経済・物価の将来展望とリスク評価 (2001年 4月) 1
1 この「経済・物価の将来展望とリスク評価」は、4月25日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定されたものである。
2001年 4月26日
日本銀行
(経済・物価情勢の将来展望)
(1)昨年度の日本経済を振り返ると、景気は、2000年中は緩やかな回復傾向を辿った。しかしながら、同年秋以降の米国をはじめとする海外経済の減速を受けて、年末頃から景気回復のテンポが鈍化し、最近では調整局面に至っている。
(2)本年度から来年度初めにかけての経済の姿を展望すると、まず、本年度上期中は、海外経済の減速のもとで、輸出や生産は減少を続け、景気は全体として調整色の強い展開を辿る可能性が高い。
本年度下期以降をみると、海外経済の先行きについてはなお不確実性が大きいが、米国経済の調整進捗に伴い緩やかな回復に転じるとみれば、この面からのわが国の輸出や生産への下押し圧力は、徐々に減衰することが見込まれる。さらに、2000年秋以降の為替円安も、輸出や企業収益にプラス方向に作用すると考えられる。
しかしながら、日本経済には、企業の過剰債務問題や、それと表裏の関係にある金融機関の不良債権問題をはじめ、様々な構造調整圧力が残っており、民間企業も、雇用や設備投資の拡大には、基本的に慎重な姿勢を維持するとみられる。このため、年度下期には海外経済の減速による調整圧力は緩和されるものの、景気が明確に回復するにはなお時間を要するものとみられる。このような実体経済動向のもとで、物価は、需要・供給両面からの低下圧力を受け、本年度中は弱含みで推移することが見込まれる。
(3)需要項目別の動きを展望すると、次のとおりである。
まず、公共投資は、現時点で入手可能な情報から判断する限り、2001年度を通じてみれば、昨年度に引き続き減少する見通しである。輸出は、米国をはじめとする海外経済の減速を受け、本年度上期に減少した後、下期は、海外経済の緩やかな回復や為替円安の効果から、徐々に回復に向かうとみられる。
こうした輸出の減少や在庫調整の動きを受け、生産は、少なくとも本年度上期中は減少基調を辿るとみられる。企業収益も減少に転じ、設備投資も徐々に頭打ちとなる可能性が高い。このような、企業を起点とする所得形成メカニズムの弱まりを受け、個人消費は回復感の乏しい状態を続けるとみられる。
(4)金融面の動きをみると、日本銀行による思い切った金融緩和政策のもとで、企業金融は緩和された状態が維持されるとみられる。もっとも、企業の設備投資は引き続きキャッシュフローの水準を下回っているほか、企業の債務圧縮も続いていることから、民間銀行貸出は当面弱めの動きを続けると予想される。
こうしたもとで、日本銀行の金融緩和がマネーサプライの伸びに結びつきにくい状況が続くと考えられるが、それでも、マネーサプライは、経済活動との対比でみれば、相対的に高めの伸びを維持するとみられる。
(5)次に、物価の動きを展望する。まず、需給バランスをみると、現在、日本の短期的な供給能力の伸びは年1%台に低下している可能性が高いが、前述のような需要見通しを前提とすれば、需給ギャップは、本年度中は再び徐々に拡大すると予想され、これが明確に縮小傾向に転じるのは、来年度入り後となるとみられる。
現実の物価指数の動きには、上記のような需給バランスの動向に加えて、様々な要因が影響する。この点では、技術革新に伴う機械類の価格低下や、規制緩和に伴う通信費等の下落、流通合理化などの動きは、物価低下圧力として作用し続けていくと予想される。一方、昨年秋以降の為替円安は物価上昇要因として働くとみられる。
各種の物価指数は、以上の要因を反映して弱含み傾向を辿り、本年度の国内卸売物価や消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率は、全体として若干のマイナスとなる見通しである。
(経済・物価情勢の将来展望に関するリスク評価)
(6)金融政策運営に当たっては、上記のような標準的なシナリオを、先行きの経済・物価動向についての最も蓋然性が高い姿として想定しているが、これとの比較で下振れないし上振れとなる可能性(リスク要因)も、十分に念頭に置いておく必要がある。
こうしたリスク要因のうち、まず第1に挙げられるのは、米国をはじめとする海外経済や、IT関連分野の動向である。
米国経済の昨年前半までの長期にわたる拡大、および、最近の急激な減速は、IT関連分野の動きに主導されている面も大きい。現在、この分野での強気の期待が修正局面を迎えている。こうした期待の変化が、経済の調整の長さや深さにどのような影響を及ぼすものか、現段階ではなお見極め難い。
