このページの本文へ移動

経済・物価情勢の展望(2007年10月)

2007年10月31日
日本銀行

【基本的見解】 1

(経済・物価情勢の見通し)

 わが国経済は、緩やかに拡大している。2007年度前半の経済は、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状況が続いているが、全体としてみれば、前回(2007年4月)の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で示した見通しに概ね沿って推移したとみられる。

 先行き2007年度後半から2008年度を展望すると、後述するように海外経済や国際金融資本市場の動向など不確実な要因はあるものの、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、息の長い拡大を続けると予想される。住宅投資の振れが、2007年度の成長率を幾分下押しする一方、2008年度の成長率を幾分押し上げるとみられるが 2、成長率の水準は、均してみると、潜在成長率を幾分上回る2%程度で推移する可能性が高い。

 こうした先行きの経済の姿は、以下のような前提やメカニズムに基づいている。第1に、海外経済の拡大が続くことを背景に、輸出は増加を続けると予想される。米国経済は住宅市場の調整を主因に減速が長引く一方、他の地域が高成長を続けるとみられることから、海外経済全体としては、拡大を続ける可能性が高い。第2に、企業部門の好調が続くとみられる。高水準の企業収益が続く中で、設備投資は増加を続けると予想される。もっとも、これまで数年にわたって高い伸びが続いたことから、資本ストック循環の観点からみて、伸び率は昨年度までよりは低いものになると考えられる。第3に、好調な企業部門から家計部門への波及が、緩やかながらも着実に進んでいくとみられる。雇用者数の増加が続く中で、雇用者所得は緩やかに増加し、株式配当の増加など様々なルートによる波及も続くとみられる。賃金については、グローバルな競争や資本市場からの規律の高まり、原材料高などを背景に、中小企業を中心に人件費抑制姿勢が根強いことに加え、賃金水準の高い団塊世代の退職やパート比率上昇に伴う人員構成変化などもあって、やや弱めの動きとなっているが、労働市場の需給がさらに引き締まっていけば、徐々に上昇圧力が高まっていくと考えられる。こうしたもとで、個人消費は緩やかな増加基調を辿る可能性が高い。第4に、極めて緩和的な金融環境が引き続き民間需要を後押しするとみられる。米国サブプライム住宅ローン問題やこれに端を発する国際金融資本市場の変動がわが国の金融環境に及ぼす影響は限定的であり、金融機関は積極的な貸出姿勢を続けているほか、CP、社債の発行環境も引き続き良好である。また、短期金利は、経済や物価との関係からみて、極めて低い水準で推移している。

 こうした経済の見通しのもとで、物価を巡る環境をみると、第1に、労働や設備といった資源の稼働状況は高まっており、今後もさらに高まっていくとみられる。マクロ的な需給ギャップをみても、引き続き、需要超過方向で推移していくと考えられる。第2に、ユニット・レーバー・コスト(生産1単位当たりの人件費)は、なお低下を続けているものの、賃金が緩やかな上昇に向かうにつれて下げ止まっていく可能性が高い。第3に、民間経済主体のインフレ予想は、各種調査では、引き続き先行きにかけて物価が緩やかに上昇していく形となっている。

 物価指数に即してみると、2007年度前半の国内企業物価指数は、国際商品市況高などを背景に、前回の見通しに比べて上振れて推移している。先行きについては、原油などの商品市況や為替相場にも左右されるが、上昇基調を続けるとみられる3

 消費者物価指数(除く生鮮食品)は、前回の見通しに概ね沿って、前年比ゼロ%近傍で推移している。規制緩和などを背景に厳しい競争環境にさらされている消費者段階では、原材料高などの価格転嫁は企業間取引ほどには進んでいない。先行きについては、前年比でみて目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大するとみられる。その結果、2007年度はゼロ%程度、2008年度はゼロ%台半ばの伸び率となると予想される。

(上振れ・下振れ要因)

 以上の見通しは、前述の前提やメカニズムに依拠した上で、最も蓋然性が高いと判断される見通しについて述べたものである。したがって、先行きの経済情勢については、以下のような上振れまたは下振れの要因があることに留意する必要がある。

 第1に、海外経済の動向である。米国では、住宅市場の調整が長引いているが、設備投資や個人消費は減速しつつも緩やかな増加基調を維持しているなど、安定成長に向けて軟着陸していく可能性が引き続き高い。ただし、住宅市場の調整が一段と厳しいものとなった場合や金融資本市場の変動の影響が予想以上に広範なものとなった場合、資産効果や信用収縮、マインド悪化などを通じて、個人消費、設備投資が下振れ、米国景気が一段と減速する可能性も考えられる。また、欧州経済は、拡大を続ける可能性が高いが、国際金融資本市場の変動が金融環境に及ぼす影響次第では、下振れるリスクがある。こうした米欧経済を巡るリスクが顕現化した場合には、その程度によっては、他地域の成長にも悪影響を及ぼし、世界経済全体として下振れる可能性がある。

 一方、物価面では、米国では、労働や設備といった資源の稼働状況が高水準であるもとで、原油価格の動向などと相俟って、インフレ圧力が減衰しない可能性もある。また、中国では、力強い拡大が続いているが、固定資産投資を中心に過熱感が強く、景気や物価が上振れる可能性がある。原油価格をはじめとする国際商品市況は、世界経済全体の高成長や地政学的要因などから高値圏で推移しており、その状況如何では、世界経済や物価の先行きに影響を与える可能性がある。

