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金融政策決定会合における多角的レビューについての議論

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以下では、金融政策決定会合における多角的レビューについての議論を、議事要旨の該当箇所を抜粋する形で、最近の会合から順に掲載しています。

2024年3月

II.金融政策の多角的レビューに関する執行部からの報告および委員会の検討の概要

1.非伝統的金融政策が金融市場に与えた影響

(1)執行部からの報告

金融政策の「多角的レビュー」の一環として、関係各局で連携して、過去25年間の非伝統的金融政策の効果・副作用を振り返る調査プロジェクトを実施している。

以下では、進行中の本調査プロジェクトのうち、まず、金融市場局から、非伝統的金融政策が金融市場に与えた影響として、(1)非伝統的金融政策が短期金融市場の機能度に与えた影響、(2)量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に及ぼした副作用についての分析結果、(3)為替レートの推移を振り返って非伝統的金融政策との関係で留意すべき論点について、報告する。

  • 過去25年間の短期金融市場の機能度を確認するため、量的緩和が実施された第一局面(2001から2006年)、補完当座預金制度が導入された第二局面(2008から2016年)、マイナス金利導入以降の第三局面(2016年から)の3つの局面に分け、各局面の動向を振り返った。第一局面では、金融機関間の取引インセンティブが低下したが、第二局面では、補完当座預金制度の導入に伴い付利先と非付利先との間での取引インセンティブが生じた。第三局面では、補完当座預金制度の三層構造のもとで裁定取引が活発化しており、短期金融市場は、足もと十分な機能度を維持していると評価できる。
  • 量的・質的金融緩和やイールドカーブ・コントロールによる国債市場の機能面での副作用は、(1)市場流動性の低下、(2)相対価格面の歪み、(3)円債の取引基盤の脆弱化の3つに整理できる。これらのうち、相対価格面の歪みは改善方向に向かっている。一方、市場流動性の低下は引き続き残っていくとみられる。また、脆弱化した円債の取引基盤については、市場参加者からは、再構築は可能との声も聞かれているが、完全な回復まで時間は相応にかかり得る、との指摘も聞かれる。これらが、中長期的にわが国の金融市場に与える影響について、引き続き丁寧な把握に努めていく必要がある。
  • 過去25年間の為替レートの推移を振り返ると、その時々の市場で注目されていた各種要因の影響を受けて、大きく変動してきた。この間に実施されてきた非伝統的金融政策は、将来の為替レートに関する予想経由で為替レートに一定程度影響を与えてきた可能性があるが、そうした予想形成は、その時々の世界経済や国際金融市場の動向次第で大きく変化してきたように窺われる。このように、非伝統的金融政策が為替レートに及ぼす影響には、きわめて大きな不確実性が存在する。

本調査プロジェクトの個別の分析については、ワーキングペーパー等で公表することを展望している。

(2)委員会の検討

委員は、執行部からの報告を踏まえ、非伝統的金融政策が金融市場に与えた影響について議論した。

短期金融市場に関して、ある委員は、量的緩和のもとでは市場機能が大きく低下した一方、その後の局面では、補完当座預金制度が金融緩和と短期金融市場の機能の維持を両立するうえで大きな効果があったと評価した。

国債市場について、何人かの委員は、大規模金融緩和が終了した場合にも、市場機能や流動性等の回復には時間がかかり得るとの認識を示した。複数の委員は、流動性等の回復過程においては、経済・物価情勢等の変化を受けて長期金利のボラティリティが高まりやすくなる可能性を指摘した。このうちの一人の委員は、こうした状況が長期にわたって継続する可能性も踏まえて、引き続き、丁寧にモニタリングしていくことが重要であると付け加えた。そうしたもとで、複数の委員は、イールドカーブ・コントロールの枠組みを終了する場合、その後の国債買入れの減額は、こうした点にも配慮しながら、進める必要があるとの見解を示した。このうちの一人の委員は、やや長い目でみれば、円債の取引体制の整備は進むと考えられるものの、そのもとでの市場参加者の取引行動は過去とは異なるものとなる可能性があるとの見方を述べた。また、別の委員は、海外投資家を含めた市場参加者との意見交換などの取り組みを進めていくことが必要であるとの見方を示した。

