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わが国企業の雇用調整行動における不連続性について

1998年11月27日
小牧義弘※1

日本銀行から

 本論文中で示された内容や意見は筆者個人に属するもので、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail:yoshihiro.komaki@boj.or.jp)

 以下には、(問題意識と要旨)を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちらから入手できます (ron9811a.pdf 263KB / ron9811a.lzh 151KB[MS-Word, MS-Excel])。なお、本稿は日本銀行調査月報11月号にも掲載しています。

問題意識と要旨

本稿の問題意識

 これまで、わが国では終身雇用制などの日本的雇用慣行を背景として、企業の雇用調整は比較的緩やかに行われてきたと考えられている。例えば、篠塚[1989]や小野[1989]は、「部分調整モデル」と呼ばれる雇用調整の分析手法を用いて、日本の雇用調整速度を計測した結果、他の先進国、とくに米国と比較して、調整速度がかなり遅いことを明らかにしている。しかしながら、最近の雇用情勢をみると、昨年3月以降景気後退局面の中で、失業率が急上昇するなど労働需給の急速な悪化が目立っており、企業の雇用調整のテンポは速まっているかのように窺える。雇用調整の具体例をみても、最近は、中小企業に限らず、日本を代表するような大企業においても、大規模な人員削減計画の発表や、その実施がマスコミ等で頻繁に報道されるようになっている。

 現下の労働需給の急速な悪化について、雇用者数の生産弾性値(生産変化率に対する雇用者数の変化率)を一定と仮定した伝統的な「部分調整モデル」に基づいて解釈すると、生産の減少率が非常に大きいために、大幅な雇用調整が発生したということになる。実際、鉱工業生産の前期比は、98年4〜6月に−5.1%と、前期比減少率としては、75年1〜3月(−6.7%)に次ぐ、統計作成開始(53年)以来2番目の大きさとなった(この間、完全失業率は98/3月の3.9%から6月の4.3%へと、3ヶ月間で0.4%ポイント上昇している)。

 また、大幅な雇用調整のもう一つの背景としては、雇用者数の生産弾性値が上昇している可能性、つまり、何らかの経済環境の変化により、同じ生産の減少率に対して、企業が従来に比べより大きな雇用調整によって対応するようになっている可能性も考えられよう。この点に関して、「わが国企業は、プラスのショックや小さなマイナスのショックに対しては、雇用調整をあまり実施しないが、経営成績を大きく悪化させるようなマイナスのショックに対しては、大幅な雇用調整によって対応する」傾向があることを指摘する向きがある。つまり、生産と雇用者数の関係は、部分調整モデルが仮定するような「弾性値が一定」の関係とみるよりも、「不連続的」なものとして捉える方が適切だという見方である。例えば、小池[1983]や村松[1986]は、電機業界や工作機械メーカー等の事例研究により、2期連続で経常赤字が発生するか、発生する恐れのある場合に、大規模な解雇に踏み切る企業が多いとして、雇用調整の不連続性を指摘している。仮に小池や村松のような見方が、一部の業界のみならず、わが国の企業全般に当てはまるとすれば、足許の急速な雇用情勢の悪化も、ただ単に生産の減少幅が大きかったという単純な理由ではなく、多くの企業において、経常赤字に陥るような大きなマイナスのショックが同時に加わったことが、一つの原因になっていると解釈することができよう。

 このように、最近の労働需給悪化の背景に関しては、企業の雇用調整行動が連続的か不連続的かで解釈が異なってくる。仮に、不連続な雇用調整パターンが、わが国企業の一般的な特徴であり、かつ経常赤字がこうした不連続性の引き鉄になっているとすると、「日本の雇用調整速度が、米国等と比較して遅い」という従来からの見方も、若干の修正が必要になる。すなわち、マクロの経済活動水準がさほど低くない局面においては、赤字企業数も少なく、マクロ全体でみれば緩やかな雇用調整が行われるが、経済の活動水準が極端に低下していくと、赤字転化する企業が急速に増加し、マクロ全体の雇用調整速度も上昇していく可能性が高いと考えられる。このように、個別企業の雇用調整行動を適切に把握することは、労働需給に関するマクロ的インプリケーションを得る上でも重要な課題と言えよう。本稿の目的は、こうした問題意識の下、マイクロ・データを用いて、わが国企業の雇用調整行動の特徴を明らかにすることにある。

