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第2章 決済の道具2.おさつ

おさつの特徴

このようにして登場した「おさつ」の素材はどれも紙であり、それ自体には価値がほとんどありません(穀物のように食べられませんし、金属のように装飾品にもなりません)。しかし、これらは何れも「金属との引換券」(兌換<だかん>紙幣)ですから、引換券を発行した人が「引換えます」という約束を反故にしない限り、金属が形を変えたものとみることができます。

明治の十円札の写真

▼明治時代の十円札(日本銀行兌換券)
1899年。人物像の左に「此券引換ニ金貨拾圓相渡可申候也」と記されている。
日本銀行貨幣博物館蔵

ところが、このような引換券が決済の道具として人から人へと流通し始めると、やがて、発行者がそもそも金属との引換えを約束しない不思議な券(不換<ふかん>紙幣)が発行され始めます。この不思議なおさつの特徴は、それ自体ただの紙片であり、しかも金属とも何とも引換えてもらえないにもかかわらず、誰もがなぜか「ああ、それが手に入るなら交換に応じてもよい」と考えてしまうところにあります。そこには「私が欲しいものを売っている人は、必ずこのおさつを受け取ってくれるはずだ(だから私はこのおさつを受け取ってよいのだ)」という、人々に共有された信念があるわけです。

このように、人々の信念によって支えられたおかねのことを「信用貨幣」と呼びますが、おさつという信用貨幣の裏にある共有された信念は、少なくとも3つの仕掛けによって支えられています。

発行者の財務の健全性

仕掛けのひとつは、おさつを持っている人が、そのおさつの背後に、発行者のもつ財産の裏付けを感じることと関係しています。何の財産の裏付けもなく発行されたおさつは、「これはただの紙切れではないか」という具合に、人々の共通の信念を容易に揺るがすおそれがあります。そうなりますと、迂闊にこのおさつを受け取った場合、自分以外の人たちは誰も受け取ってくれないので、自分は紙くずを受け取ったのと同じことになります。そんなおさつと引換えに働いたり、品物を渡したりしては損をしてしまいます。

実際、例えばアメリカでは多数の怪しげな銀行がおさつを発行したあげく消えてしまい、世の中が混乱に陥った歴史があります。こういうことが起こらないよう人々は、財産の中身が健全で、倒産する可能性のない者におさつを発行させることで、共有されている信念が揺るがぬようにしようとするのです。世界のほとんどの場所で中央銀行という特別な組織におさつを発行させているのは、このような智恵によるものなのです。

おかねの価値の安定

第2の仕掛けは、おさつの価値が下がらないようにすることです。倒産しない者に発行させる、というだけなら、中央銀行でなく政府が発行しても問題ないはずです。しかし、国の経済の中にあって政府は自ら巨額のおかねを使う主体でもあります。おかねを使う者が発行することになれば、おさつが節度なく大量に発行されるおそれが出てきます。おさつが節度なく発行されれば、おさつの価値が下がっていく可能性が高まります。おさつの価値が下がり、今日リンゴを6個買えた千円札が、明日はリンゴ3個分の価値しかない、ということでは「誰もが喜んで受け取る」という共通の信念は成り立たなくなってしまうでしょう。各国でおさつを中央銀行に発行させ、その中央銀行におさつの価値を維持する責任――言い換えれば物価を安定させる責任――を与えているのは、こうした事情によるものです。

信用貨幣を支える3つの仕掛けは、発行者の健全性、おかねの価値の安定、強制通用力。

強制通用力

仕掛けの3つめは、共通の信念を法律に書いてしまうことです。すなわち、「いつでもどこでも必ず受け取ってもらえる」という共通の信念を補強するために、「おかねを払う債務については、おさつ以外の道具で決済すると約束していない限り、おさつを相手に渡すことで解消できる」というふうに法律に書き、国家の力で信念をサポートする方法です。こういう法律があれば、たとえおさつについての信頼が揺らいだとしても、買い物した店におさつを受け取らせることができる。だから自分は安心しておさつを受け取る――共通の信念は形の上で崩れない、ということになるわけです。例えば日本では、日本銀行法という法律の中に、日本銀行が発行するおさつは無制限に通用する、ということ(「強制通用力」と呼ばれます)が書かれています。