為替レートの動向について、複数の委員は、わが国では購買力平価からの乖離が目立つが、これは長期的なトレンドとしては、1990年代半ばにかけて国内製造業の高い生産性を反映して円高が進行した後、それらの海外生産シフト等を背景に円安方向への動きが緩やかに続いたことによるものではないかとの見解を示した。そのうえで、このうちの一人の委員は、この2年ほどは、購買力平価対比でかなりの円安が進んでいるが、これは、リーマン・ショック以降、市場参加者の間で、従来よりも内外金利差が意識されやすくなっていることを反映している可能性があるとの見方を示した。別の一人の委員は、大規模金融緩和前の2012年頃と現在とでは、為替や株価の水準は大きく異なっており、そのもとでの金融政策のトランスミッション・メカニズムや波及効果・副作用も異なる可能性があると指摘した。

これらの議論を踏まえ、委員は、今後の執行部による追加的な分析・考察も踏まえつつ、非伝統的金融政策が金融市場に与えた影響について引き続き議論していくことが適当であるとの認識を共有した。

2.過去25年の金融仲介活動の振り返り

(1)執行部からの報告

次に、進行中の本調査プロジェクトのうち、金融機構局から、過去25年間の金融仲介活動の振り返りとして、(1)過去25年間の金融仲介活動が経済活動に大きな調整をもたらし得る金融不均衡の蓄積に繋がっていなかったか点検するとともに、(2)金融システムからみた大規模金融緩和の効果と副作用に関する論点、(3)低金利貸出が企業財務に及ぼした影響について、報告する。

  • 金融循環を表す金融ギャップからは、低金利環境の中で、バブル期前後にみられたような大きな金融不均衡が蓄積した様子は観察されない。バブル崩壊後の金融循環の停滞局面も、2000年代半ばにかけて解消した。この間の金融仲介活動をみると、2000年代前半にかけて、バランスシート調整と不良債権処理を主因に企業向け貸出が減少したが、その後の企業向け与信と経済活動水準とのバランスは、概ね安定している。
  • 過去25年のほとんどの期間において、金融機関の貸出態度が緩和的となるもとで、貸出残高の増加が続いた。反実仮想分析からは、最近10年の貸出の増加には、低金利や景気改善の効果に加え、地価の安定を背景とした担保価値の改善効果も寄与していたことが示唆される。また、金融機関間の貸出競争の強まりも、利鞘縮小や貸出増加に繋がったと考えられる。
  • ただし、金利感応度の高い不動産関連の分野では、貸出残高が既往ピーク圏にある。増加した貸出の中には、債務者の収入減少や貸出金利の上昇に対する耐性が相対的に低い案件もみられる。また、企業や家計の借入期間が長期化し、金利リスクが増加している。変動金利による長期借入は、家計の金利リスクとなっている一方、企業の固定金利による長期借入は、金融機関の金利リスクの増加要因の1つとなっている。
  • 金融機関の収益力は、最近では反転上昇しているものの、歴史的にみると、低下した状態にある。その結果、地域金融機関を中心に、ストレス耐性が低下している先もある。また、金利が短期間のうちに大きく上昇した際には、保有有価証券の評価損が金融機関の金融仲介活動の制約になることが考えられる。
  • この間、借入を増やした企業の中には、収益力が改善し、財務の頑健性が増した先があった一方、収益力の低迷が続く先も常に一定の割合で存在した。

本調査プロジェクトの個別の分析については、金融システムレポート別冊やワーキングペーパーで公表することを展望している。また、関連する議論は、4月に公表予定の金融システムレポートにおいても取り上げる予定である。

