に重きを置いた政策判断をするのではなく、実体経済の変化の予兆や進捗を示して市場参加者・企業の理解を高めたうえで、データの実績に応じて金融政策を運営するスタンスを示し、理解の浸透を図ることが求められると述べた。この間、複数の委員は、情報発信の空白期間を出来るだけ作らないようにすることが望ましいと指摘した。このうちのある委員は、長らく利上げを行っていなかったこともあり、言葉に対する日本銀行と市場の共通理解が薄れてしまっている面があり、市場とのずれが生じない発信、ずれが生じた場合の適時の修正等、コミュニケーションの改善に努めるべきであるとの見解を示した。また、この委員は、言葉による発信だけでは限界があるので、政策委員による政策金利パスの見通しを公表することもありうると付け加えた。この間、複数の委員は、市場の金利見通しを日本銀行の情報発信により直接変えようと試みるより、日本銀行の経済・物価の見通しや、その背景にあるデータの解釈、政策運営の考え方などについて繰り返し伝えていくことがより重要であるとの認識を示した。このうちの一人の委員は、中立金利の不確実性が大きいほか、日本銀行の経済・物価の中心的な見通しを巡る不確実性も大きいことを踏まえると、先行きの政策金利の見通しを数値で示しても、その幅はかなり広いものにならざるをえず、分かりやすいコミュニケーションにはつながりにくいのではないか、と指摘した。情報発信の内容について、ある委員は、基調的な物価上昇率について、丁寧に情報発信をしていくことが有益であると述べた。この点に関連し、一人の委員は、基調的な物価上昇率は重要な概念だが、情報発信上は、ヘッドラインの物価上昇率が高い水準を続けていることも説明していくべきであると指摘した。別の委員は、不確実性が高いもとでは、中心的な見通しが実現する確度が変化したかが政策運営において重要となるため、この点を丁寧に伝えていく必要があるとの見解を示した。この委員は、こうしたアプローチは米欧の中央銀行の最近の情報発信でも、ある程度共通してみられるものであると付け加えた。これらの議論を踏まえ、委員は、基調的な物価上昇率や経済・物価の見通しやリスク、見通しが実現する確度について、丁寧な情報発信が必要であるとの認識を共有した。
4.政府からの出席者の発言
内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- わが国経済は、一部に足踏みが残るものの、緩やかに回復している。先行きも、雇用・所得環境が改善するもとで、緩やかな回復が続くと見込んでいるが、海外景気の下振れや金融資本市場の変動等には、十分注意する必要がある。
- 日本経済は新たなステージに入りつつある。この動きを確実にするため、今後とも機動的な政策運営に取り組む。
- 日本銀行には、引き続き、政府と緊密に連携し、市場とも丁寧にコミュニケーションを図りながら、2%の物価安定目標の持続的・安定的実現に向け、適切な金融政策運営を期待する。
また、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 持続的な成長実現のため、政府としては、あらゆる政策を総動員し、物価と賃金の好循環の拡大を図る。
- 予算編成にあたっては、「骨太方針2024」に沿って、経済成長と財政健全化の両立を図っていく。
- 日本銀行には、政府との緊密な連携のもと、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。その上で、情報発信を含め、しっかりと金融資本市場とコミュニケーションを図っていただきたい。
5.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:なし
2.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)
以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
6.議事要旨の承認
議事要旨(2024年7月30、31日開催分)が全員一致で承認され、9月26日に公表することとされた。
以上
- (注)「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す。」本文に戻る
別紙
2024年9月20日
日本銀行
当面の金融政策運営について
- 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.25%程度で推移するよう促す。
- わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。海外経済は、総じてみれば緩やかに成長している。輸出や鉱工業生産は横ばい圏内の動きとなっている。企業収益が改善するもとで、設備投資は緩やかな増加傾向にある。雇用・所得環境は緩やかに改善している。個人消費は、物価上昇の影響などがみられるものの、緩やかな増加基調にある。住宅投資は弱めの動きとなっている。公共投資は横ばい圏内の動きとなっている。わが国の金融環境は、緩和した状態にある。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台後半となっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。
先行きのわが国経済を展望すると、海外経済が緩やかな成長を続けるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。消費者物価(除く生鮮食品)については、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、政府による施策の反動等が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられる。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、「展望レポート」の見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
リスク要因をみると、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高い。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要がある。とくに、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある。
以上