 以上のように、海外経済や国際金融資本市場などの変調が生じた場合、日本経済に対して、輸出入や企業収益、金融市況の変化などを通じて影響を及ぼすリスクがある。

 なお、IT関連財については、昨年来高めで推移してきた国内の在庫は出荷とのバランスを徐々に改善してきているが、海外経済が予想以上に減速した場合などには、世界的な供給拡大のペースが速いだけに、需給バランスが崩れる可能性もある。

 第2に、緩和的な金融環境が続くもとで、金融・経済活動の振幅が拡大する可能性である。前述の通り、米国サブプライム住宅ローン問題や国際金融資本市場の変動にもかかわらず、わが国の金融環境は極めて緩和的な状況が続くとみられる。企業や金融機関などの財務面での改善が進む中、実質金利が極めて低い水準にあることから、金融・経済活動が積極化しやすい環境にある。また、大都市の地価など資産価格の動きも、そうした行動を活発化させる方向に作用すると考えられる。こうした中で、仮に、先行きの売上、収益、資金調達コスト、為替相場や資産価格などに関する楽観的な想定に基づいて、金融・経済活動が積極化する場合には、金融資本市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、非効率な経済活動に資金やその他の資源が使われ、長い目でみた資源配分に歪みが生じるおそれがある。このような行動は、短期的には景気や資産価格を押し上げることがあっても、その後の調整を余儀なくされ、息の長い成長を阻害する可能性がある。

 次に、物価上昇率の先行きについても、上振れ・下振れ両方向の不確実性があることに留意する必要がある。第1に、需給ギャップに対する物価の感応度は、経済のグローバル化の進展や規制緩和などを背景に低下しているとみられるが、その程度には不確実性がある。とりわけ、景気拡大が続く中にあっても、上述したような賃金の上昇を抑制する要因が強く作用する場合には、物価に下押し圧力が根強く残ることが考えられる。一方、今後、労働や設備といった資源の稼働状況が緩やかながらさらに高まっていく過程で、インフレ予想や企業の人件費抑制スタンスが大きく変化し、物価に上振れ圧力が加わる可能性もある。第2に、原油をはじめとする商品市況の動向には上下両方向に不確実性が大きい。

(金融政策運営)

 日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」(金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率)を念頭に置いた上で、経済・物価情勢について2つの「柱」による点検を行い、先行きの金融政策運営の考え方を整理することとしている 4

 第1の柱、すなわち先行き2008年度までの経済・物価情勢について最も蓋然性が高いと判断される見通しについて、政策金利に関して市場金利に織り込まれている金利観を参考にしつつ点検すると、上述した通り、わが国経済は、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、息の長い拡大が続くとみられる。また、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いが、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくと予想される。こうした動きは、「中長期的な物価安定の理解」に沿ったものと評価できる。このように、わが国経済は、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと判断される。

 第2の柱、すなわち、より長期的な視点を踏まえつつ、確率は高くなくとも発生した場合に生じるコストも意識しながら、金融政策運営の観点から重視すべきリスクを点検すると、経済・物価情勢の改善が展望できる状況下、金融政策面からの刺激効果が一段と強まる可能性がある。例えば、仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、企業や金融機関などの行き過ぎた活動を通じて、中長期的にみて、経済・物価の振幅が大きくなったり、非効率な資源配分につながるリスクがある。今般の国際金融資本市場の変動は、長期にわたり良好な世界経済や金融環境が続いてきたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場の自律的機能による巻き戻しが現実化した一例とみることができる。また、前述のように海外経済や国際金融資本市場の動向など不確実な要因があり、これらに変調が生じた場合には、日本経済も影響を受けると考えられる。経済情勢の改善にもかかわらず、物価が上昇しない状況が続く可能性もある。ただし、企業部門の体力や金融システムの頑健性が高まっていることから、物価下落と景気悪化の悪循環が生じるリスクはさらに小さくなっていると考えられる。

 金融政策運営については、これまで、(1)金融環境は極めて緩和的であり、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長軌道を辿るのであれば、金利水準は引き上げていく方向にある、(2)引き上げのペースについては、予断を持つことなく、経済・物価情勢の改善の度合いに応じて決定する、という考え方で進めてきた。現実の政策対応は、物価上昇圧力が弱い中で余裕を持って行うことができ、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性、上下両方向のリスクなどを、2つの「柱」に基づいて十分に点検しながら、ゆっくりと金利水準を引き上げてきた。今後の金融政策運営においても、こうした基本的な考え方を維持する方針である。すなわち、「中長期的な物価安定の理解」に照らして、日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えられる。

  1. 10月31日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定されたものである。
  2. 2007年6月の改正建築基準法施行により、建築確認の審査基準が厳格化され、手続きが変更された。これを受けて、建築確認申請や着工に遅れが生じている。
  3. 今回の国内企業物価の見通しは、現行の2000年基準の指数を用いている。日本銀行では、2007年12月公表分から同指数を2005年基準に切り替える予定である。2005年基準指数の前年比は、2000年基準指数に比べて、上昇率が縮小すると考えられる。
  4. 2007年4月に点検した「中長期的な物価安定の理解」は、消費者物価指数の前年比で0〜2%程度の範囲内にあり、委員毎の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散している。

以上

参考

▽政策委員の大勢見通し 5,6

対前年度比、%。なお、< >内は政策委員見通しの中央値。

  • 図
  1. 5「大勢見通し」は、各政策委員が最も蓋然性の高いと考える見通しの数値について、最大値と最小値を1個ずつ除いて、幅で示したものであり、その幅は、予測誤差などを踏まえた見通しの上限・下限を意味しない。
  2. 6政策委員全員の見通しの幅は下表の通りである。

対前年度比、%。

  • 図