(2)委員会の検討

委員は、執行部からの報告を踏まえ、非伝統的金融政策が金融機関の行動や金融システムに与えた影響について議論した。

大規模金融緩和による低金利環境が金融システムに及ぼした影響について、一人の委員は、金融機関による、投資の長期化や海外貸出・外債投資の拡大、リスクテイクの積極化が促されたと指摘した。また、この委員は、世界的に、低金利環境下での金融機関のリスクテイク行動が、不動産等の資産価格の押し上げに作用したとの見解を述べた。ある委員は、大規模金融緩和の結果として、金融機関の収益力が低下しているほか、その行動の変化もあって、一部の金融機関においてストレス耐性が低下していると指摘した。また、一人の委員は、海外投融資の拡大に伴い、わが国の金融システムが抱えるドル調達リスクが高まっているとの認識を示した。先行きについて、ある委員は、金利上昇局面において、一部の金融機関でのストレス耐性の低下に注意が必要であり、引き続き、丁寧にモニタリングしていくことが重要と指摘した。また、別の委員は、大規模金融緩和が終了した場合に、金融機関のポートフォリオ・リバランスがどのように進むか注視が必要と述べた。このほか、複数の委員は、金融政策が変化したとしても、厳しい競争環境のもとで、金融機関収益には構造的な下押し圧力がかかり続ける可能性もあると述べた。

この間、複数の委員は、2001年から2006年にかけての量的緩和について、バランスシート拡大は短期の資金供給が中心であり、長めの金利や実体経済に及ぼした影響は限られるとの分析も多いが、大量の流動性供給は金融機関の流動性に対する不安を払拭し、金融システムの安定を確保することに大きな効果を発揮したと指摘した。一人の委員は、こうした効果は、反実仮想分析では十分に捉えられていない可能性があると付け加えた。別の一人の委員は、リーマン・ショック後の局面でも、企業の資金調達環境はきわめて厳しく、当時の日本銀行の素早い対応の効果は大きかったとの見解を示した。

借入を増加させた企業における収益性等のばらつきが生じた背景について、一人の委員は、大企業において、リーマン・ショック後の構造改革の結果、借入の増加を伴う形で成長投資が進んだことを指摘した。他方、別の一人の委員は、政府による企業支援に加え、大規模金融緩和による低金利環境もあって、低収益の企業が借入を増加させつつ存続できたことを指摘した。

これらの議論を踏まえ、委員は、今後の執行部による追加的な分析・考察も踏まえつつ、非伝統的金融政策が金融機関の行動や金融システムに与えた影響について引き続き議論していくことが適当であるとの認識を共有した。

2024年1月

II.金融政策の多角的レビューに関する執行部からの報告および委員会の検討の概要

1.執行部からの報告

金融政策の「多角的レビュー」の一環として、関係各局で連携して、過去25年間の非伝統的金融政策の効果・副作用を振り返る調査プロジェクトを実施している。

以下では、進行中の本調査プロジェクトのうち、企画局から、(1)過去25年間の金融政策を振り返るとともに、(2)非伝統的金融政策の効果と副作用に関する学界・中央銀行関係者の議論の整理や、経済・物価に及ぼした影響についての分析結果、(3)個別政策手段に関する議論と考慮すべき課題・論点について、報告する。なお、この間の非伝統的金融政策が、金融市場や金融機関の行動・金融システムに及ぼした影響については、別途、報告する。

  • 過去25年間を、不良債権問題が経済の下押し要因となっていた1999年から2006年までの局面(1)、世界金融危機の影響を受けた2008年から2012年までの局面(2)、デフレ対応が強化された2013年以降の局面(3)の3つに分け、各局面における金融緩和の度合いを確認した。局面(1)や(2)では、期間を通してみれば、緩和度は高まる傾向にあったが、インフレ予想の低下に伴い実質金利が上昇するもとで緩和度が低下する時期もみられた。局面(3)では、インフレ予想の高まりや長短の名目金利の低下により、局面(1)や(2)と比べて、緩和度ははっきりと高まって推移した。
  • 学界・中央銀行関係者の議論をみると、国内外で非伝統的金融政策の緩和効果を指摘する研究が多いが、効果の不確実性の大きさを指摘する研究も存在する。また、経済・物価・金融システム等に副作用をもたらし、それが金融政策の有効性を阻害する可能性についても指摘されている。
  • 今回、新たに実施した反実仮想分析では、非伝統的金融政策には一定の緩和効果があり、とりわけ局面(3)では、デフレではない状況を作り出すことに寄与したことが示唆された。今後、インフレ予想の形成メカニズムなどについても理解を深め、総合的に分析していく。
  • 非伝統的金融政策の緩和効果は、多岐にわたる政策手段を組み合わせることによってもたらされる。個々の手段の採用については、各手段の効果と金融市場・金融システムなどに及ぼしうる副作用のバランスを点検したうえで、判断していく必要がある。具体的な政策手段の在り方については、幅広い観点で進められている分析・サーベイを踏まえて、議論を深めていく。

