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最近の対外収支の動向について

1996年9月3日
日本銀行調査統計局

要旨

1.

わが国の対外収支の動きを経常収支でみると、81年度以降一貫して黒字基調にあるが、この間の黒字幅は大きな変動を示してきた。すなわち、経常収支の対名目GDP比率は、80年代前半に急速に高まり、86年度に4.4%のピークを記録した後、プラザ合意に伴う円高や内需の拡大を背景に、90年度には1.3%まで低下した。その後、91~93年の景気後退局面に経常黒字は反転拡大したが、現在は再び急速に縮小している。

2.

経常収支の動きは、当然ながらウェイトの大きい貿易収支によって概ね説明することができるが、その貿易収支の黒字が循環的に拡大・縮小を繰り返す背後で、輸出入の構造が大きく、かつ基調的な変貌を遂げてきた事実を見逃すことはできない。中でも、80年代以降におけるわが国の貿易構造の変化を特徴付ける現象は、(1)輸出面では資本財・部品といった資本・技術集約的な財へのシフト、(2)輸入面では製品輸入比率の上昇、(3)相手地域としては輸出・輸入双方における東アジアの重要性の高まり、の3点である。

3.

輸出入両面にわたる貿易構造の変化は、(1)東アジアの経済発展、(2)円高の進行と日本企業の海外生産シフト、および(3)最近における情報関連分野の急拡大、といった動きが有機的に結合した結果と考えられる。東アジア経済の供給力拡大に伴い、輸入面では、消費財や一部の資本財など相対的に労働集約度の高い財の輸入が増加する一方、輸出面では、耐久消費財などに代わって、より資本・技術集約度の高い資本財のシェアが上昇した。また、製造業の海外生産シフトが、アジアの成長や円高という国際競争条件の変化に対応して本格化したことは、消費財から資本財へという輸出構成の変化を促進するのみならず、製品輸入比率を高める形で、輸入構造の変化にも重要な役割を果たした。さらに、最近における情報関連分野の急拡大は、米国と日本を含めた東アジアを軸とする同分野の国際分業の発達を通じて、輸入増大に大きく寄与している。

4.

貿易収支黒字の縮小は95年半ば以降加速しているが、これは実質輸出入の動きによる部分が大きい。まず輸出面では、わが国輸出の主力が資本財・部品となっていることから、海外設備投資の影響を受けやすくなっている。このため、実質輸出が95年半ば以降頭打ちに転じたのは、基本的には、(1)米国やアジアなど主要輸出相手地域の設備投資の減速を反映している。また、(2)世界的な半導体の需給悪化や、(3)自動車の米国現地在庫の積み上がりなど、個別業界をめぐる情勢も少なからず影響した。一方、輸入の急増については、(1)わが国の内需が回復傾向を辿ってきたこと、(2)わが国の内需が国際分業度の高い情報関連分野においてとりわけ急拡大したこと、(3)企業が中期的なコスト圧縮の手段として逆輸入などの輸入拡大戦略を続けたこと、等の要因が挙げられる。これらは、前述した貿易構造の変化と密接に関係している。

5.

先行きについては、経常収支黒字は引き続き縮小傾向を辿るとみられるが、実質輸出が横這い圏内から緩やかな増勢に転じるとともに、実質輸入の高い伸びが幾分鈍化する結果、黒字の縮小テンポは、95年後半から96年前半における急速なピッチに比べると、緩やかなものになっていくという姿を、一応展望することができる。こうしたシナリオは、内外成長率格差や為替相場が経常収支に及ぼす影響についての、大づかみな経験則とも整合的である。

6.

東アジアの経済発展、日本企業の海外生産シフト、情報関連分野の急拡大という近年における重要な環境変化は、貿易面を通じて、わが国の産業構造や景気展開にも大きな影響を及ぼしてきた。現下の景気回復のテンポが緩やかなものにとどまっているのも、対外収支黒字の急速な減少がその一因となっている。しかし、そもそも東アジアの経済発展は、一面ではわが国にとって市場の拡大にほかならない。また、同地域が相対的に労働集約的な財における競争力を強めたことは事実であるが、わが国の製造業も、資本・技術集約的な財のウェイトを高める方向で、新たな国際分業体制への調整を進めつつある。海外生産シフトや情報関連分野での国際分業の進展についても、これを単に産業の「空洞化」と捉えることは適当ではなく、世界的な拡大均衡の中での産業内貿易の高まりという性格を有している。こうした点を踏まえれば、現在の構造調整圧力は、日本経済の全般的な競争力の低下を意味するものではなく、新たな比較優位構造に沿った方向へと産業構造を組み立てなおしていく過程での困難さにほかならない。そのもとで、産業構造の調整を円滑に進めていくためには、一層の規制緩和などを通じて、市場経済が本来有するダイナミズムを十分に活かしていくことが、引き続き重要な政策課題である。

以上