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金融システムレポート(2018年10月号)

2018年10月22日
日本銀行

2018年10月号の特徴と問題意識

低金利環境が長期化する中で、金融脆弱性を的確に評価することが一層重要となっている。銀行貸出を中心とする積極的な金融仲介活動は、実体経済の改善に寄与しているが、金融仲介過程で過度なリスクテイク行動が広まると、先行きの実体経済に大きな調整圧力をもたらし得る。また、実体経済が大きく落ち込んだ場合(テールリスクが実現した時に)、金融機関が十分なストレス耐性を有していないと、金融仲介機能を維持することが困難になるため、実体経済を相乗的に悪化させる可能性がある。

こうした問題意識のもと、今回のレポートでは、次の3点に力点を置いた。第一に、マクロプルーデンスの視点から、実体経済悪化に関するテールリスクの定量的評価を行っている。具体的には、「GDP at Risk」という最新の分析手法を用いて、金融脆弱性が実体経済に及ぼし得るリスクの「見える化」を進めた。第二に、最近の金融機関のリスクテイク行動やリスク管理の実態を踏まえて、リスクプロファイル(リスク量、金融機関間のばらつき)の計測の精緻化を行っている。特に、(1)信用リスク面では、金融機関が近年積極化させているミドルリスク企業向け貸出や海外貸出の実態について、(2)市場リスク面では、益出しの増加と株式投信等へのエクスポージャー拡大に伴う影響について、焦点を当てている。第三に、金融機関による近年のリスクテイク行動の影響を金融マクロ計量モデルに織り込み、テールリスクに対する金融機関のストレス耐性に関して、より精緻な分析を行っている。財務が健全な企業に比べると、ミドルリスク企業のデフォルト率が実体経済の悪化によって非線形的に上昇することを考慮し、信用コストを計測した。

要旨

金融仲介活動の動向

日本銀行の金融緩和を背景に、国内の金融仲介活動は銀行貸出を中心に引き続き積極的な状況にあり、景気の緩やかな拡大を支えている。国内貸出市場では、貸出金利が長期・短期ともに既往ボトム圏で推移し、残高は前年比2%程度のペースで増加している。特に、地域金融機関間の貸出競争が激化するなかで、中小企業向けの設備関連貸出が幅広い業種で増加している。CP・社債市場でも、発行レートがきわめて低い水準で推移するもとで、大企業による運転資金調達やリファイナンスのほか、M&A関連の資金調達の増加基調が続いている。

この間、金融機関の海外向け投融資は、世界経済の着実な成長を背景に増勢を維持しており、生保などの機関投資家も海外エクスポージャーを拡大させている。

金融循環と潜在的な脆弱性

企業や家計の資金調達環境はきわめて緩和した状態にあるが、金融循環の面で、1980年代後半のバブル期にみられたような過熱感は窺われない。景気改善と低金利という良好なマクロ経済環境が長期化するなか、金融機関の貸出態度は積極化した状態が続いている。与信量の対GDP比をみると、ミドルリスク企業向けや不動産業向けの貸出増加を反映し上昇しており、トレンドからの乖離幅も時系列的にみて高めの水準にあるなど、金融循環の拡張局面が続いている。こうした金融面の動きは、足もとまでの景気拡大を支えており、先行きについても、短期的には実体経済の下振れリスクを抑制している。一方、やや長い目でみて、わが国経済の成長力が高まらない場合には、むしろバランスシート調整圧力として働くことで、経済に負のショックが発生した際の下押し圧力を強める方向に作用する可能性がある。金融機関や借入主体が過度に楽観的な見通しを前提に行動するようになると、マクロ経済環境が反転した際に予期せぬ損失を招くことになるためである。

国際金融環境に関しては、グローバルな債務残高の増加や利回り追求の動きが長期にわたり続いてきた。本邦金融機関による海外貸出は、全体として質の高いポートフォリオが維持されているが、最近では、海外金融機関との競争激化や外貨調達コストの高止まりを背景として、相対的にリスクのやや高い企業に与信を増やす動きがみられている。有価証券投資においても、やや長い目で見て高めの海外エクスポージャーを維持している。このため、米国の利上げや国際的な通商問題、新興国等の地政学的な不確実性の高まりが、新興国からの資本流出やリスク性資産の幅広いリプライシングを通じて、本邦金融市場や、金融機関に及ぼし得る影響については、引き続き注視する必要がある。

金融システムの安定性

金融機関は、リーマンショックのようなテールイベントの発生に対して、資本と流動性の両面で相応の耐性を備えており、全体として、わが国の金融システムは安定性を維持していると判断される。もっとも、人口・企業数の継続的な減少や低金利環境の長期化に伴って、金融機関の基礎的収益力の低下が続いている。こうしたもとで、自己資本の増加ペースが、リスクアセットの拡大ペースに必ずしも見合わなくなっており、地域金融機関では、自己資本比率が緩やかな低下傾向にある。ストレス発生時でも、規制水準を上回る自己資本を確保できる点にこれまでと変化はないが、金融機関は、自己資本比率が大きく下振れしたり、当期純利益の赤字が継続する場合には、リスクテイク姿勢を慎重化させる傾向があることから、金融面から実体経済への下押し圧力が強まり易くなっている点には留意が必要である。金融機関の損失吸収力には相応のばらつきがあり、これとの対比でミドルリスク企業向けや不動産業向けの貸出、有価証券投資などで積極的にリスクテイクを行っている金融機関では、信用コストや有価証券関連の損失に伴う自己資本の下振れが大きくなる可能性がある。

マクロプルーデンスの視点からみた金融機関の課題

将来にわたって金融システムが安定性を維持していくためには、金融機関は基礎的収益力を高めていく必要があり、その表裏一体の関係として、企業部門における中長期的な成長期待の向上も不可欠である。企業自身の生産性改善や成長力強化に向けた政府の取り組みに加えて、金融機関による企業の課題解決支援が重要である。金融機関はそのための取り組みを進めつつあるが、収益力の底上げとして結実するには、なお時間を要すると考えられる。こうした点を踏まえると、金融機関は貸出の収益性改善に加えて、非金利・役務収益の強化や抜本的な経営効率化を図っていくことが必要である。

同時に、金融機関は、国内ミドルリスク貸出や不動産業向け貸出、海外貸出、有価証券投資など積極的にリスクテイクを進めている分野においてリスク対応力を強化していくことも重要である。特に、景気循環を均してみた信用リスク対比で貸出金利の低い、低採算貸出が増加していることも踏まえると、金融機関は、先行きのマクロ経済環境を念頭に置いて、引当の適切性を検証するとともに、リスクに応じた金利設定を行っていくことがより重要になっている。また、損失吸収力確保の観点から、資本政策のあり方や配当政策を含む収益配分、有価証券評価益の活用方針について、ストレス耐性を踏まえた適切性の検証を行っていくことも必要である。日本銀行は、考査・モニタリング等を通じてこれらの金融機関の取り組みを後押しするとともに、マクロプルーデンスの視点から、金融機関による多様なリスクテイクが金融システムに及ぼす影響について引き続き注視していく。また、本レポートで示した個別金融機関ごとのマクロ・ストレステストの結果なども踏まえ、金融機関との対話を強化し、ストレス耐性に関する認識の共有を深めていく方針である。

日本銀行から

本レポートは、原則として2018年9月末までに利用可能な情報に基づき作成されています。
本レポートの内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行金融機構局までご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。
なお、マクロ・ストレステストのためのストレス・シナリオについては、シナリオ別データ [XLSX 23KB]をご覧ください。

照会先

金融機構局金融システム調査課

E-mail:post.bsd1@boj.or.jp