前述の標準的なシナリオでは、米国経済は本年後半には回復傾向に転じるが、そのテンポはかなり緩やかであることを想定した。しかしながら、米国経済は長期にわたって高い成長を続けてきただけに、その調整の規模がこうした慎重な想定をさらに上回り、本年後半にもなお回復に至らない可能性もある。その場合には、東アジア経済をはじめとする世界経済全体に影響が及び、日本の輸出・生産への下押し圧力も長引くことが考えられる。また、そうした動き自体が、海外の景気回復を遅らせる要因となり得る点にも、留意しておくべきであろう。
さらに、米国経済の調整の深まりが大幅な円高に結びつくことがあれば、この面から日本の輸出にマイナスの影響が及ぶことも、可能性としては念頭に置く必要がある。
一方で、米国経済の調整が速やかに進捗し、本年後半に、かなりはっきりした回復に転じる場合には、東アジアをはじめとする世界経済や日本の輸出・生産へのプラスの影響も、それだけ強まることが予想される。
(7)第2のリスク要因としては、資産価格の動向が挙げられる。
米国をはじめ、各国の金融資本市場では、IT関連を中心とした株価の調整など不安定な動きが引き続きみられている。こうした中で、日本の株価も振れの大きい展開が続いており、なお不安定な状態を脱していない。さらに、地価の下落傾向も全体としては止まっていない。
今後、これらの資産価格の下落傾向が一段と強まることがあれば、これが、企業・家計のコンフィデンスの低下や金融機関の融資スタンスへの影響を通じて、景気に悪影響を及ぼす可能性が考えられる。
(8)第3のリスク要因としては、構造調整の影響が挙げられる。
前述のように、日本経済は依然、企業の過剰債務問題や金融機関の不良債権問題など、さまざまな構造調整圧力を抱えている。こうした構造調整圧力の強さや、その実体経済への影響については、前述の標準的なシナリオにも織り込まれている。しかしながら、金融機関の不良債権処理や企業のリストラの動きが一段と進展する場合には、企業倒産や失業の増加などを通じて、短期的に実体経済にマイナス・インパクトを及ぼす可能性に、留意しておく必要がある。
ただし、構造調整の動き自体は、中長期的な経済発展の基盤を整備する上で不可欠であり、これを下方リスクとしてのみ認識することは適当でない。また、構造問題の解決に向けた取り組みが金融資本市場で前向きに評価される場合には、この面から経済にプラスの効果が先行して表れる可能性も考えられる。
さらに、構造調整の進展に伴って生産性が上昇する展望が得られ、経済に上向きのモメンタムが生じれば、金融政策がきわめて緩和的に運営されているだけに、景気の回復力が強まり、物価の下落傾向にも早めに歯止めがかかる可能性もある。
(9)第4のリスク要因としては、国民の将来に対する不安感が挙げられる。
現在、少子・高齢化の急速な進行による社会保障問題や財政赤字の拡大問題、さらには不良債権問題などを背景に、国民の間には将来に対する不安感が根強く、このことが、家計の支出行動にも影響を及ぼしているとみられる。
仮に、財政赤字の拡大や不良債権問題の解決の遅れに対する懸念が一段と強まるようなことがあれば、これが家計の支出マインドを慎重化させたり、長期金利を上昇させるといったルートを通じて、実体経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
一方で、構造問題の解決や財政再建に向けた取り組み姿勢が明らかとなり、国民の将来に対する不安感が後退することがあれば、家計支出に好影響が及んでいくことも考えられよう。
以上
(参考)
政策委員の大勢見通し2
対前年度比、%
実質GDP | 国内卸売物価指数 | 消費者物価指数 (除く生鮮食品) |
|
---|---|---|---|
2001年度 | +0.3〜+0.8 | −0.9〜−0.6 | −0.8〜−0.4 |
- (注)政策委員の見通しを作成するに当たっては、先行きの金融政策運営について、不変を前提としている。
- 2「大勢見通し」は、各政策委員の見通しのうち最大値と最小値を1個ずつ除いて、幅で示したものである。なお、政策委員全員の見通しの幅は以下のとおりである。
対前年度比、%
実質GDP | 国内卸売物価指数 | 消費者物価指数 (除く生鮮食品) |
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---|---|---|---|
2001年度 | −0.1〜+1.0 | −1.5〜−0.5 | −1.0〜−0.3 |
ちなみに、2000年度の実績は、概ね以下の通りであった。
- (1)実質GDP前年比は、2001年1〜3月期が前期比横這いと仮定した場合、+1.2%。
- (2)国内卸売物価指数前年比は、0.0%。
- (3)消費者物価指数(除く生鮮食品)は、2000年4月〜2001年2月の前年比でみると、−0.4%。