本調査プロジェクトの個別の分析については、ワーキングペーパー等で公表することを展望しているほか、ワークショップの場などを活用して、有識者との意見交換を行っていく方針である。

2.委員会の検討

委員は、執行部からの報告を踏まえ、非伝統的金融政策の効果・副作用について議論した。

非伝統的金融政策の効果について、多くの委員は、今回新たに実施した反実仮想分析等も踏まえると、とくに2013年の量的・質的金融緩和導入以降、経済・物価をしっかりと押し上げる方向に作用したと考えられるとの見解を示した。このうちの一人の委員は、今回の分析結果は、過去のマクロ経済モデルを用いたシミュレーション結果と概ね整合的であり、頑健性があると付け加えた。別のある委員は、非伝統的金融政策の名目長期金利引き下げ効果は明らかだが、インフレ予想に及ぼした影響については、賃金・物価が上がりにくいとの見方が根強いもとで、不十分だった可能性があると指摘した。この点に関連して、複数の委員は、世界的なインフレや、わが国の労働市場の引き締まりなどの状況変化を受けて、時間を要したが、最近になってインフレ予想への影響が表れつつある点も考慮する必要があるとの認識を示した。別の一人の委員は、量的・質的金融緩和の導入によって金融政策のレジームが変わったと言えるのか、またそのことが政策効果を強めたのか、といったことも論点であると述べた。この間、ある委員は、家計や企業が貯蓄超過主体となる中、実質金利の限界的な低下のプラス効果は僅かなものに止まったと思っているが、実際どの程度の効果があったのか、分析・説明が必要であるとの見解を示した。また、別の一人の委員は、株式や為替市場を通じた金融政策の波及への言及や、マネタリーベースや期待を重視した政策への評価も必要との見解を示した。

何人かの委員は、非伝統的金融政策が長期にわたり実施されてきたもとで、その累積的な影響を評価する視点も重要との見解を示した。このうちの一人の委員は、長期にわたる緩和は、短期的な需要創出効果のみではなく、履歴効果等を通じ経済の成長力にプラスの影響を及ぼした可能性がある一方、金融システム等への構造的な副作用を通じて成長経路を引き下げた可能性もあると指摘した。また、複数の委員は、政策の効果と副作用の比較は、先行き正常化を進める過程で生じうるコストも勘案したうえで行う必要性があるとの見解を示した。このうちの一人の委員は、非伝統的金融政策の各施策をひとまとめにして評価するだけではなく、個々の施策について効果と副作用をみていくことが重要であると述べた。

副作用に関連して、何人かの委員は、非伝統的金融政策が、金融市場や金融機関にマイナスの影響を及ぼした面はあり、今後、この点について評価していくことも必要であると指摘した。このうちの一人の委員は、利ざやが圧迫されるもとで、銀行はモニタリングにコストのかかるリスクテイクに消極的となり、主として不動産関連融資が伸びる構造となったと指摘した。また、別の一人の委員は、非伝統的金融政策の継続が、生産性の低いビジネスや企業の温存や、財政赤字の拡大に影響したと考えられると述べた。これに対して、一人の委員は、低金利環境によって政府債務を拡大する余地が広がった可能性はあるが、その余地を使うか否かは政府・国会の判断であるほか、当時の経済・物価情勢下で積極的な財政政策が不要だったとは限らないと指摘した。ある委員は、仮に非伝統的金融政策を導入しなかった場合、経済活動はより低い水準で推移していたと想定され、そうした状況のもとでの方が、生産性上昇等による成長力の向上や財政状況の改善が進んだとは考えにくいとの見方を示した。

