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経済・物価の将来展望とリスク評価(2002年10月)1

1 「経済・物価の将来展望とリスク評価(2002年10月)」は、10月30日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定されたものである。

2002年10月30日
日本銀行

(日本銀行から)

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(経済・物価情勢の将来展望)

(1)本年度下期の日本経済を展望すると、輸出の伸びが上期に比べかなり小幅になることを反映し、生産の増勢が鈍化すると見込まれ、そうしたもとで国内民間需要の立ち上がりも期待し難いとみられる。このため、景気全体としても、下期中は、回復へのはっきりとした動きがみられないままで推移する可能性が高いと考えられる(図表1)。

来年度の標準的なシナリオとしては、海外経済が緩やかに回復することを前提とすれば、輸出と生産が再び伸びを高めていくと考えられる。そうしたもとでは、設備投資が漸く回復に向かうほか、個人消費も徐々に底固さを増していくとみられることから、景気は上期から回復に転じると予想される。しかしながら、その場合でも、海外経済の回復テンポが緩やかであることや、わが国経済の成長期待が弱いもとで過剰債務や過剰雇用といった調整圧力がなお残存すること(図表23)を踏まえると、景気の回復テンポはごく緩やかなものにとどまる可能性が高い。

物価については、需給ギャップが縮小しないため、本年度から来年度にかけても、なお緩やかな下落傾向が続くとみられる。

(2)需要項目別の動きを展望すると、次のとおりである。

公共投資は、現時点で入手可能な情報から判断する限り、本年度に続き来年度もさらに減少する見通しである。輸出は、本年度上期に世界的な情報関連財の在庫復元などを背景に高い伸びを示した後、その反動からこのところ増勢が鈍化している。こうした傾向は下期中も持続すると考えられるが、来年度については、海外経済が緩やかな回復を続けていくとすれば、それに伴い、輸出は再び伸びを高めていくと考えられる。

国内民間需要面では、輸出が上述のような推移を辿れば、生産や企業収益も一時的な鈍化はあるにせよ回復傾向を続け、需要の不透明感が徐々に薄れるとともに、設備投資は来年度には回復に向かうとみられる。また、企業の人件費削減の動きが本年度中にある程度進む結果、来年度には雇用者所得も物価を勘案した実質ベースでは次第に下げ止まり、個人消費も徐々に底固さを増していくと予想される。しかしながら、過剰債務や過剰雇用といった調整圧力がなお残存するもとで、生産・収益の回復を通じた前向きの力が国内民間需要へ波及していく力は弱いと考えられる。このため、設備投資の回復の程度は限定的なものとなり(図表4)、個人消費についても、社会保障負担増大による可処分所得への影響も加わって、ごく緩やかな回復にとどまるものとみられる。

(3)金融面の動きを展望すると、日本銀行による強力な金融緩和政策のもとで、金融市場では極めて緩和的な状況が維持されるとみられる。しかし、上記のように最終需要の回復が緩やかなものにとどまることに加え、企業の過剰債務圧縮の動きが続く中では、金融緩和が企業の資金需要の増加に繋がっていくことは期待しにくい。一方、金融機関サイドでは、自らの財務状態の改善を図るため、借り手のリスクと収益力をより正確に反映した貸出金利の設定努力を継続するものとみられる。このような状況のもとで、民間銀行貸出は減少を続けるとみられる。

この間、企業や家計等の金融資産選択行動をみると、超低金利環境や金融システムに対する不安感などを背景に、現金、流動性預金、国債といった安全資産の保有比率が高まっている(図表5)。このような状況のもとで、マネタリーベースも経済活動の水準に比して高水準を続けるとみられる。

マネーサプライは、超低金利のもとで流動性預金に対する需要が高水準であるほか、貸出が減少する中で金融機関が期間収益確保の観点から国債投資を増加させていることなどを背景に、現状程度の伸びを続けるとみられる。このため、マネーサプライは、経済活動との対比では相対的に高めの伸びを維持すると考えられる(図表6)。

(4)物価については、マクロ需給面からみると、日本経済の短期的な供給能力の伸びが年1%程度に低下しているとみられる中で、来年度には需給ギャップの拡大に一応の歯止めがかかるものの、縮小するには至らないと考えられる。これに加えて、賃金も弱めに推移すると見込まれ、その影響を受け易いサービス価格に下押し圧力がかかるほか、技術革新や規制緩和などの供給サイドの要因も引き続き作用する。この結果、全体として基調的な物価低下圧力は根強く残ると考えられる。一方、企業の低価格戦略にひと頃に比べて一服感が窺われるほか、来年度には医療制度改革に伴って診療代が上昇することとなっており、これらの要因は、物価低下の動きを幾分緩和する方向に作用していくとみられる。

