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第7章 決済の実行1.銀行間決済とシステミック・リスク

銀行間決済に伴うリスク

決済は「おかねをやりとりするなどして債権・債務を解消すること」にすぎません。しかし、「かねは天下の回りもの」ですから、ある決済が予定どおり行われなくなると、これが別の決済をできなくしてしまう危険性があります。また、予定していた決済が行われないということは、おかねを受け取るはずであった人にとっては損失を意味しています。このように決済は連鎖しており、したがって決済不能も、またそれに伴う損失も、世の中に連鎖的に広がる可能性があるのです。ある決済ができなくなったとき、その規模が大きいほど、困ったことが連鎖的に広がっていく可能性も大きいと考えられます。この点、世の中のおかねが集中する場である銀行は――顧客のため、あるいは自分のために――毎日巨額の決済を行っています。しかも、銀行間における決済は連鎖の関係が複雑に入り組んでいて、決済不能の波及は大規模・広範囲となる心配が大きい。このため、銀行間の決済については、世の中の決済全体が混乱なく円滑に片づいていくよう、できる限り安全に行うことが求められるのです。

ところで、「困ったことが起こる可能性」のことを「リスク」と言い、そのうち「決済が予定どおり行われないことが原因となって、困ったことが起こる可能性」のことを「決済リスク」と呼びます。「決済リスク」には、相手の倒産などで「予定のおかねを永久に受取れなくなって決済予定額をまるまる損する可能性」である「信用リスク」、「おかねが予定のタイミングで入ってこないので自分が支払に使うおかねを急遽よそから調達させられ、そのために無駄なコストがかかって損をする可能性」を指す「置換費用リスク」など、いくつかの種類があります。これらのリスクがどういうものであるかについては、すでにお話ししたとおりです。

システミック・リスク

さらに、こうしたリスクの具体的な中身を指す言葉ではありませんが、「ある所で発生した決済不能が次々と広がって世の中に混乱を及ぼす可能性」のことを「システミック・リスク(systemic risk)」と呼んでいます。「システミック・リスク」は、予定どおり決済できない、ということがドミノ倒しのように連鎖し、決済予定額丸ごと(あるいは置換費用分)の損失が世の中に拡散する可能性のことを指しています。この可能性が本当のことになってしまいますと、大勢の人々の決済が混乱に陥り、企業や個人の経済活動に大きな悪影響が及びます。このため、日頃からシステミック・リスクを小さくしておくことがとても大切です。その際にポイントとなるのが――先ほどお話ししたように――銀行間決済の安全性なのです。

システミック・リスクのイメージ図。決済不能の影響(連鎖)について、(1)クリアリング・ハウスを通じない銀行間決済では、何処かで連鎖が止まる(「偶然」の連鎖)一方、(2)クリアリング・ハウスを通じる場合は、影響は必ず全ての参加者に及ぶ(「必然」の連鎖)。

もちろん、システミック・リスクが存在するのは銀行間決済の世界に限りません。例えばある会社が倒産して、この会社からおかねを受け取る予定だった別の会社まで決済不能に陥る、ということは十分に起こり得ます。また、ある銀行が倒産すると、その銀行が決済不能になるだけでなく、その銀行に預金を置いていた人々も一斉に決済が出来なくなってしまいます。

しかしながら、銀行間決済の場で決済不能が発生しますと、決済不能が連鎖的に広がって多数の銀行が決済不能になるとともに、それらの銀行を利用して行われるはずであった、たくさんの個人や企業の決済も出来なくなってしまう可能性がありますから、影響は格段に大きいわけです。そこで以下では、銀行間決済を安全に行いシステミック・リスクを小さくする上で、どのような銀行間決済が行われることが望ましいのか、ということを考えてみることにします。この問題を考えるために、私たちが商店などで買い物をする場面に戻ってみることにしましょう。