これらの議論を踏まえ、委員は、今後の執行部による追加的な分析・考察も踏まえつつ、非伝統的金融政策の効果・副作用について引き続き議論していくことが適当であるとの認識を共有した。

2023年12月

II.金融政策の多角的レビューに関する執行部からの報告および委員会の検討の概要

1.執行部からの報告

金融政策の「多角的レビュー」の一環として、調査統計局では、過去25年の経済・物価情勢を振り返る調査プロジェクトを実施している。

本調査プロジェクトでは、これまでのところ、(1)過去の議論や先行研究を整理するとともに、(2)1990年代後半以降のわが国の経済・物価について、グローバル化の影響、生産性の低迷、交易条件の悪化、人々や社会の物価観(ノルム)といった様々な観点から分析を実施している。以下では、進行中の本調査プロジェクトにおける、現時点での分析結果の概要を報告する。

  • 生産性等について、(1)わが国貿易部門の生産性は、米欧と比べると、グローバル化の恩恵を必ずしも十分に受けてこなかった可能性がある。こうしたもと、(2)わが国貿易部門の競争力が海外対比で相対的に低下したことは、わが国の交易条件の悪化要因になったとみられ、家計所得・消費にもマイナスに作用した。この間、(3)いわゆる「ゾンビ企業」について、近年はその比率が低水準で推移しており、わが国経済の成長を大きく阻害している可能性は低いとみられる。
  • 物価・賃金について、(1)物価・賃金が上がりにくいとの見方は、企業の価格改定コスト(メニューコスト)が高まるもとで次第に社会に定着し、低インフレ環境の長期化により強まったと考えられる。この間、(2)企業は、厳しい競争環境のもとで価格マークアップが縮小する中で、賃金抑制により収益を確保してきたとみられる。また、(3)グローバル化が進展するもとで、海外要因は、足もとの期間を除けば、わが国の消費者物価を継続的に下押しする方向に作用してきた可能性が高い。更に、(4)成長期待と予想物価上昇率の乖離やフィリップス曲線のフラット化が観察されるなど、経済と物価の関係が弱まっていることが窺われる。
  • なお、ここ1から2年は、物価上昇率が高めとなるもとで、長らく続いた物価が上がりにくい状況には変化の兆しが窺われる。具体的には、企業の価格改定頻度が足もと急速に上昇しており、値上げ経験の蓄積を通じて物価が上がりにくいとの見方が解消に向かう可能性がある。また、過去25年間の大半の期間において観察された海外からのコスト低下圧力が、コスト上昇圧力に転じている。ただし、これらの変化の持続性については、今後とも注視していく必要がある。

本調査プロジェクトについては、現在本支店共同で取り組んでいる「1990年代半ば以降の企業行動等に関するアンケート調査」も活用しつつ、引き続き、進めていく考えである。個別の分析については、ワーキングペーパー等で公表することを展望しているほか、ワークショップの場などを活用して、有識者との意見交換を行っていく方針である。

2.委員会の検討

委員は、執行部からの報告を踏まえ、過去25年間の経済・物価情勢、とくに賃金・物価が上がりにくい状況が長期化した背景について議論した。

何人かの委員は、デフレ期に賃金・物価が上がりにくいとのノルムが社会に定着したことが、その後の低インフレの長期化に大きな影響を及ぼしたとの認識を示した。このうち一人の委員は、低インフレ環境が続くと見込まれるもとでは、価格転嫁が行いにくくなり、そのことが一段と物価が上がりにくいとの見方を強めた面があると述べた。別の一人の委員は、金融危機等の大きなショックに直面すると、そのことが企業や家計の行動や適合的期待形成に及ぼす影響は10年単位で長引くということではないか、との見解を述べた。この委員は、足もとでは、長期にわたり粘り強く金融緩和を続けてきたもとで、大幅なコスト上昇というショックが加わったことから、ようやく期待が変化する環境が整いつつあると付け加えた。ある委員は、物価が上がりにくいとのノルムが物価形成に、どのように、どの程度、影響を及ぼしたのか、より詳細に分析する必要があると指摘した。