各種の物価指数は、これらの要因を反映して、全体として緩やかな下落傾向を辿るものとみられ、本年度および来年度の国内卸売物価や消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マイナスを続ける見通しである。

名目所得の伸びは、以上のような景気・物価情勢のもとで、マイナスが続くとみられる。

(経済・物価情勢の将来展望に関するリスク評価)

(5)金融政策運営に当たっては、上記のような展望を蓋然性が最も高い標準シナリオとして想定しているが、以下に述べるような下振れないし上振れの可能性(リスク要因)を、従来にも増して念頭に置いておく必要がある。

第1のリスク要因として挙げられるのは、米国をはじめとする海外経済の動向である。

標準シナリオでは、来年度にかけて、米国経済に牽引されるかたちで海外経済が緩やかな回復を持続する中で、生産と企業収益の回復がもたらす前向きの力が国内民間需要に次第に波及していく姿を想定した。

しかしながら、米国経済については、資産価格の下落や企業、家計のマインド悪化などにより、設備投資の回復や個人消費の底固さといった前提が崩れるリスクがある。こうした米国経済に関するリスクが顕現化した場合、内需の弱さが目立つ欧州のみならず、堅調な内需による自律的な需要増加が期待できる一部東アジアにおいても、牽引役の米国向け輸出の減少に伴い景気が減速する可能性が高い。また、国際政治情勢の動向次第では、原油価格や金融資本市場の不安定化などを通じて、世界景気全体が下押しされる可能性がある。

(6)第2のリスク要因としては、個人消費、設備投資などの国内民間需要の回復力が挙げられる。

標準シナリオでは、来年度には雇用者所得も実質ベースでは次第に下げ止まり、個人消費も徐々に底固さを増していくと想定した。しかしながら、雇用・賃金に対する調整圧力が予想以上に強く、雇用者所得の減少が続く可能性があるほか、先行き不透明感などによる消費者マインドの悪化が個人消費を下振れさせるリスクも意識していく必要がある。

設備投資については、生産と収益の回復が続くもとで、来年度には漸く緩やかな回復に向かうと想定した。その際には、キャッシュ・フローの回復にもかかわらず、設備投資への波及は限定的なものにとどまると考えた。ただ、企業の投資判断は、稼働率や収益の改善状況、将来の需要回復の展望、さらには海外投資との採算比較などにより大きく左右されるだけに、設備投資の回復力については幅をもってみる必要がある。

(7)第3のリスク要因としては、不良債権処理とその影響が挙げられる。

日本経済を持続的かつ安定的な成長軌道に復帰させるためには、不良債権問題の克服と金融システムの安定・強化が不可欠である。今後は、不良債権の経済価値の適切な把握、それに基づく早期処理の促進、企業・金融機関双方の収益力の改善などを軸とした、総合的な対応がきわめて重要である。併せて、金融危機を未然に防ぐとともに、金融機関が不良債権問題の解決に着実に取り組むことができるような環境や仕組みを整備することが必要である。

不良債権処理を加速した場合、そのマイナス効果とプラス効果がどのようなタイミングと規模で顕現化するかによって、経済情勢の展開は異なってくる。一般に、不良債権処理の過程は、例えば対象となる債務者の範囲、金融機関の取引や付利の方針、企業再生努力の成果如何などによって経済への影響が変わり得るが、短期的には、企業倒産や失業の増加をもたらすリスクがある。こうしたマイナス効果を緩和するうえでは、企業金融面や雇用面などにおいて、どのようなセーフティ・ネットが整備され、それがどのように機能するかが重要なポイントとなる。

一方、不良債権問題の解決に向けての取り組みが、金融システムの安定や機能強化に資するものとして、内外の金融資本市場で次第に前向きに評価され始めれば、様々なルートを通じて、経済にプラスの効果が及ぶ可能性が高い。とくに、金融仲介機能の回復が期待されるようになれば、日本銀行が現に行っている強力な金融緩和政策が効果を発揮し得る基盤が整うことになる。また、不良債権処理とも相俟って経済構造改革が進展すれば、企業の再生・整理を促し、人的資源や資本の再配置を通じて成長分野における企業活動の活発化や経済全体の生産性の向上に資する。

(8)第4のリスク要因としては、財政改革や財政収支の影響が挙げられる。

政府支出の内容や税制が、民間需要の創出に資するようなかたちで見直されれば、景気にも好影響を及ぼす。その一方で、財政支出の減少が続けば、総需要を減少させる要因となる。今後、仮に景気が下振れし税収が減少する場合に、財政政策が景気の自動安定化機能を発揮するかたちで運営されるかどうかも、景気の動向を左右することになる。