何人かの委員は、わが国経済の成長力やグローバル環境の変化が、企業行動や物価に及ぼした影響について指摘した。このうちの一人の委員は、グローバル化や人口減少・円高など、企業を取り巻く環境が変化する中で、わが国企業の事業モデルの改革が遅れ、高度成長期に根付いた「労働生産性向上による賃金上昇は量産効果などの企業努力によって吸収するもの」という経営思想が残ったことで、コストカット型経営が定着し、イノベーションと賃金が停滞したとの見方を示した。別の一人の委員は、わが国企業は、従来から厳しい競争環境に晒されており、そうしたもとで生産効率を改善することで、高い国際競争力を確保してきたと指摘した。この委員は、1990年代に入り、こうしたわが国企業が強みとしてきたビジネスモデルが崩れたが、その背景には、急速な為替円高や金融政策が影響したのかどうか、という点にも関心があると述べた。また、一人の委員は、ここ数年のグローバルなインフレ環境の変化が、構造的なものなのか、コロナ禍からの回復過程での一時的なものなのかも重要であると述べた。この委員は、ノルムやグローバルな低インフレ環境が過去の低インフレに強く影響を及ぼしており、これらの構造的な要因が転換しつつあるということならば、今後、2%の「物価安定の目標」を実現し、定着させる蓋然性は従来よりも高いということになると指摘した。

この間、ある委員は、例えば、いわゆる「ゾンビ企業」とわが国経済の成長力の関係などを巡っては、様々な見方があり得ると指摘した。そのうえで、「多角的レビュー」の客観性・透明性を高める観点から、アンケート調査やヒアリング調査、ワークショップや公表物に関するパブリック・コメントなどを通じて、多様な知見を取り込んでいくことが重要であると述べた。別の委員も、低金利が「ゾンビ企業」の問題の一因であったかどうかについては、引き続き確認していく必要があると述べた。そのうえで、この委員は、低金利は幅広い企業に恩恵をもたらすものであり、仮に「ゾンビ企業」を延命させる面があったとしても、金利水準を引き上げるべきだったとはならない、と指摘し、他の様々な措置の影響を含めて、整理する必要があると付け加えた。

これらの議論を踏まえ、委員は、今後の執行部による追加的な分析・考察も踏まえつつ、低インフレ環境が継続してきた背景などについて引き続き議論していくことが適当であるとの認識を共有した。

2023年10月

II.金融政策の多角的レビューに関する執行部からの報告および委員会の検討の概要

1.執行部からの報告

金融政策の「多角的レビュー」の一環として、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方を整理した調査論文を作成している。

同論文では、(1)中央銀行のバランスシートと収益構造、(2)中央銀行のバランスシートの拡大と縮小が収益等に与えるメカニズム、(3)中央銀行の財務を巡る議論、(4)海外中央銀行の最近の状況についてレビューしたうえで、(5)中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方を整理する。具体的には、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方は、次のように整理することができる。

  • 管理通貨制度のもとで、通貨の信認は、中央銀行の保有資産や財務の健全性によって直接的に担保されるものではなく、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保される。そうした前提のもとで、中央銀行は、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる仕組みとなっているほか、自身で支払決済手段を提供することができる。したがって、一時的に赤字または債務超過となっても、政策運営能力に支障を生じない。ただし、いくら赤字や債務超過になっても問題ないということではない。中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下に繋がるリスクがある。このため、財務の健全性を確保することは重要である。

同論文は、年内に対外公表することを展望しているほか、12月に予定している「多角的レビュー」に関する第1回ワークショップにおいて、有識者との意見交換を行っていく考えである。

2.委員会の検討

委員は、執行部からの報告を踏まえ、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方等について議論した。

中央銀行の財務と金融政策運営の関係について、委員は、執行部の整理した基本的な考え方のもとで、引き続き、財務の健全性にも留意しつつ、適切な政策運営に努めていくことが適当であるとの認識を共有した。そのうえで、何人かの委員は、先行き日本銀行の収益が一時的に下押しされる可能性はあるが、そのことは、日本銀行が物価安定実現のために適切な金融政策を行っていくうえで制約にならないことを、対外的に分かりやすく説明していくことが重要であるとの見方を示した。複数の委員は、中央銀行には通貨発行益が発生することや自身で支払決済手段を提供できることなど、中央銀行の財務と民間金融機関・事業会社の財務との間では違いがある点についても、丁寧に説明していくべきであるとの見解を述べた。このうちの一人の委員は、米欧等の中央銀行では、金利引き上げによって収益や資本が減少しているが、そのことが金融政策運営に影響を及ぼしていないと付け加えた。また、この委員は、大規模金融緩和の政策評価は、中央銀行の収益への影響だけでなく、経済・物価全体への効果を踏まえてなされるものであると指摘した。複数の委員は、中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じることを避ける観点からも、こうした基本的な考え方をこの段階で取り纏めて公表していくことは、非常に重要であるとの見方を示した。別の複数の委員は、先行きの適切なタイミングで、より具体的な説明を行っていくことも考えられるのではないかと指摘した。

2023年6月

IV.金融政策運営に関する委員会の検討の概要

委員は、4月の金融政策決定会合で実施を決定・公表した金融政策の多角的レビューについて議論を行った。委員は、多角的レビューのテーマについて、過去 25 年間に実施してきた各種の非伝統的金融政策手段の効果について、それぞれの時点における経済・物価情勢との相互関係の中で理解するとともに、副作用を含めて金融市場や金融システムに及ぼした影響についての分析が必要であるとの認識で一致した。更に、委員は、1990 年代以降の経済のグローバル化やわが国の少子高齢化といった様々な環境変化が企業や家計の行動や賃金・物価形成メカニズムなどに及ぼした影響、およびその金融政策への含意などについても理解を深めることが重要であるとの認識を共有した。そのうえで、委員は、より具体的な分析のテーマについては、レビューを進める中で柔軟に考えていくことが良いとの見方で一致した。ある委員は、わが国は、1990 年代以降、資産デフレに海外からの逆風も加わる中で、非伝統的金融政策のフロンティアに立ってきたことから、その効果と副作用を検証することには大きな意義があるとの見解を示した。

また、委員は、多角的レビューでは、多様な知見を取り入れつつ、客観性や透明性を高める観点から、日本銀行内での分析だけでなく、既存の調査・サーベイ等の活用のほか、本支店でのヒアリング調査、金融経済懇談会での意見交換、公表物に関するパブリック・コメントの実施、更には学者や専門家などを招いたワークショップの開催など、様々な取り組みを行っていくべきとの認識で一致した。一人の委員は、企業経営者、家計、市場参加者といった幅広い主体の意見を尋ねることが重要であるとの見解を示した。別の一人の委員は、企業の成長期待の低迷やそのもとでの支出行動の変化などについて、金融経済懇談会の場などで、企業経営者の考えも聞いてみたいと述べた。この間、複数の委員は、レビューを将来の政策運営に役立つものとするうえでは、政策のプラスの面とマイナスの面を整理するだけではなく、各政策に関する日本銀行としての評価を行っていくことが重要であるとの見解を示した。このうち一人の委員は、過去の金融政策を評価する際の判断基準は経済主体によっても異なり得ると述べたうえで、日本銀行は、あくまで中央銀行としての使命や目標に照らす形で評価を行っていくべきであると述べた。

このほか、レビューに関する情報発信について、一人の委員は、日本銀行のウェブサイトの中に多角的レビュー専用のページを設けたうえで、レビューに関する情報を順次掲載していくことが適当であると述べた。別の一人の委員は、金融政策運営の多角的レビューについては、外部の関心も高いことから、適時適切な形で情報発信を行うことが望ましいと述べた。更に別の一人の委員は、レビューの結果については、学者や専門家だけでなく、広く国民に理解されるように工夫することが重要であると述べた。