(9)第5のリスク要因としては、金融資本市場の動向が挙げられる。

わが国の株価は、内外経済を巡る不確実性の増加等を背景に、海外主要市場の株価と同様、不安定な地合いを続けている。株価の下落は、様々なルートを通じて企業や家計の支出行動に影響を及ぼし得るだけでなく、金融機関保有株式の価格変動リスクの顕現化などを通じて金融市場や金融システムを不安定化させる可能性がある。

また、わが国の国債残高が先進国中最高水準に達するなかで、金融機関は多額の国債を保有している。現在、長期金利は概ね安定しているが、金融機関が金利変動リスクに対して脆弱な面があることには留意が必要である。

さらに、世界経済全体に不確実な要因が多いことを踏まえると、国際的な資金の流れとそれが為替レートなどに及ぼす影響についても引き続き注視していく必要がある。こうした観点から、ラテン・アメリカを中心とするエマージング金融市場の不安定な動きが、先進国の経済や金融資本市場に影響を及ぼす可能性にも注意が必要である。

以上

(参考)

政策委員の大勢見通し2

――対前年度比、%。( )内は4月時点。

表 政策委員の大勢見通し
  実質GDP 国内卸売物価指数 消費者物価指数
(除く生鮮食品)
2002年度 +0.2~+0.5
(-0.5~+0.1)
-0.8~-0.7
(-1.0~-0.5)
-0.9~-0.7
(-1.0~-0.8)
2003年度 +0.4~+1.0 -0.7~-0.4 -0.6~-0.4
  • (注)政策委員の見通しを作成するに当たっては、先行きの金融政策運営について、不変を前提としている。

2 「大勢見通し」は、各政策委員の見通しのうち最大値と最小値を1個ずつ除いて、幅で示したものである。政策委員全員の見通しの幅は下表のとおりである。
なお、GDPについては、8月に新推計方式に移行し、昨年度分までデータが遡及改訂されている。

――対前年度比、%。( )内は4月時点。

表 政策委員の大勢見通し
  実質GDP 国内卸売物価指数 消費者物価指数
(除く生鮮食品)
2002年度 +0.1~+0.7
(-0.5~+0.2)
-0.9~-0.6
(-1.0~-0.3)
-0.9~-0.5
(-1.1~-0.5)
2003年度 +0.4~+1.5 -0.8~ 0.0 -0.7~-0.3

(図表1)

実質GDPの推移

(1)実質GDP。実質GDP前期比の推移を示したグラフ。(2)項目別寄与度。(a)国内民需。実質GDPの前期比に対する国内民需の寄与度を示したグラフ。詳細は本文の通り。
(b)公的需要。実質GDPの前期比に対する公的需要の寄与度を示したグラフ。(c)純輸出。実質GDPの前期比に対する純輸出の寄与度を示したグラフ。詳細は本文の通り。

(図表2)

企業の過剰債務調整圧力

(1)債務残高。企業の債務残高の推移のグラフ。詳細は本文の通り。
(2)売上高、名目GDPに対する比率。企業の債務残高の、売上高に対する比率と、名目GDPに対する比率を並べたグラフ。詳細は本文の通り。

(図表3)

雇用調整圧力

(1)製造業。短観における製造業の雇用人員判断DIのグラフ。詳細は本文の通り。 (2)非製造業。短観における非製造業の雇用人員判断DIのグラフ。詳細は本文の通り。

(図表4)

企業のキャッシュ・フローと設備投資

(1)製造業。製造業のキャッシュフローの推移と設備投資額の推移を並べたグラフ。詳細は本文の通り。
(2)非製造業。非製造業のキャッシュフローの推移と設備投資額の推移を並べたグラフ。詳細は本文の通り。

(図表5)

安全資産保有比率の高まり

-各経済主体の資産に占める安全資産のウエイト-

(1)国内銀行。国内銀行の全資産に占める安全資産の比率の推移のグラフ。(2)生命保険・損害保険会社。生損保の全資産に占める安全資産の比率の推移のグラフ。詳細は本文の通り。
(3)家計。家計の全資産に占める安全資産の比率の推移のグラフ。(4)民間非金融法人企業。民間非金融法人企業の全資産に占める安全資産の比率の推移のグラフ。詳細は本文の通り。

(図表6)

量的金融指標と経済活動

(1)前年比伸び率。マネタリーベース、マネーサプライ(M2+CD)と名目GDPの前年比伸び率の推移を比較したグラフ。詳細は本文の通り。
(2)対名目GDP比率。マネタリーベースの対名目GDP比率と、マネーサプライの対名目GDP比率の推移を比較したグラフ。詳細は本文の通り。