以上のレビューに関する議論を踏まえ、議長は、記者会見において、レビューのテーマや進め方に関する現在の考え方について紹介してはどうか、と述べた。委員は、これに対して賛意を示した。

2023年4月

III.金融政策運営に関する委員会の検討の概要

委員は、金融政策のレビューについても議論を行った。ある委員は、日本銀行は、1990年代後半以降、短期金利の実効下限制約に直面するもとで、様々な非伝統的な金融政策手段に踏み込んできたと述べた。そのうえで、この25年間を対象に様々な角度からレビューを行うことで、将来の政策運営に有益な知見を得られるのではないかと問題提起した。一人の委員は、これまで日本銀行が実施してきた金融緩和策は、その時々の金融・経済情勢を踏まえて必要と判断したうえで実施してきたものであると述べ、金融政策のレビューを行う場合には、わが国経済が置かれてきた状況との相互関係を踏まえて実施することが適当であるとの見解を示した。この委員は、今後も効果的に金融緩和を継続していくうえでもレビューは有益であると述べたうえで、客観的で納得性のあるレビューとするため、特定の政策変更を念頭に置くのではなく、多角的に行うことが望ましいと主張した。別の一人の委員は、日本経済が1990年代後半以降経験したことは、失業率と賃金上昇率の関係やマネーと物価の関係をはじめ、各種の学説からイメージされる姿とは必ずしも一致しないものも多いと指摘したうえで、幅広い視点で多角的にレビューを行うことに賛意を示した。別の一人の委員も、金融緩和が長期化している原因としては、バブル崩壊以降、デフレ均衡が長く続いたことで、物価や賃金が上がらないという「ノルム」が形成された点が大きいと指摘したうえで、金融政策の検証に際しては、幅広く分析を行う必要があると述べた。

以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、金融政策のレビューについて、考えられる対応案を示すよう指示した。執行部は、委員の意見を踏まえ、次のような対応が考えられると説明した。

  • わが国経済がデフレに陥った1990年代後半以降の25年間を振り返り、その間の金融政策運営と経済・物価・金融情勢との間の相互関係について多角的にレビューを行う。それらの分析結果をもとに、今後の金融政策運営にとって有益な知見を得ることを目指す。幅広い観点からレビューを行うため、1年から1年半程度の時間をかけて実施する。これらの方針について、今回の金融政策決定会合の対外公表文で公表する。
  • レビューは、客観性や透明性に十分留意して実施する。具体的には、(1)レビュー作業の途中段階において、可能なものは個別の結果を随時公表する、(2)締めくくりとして、最終的な結果を公表する、(3)レビューの過程では、政策委員会における議論に加え、外部の識者も交えたワークショップなどを開催して多様な知見を取り入れる、といった工夫を行う。

委員は、執行部から説明があったような形で金融政策の多角的なレビューを行うことが適当であるとの見解で一致した。ある委員は、今後の金融政策運営に活かすため、十分に時間をかけて、「失われた30年」における経済の構造変化やこれまでの政策の効果を総括することが必要であると述べた。一人の委員は、これまでの政策の成果ばかりを取り上げるのではなく、できるだけ客観的な分析・評価を行うことが重要であると述べた。これに対し、別の一人の委員は、マイナスの側面を必要以上に強調するのもバランスを欠き、適当ではないとの見方を示した。ある委員は、専門家だけではなく広く国民に理解してもらえるような成果物にすること、各施策や対外的なコミュニケーションを含め、幅広い論点についてレビューを行うことが適当であると述べた。この間、別のある委員は、日本銀行が、様々な非伝統的な金融政策手段を世界に先駆けて導入してきたこともあり、その効果と副作用も含めた検証を幅広く行うことは、わが国の経済・物価情勢やそのもとでの金融政策運営について、国際的に理解を深めてもらう意味でも価値があるのではないかと述べた。