 従来の伝統的な分析手法では、企業行動が集計されたマクロ・データを利用して部分調整モデルの推計を行い、個々の企業レベルの行動を推測するというアプローチをとってきた。しかし、個々の企業において既述のような不連続的な雇用調整が行われていても、それを集計してしまうと不連続性は薄まり、平均的な企業行動のみがマクロ・データに反映されてしまうという問題が発生する。つまり、個々の企業に加わるショックの大きさは区々で、緩やかな雇用調整を行っている企業と大幅な雇用調整を行っている企業が存在しても、それを集計すると、各時点における平均的な企業行動が時系列データの特性となってしまい、不連続的な雇用調整が見失われてしまう可能性が考えられる1

 以上のようなマクロ・データを用いた分析の問題点を踏まえ、本稿では、開銀企業財務データ・バンクによる大標本のマイクロ・データを用い、マクロ・データでは捉えきれない個々の企業の雇用調整パターンの抽出を試みる。マイクロ・データを用いた雇用調整の先行研究としては、電機業界(17社)やセメント業界(7社)を取りあげた小池[1983]や工作機械業界(13社)を取りあげた村松[1986]、大手製造メーカー5社を分析した駿河[1997]などがみられるが、いずれも小標本の事例研究に止まっている。本稿では、1300社余りのデータ・セットを用い、分析対象を製造業のほか非製造業にも広げるとともに、よりフォーマルな形での統計的検証を試みる。

  1. 村松[1995]も、集計度の高いデータによって個々の企業レベルの行動を推測することが問題となる可能性を指摘し、個々の企業を対象とした分析の必要性を説いている。

本稿の要旨

 本稿の内容を予め要約すると以下の通りである。

(1) 個別企業の雇用調整を観察すると、生産の調整幅に比べて急激かつ大幅な雇用調整が行われているサンプルが多々みられ、生産と雇用者数の関係は、部分調整モデルが想定するような「生産弾性値一定という連続的」な関係と言うより、むしろ不連続的であるようにみえる。これは、一部の業界のみでなく、製造業・非製造業を問わず多くの業種にわたって観察される。

(2) 企業が不連続な雇用調整を行う局面を仔細にみると、経常赤字が2期続いた時に、大幅な雇用調整が実施されるケースが多い。実際、この点について「雇用調整を行うか、行わないか」といった不連続な選択を確率的に扱う手法(プロビット・モデル)を用いて検証してみても、2期連続の経常赤字が大幅な雇用調整の引き鉄になっていることが確認できる。さらに、これを局面毎に企業の対応が異なることを考慮したモデル(スイッチング・モデル)によって推計したところ、2期連続の経常赤字になると、雇用調整速度が2倍程度上昇するという計測結果が得られた。この結果は、業種を問わず、また80年代・90年代といったサンプル期間にかかわらず、得られる。

(3) 経常赤字が大幅な雇用調整のトリガーとなる背景は、コーポレート・ガバナンスの観点から整理することが可能である。すなわち、経常赤字になった場合、銀行等の債権者は、債権の回収可能性を高めるためにリストラの実施を要請するが、この時、企業経営者は、リストラ要請を受け入れなければ、融資回収や貸出金利の引き上げなどのコストを被るため、大幅な雇用調整を含むリストラの遂行を受け入れざるを得なくなると考えられる。また、労働者と経営者との関係についてみても、企業が赤字に転落した場合、労働者が雇用調整に応じないと、最終的には企業が倒産し、労働者全員が職を失うとともに、これまで培ってきた技能(中には、他の企業に転職しても、転用できない部分=企業特殊的技能も少なくない)が全て損なわれる可能性がある。労働者はこれを避けるため、労働組合を通じた解雇交渉に応じやすくなる。さらに、赤字に転落した時には、株主や経営者も、減配ないし減給・降格という形で何らかの負担を負うため、労働組合も負担の分担に応じやすくなるであろう。この結果、経営者にとっての雇用調整コストが低下し、大幅な雇用調整が実現可能になると考えられる。

(4) わが国経済は、97年度に成長率が第1次オイル・ショック以来のマイナスとなった上に、98年度入り後も依然として悪化を続けており、企業経営にはかなり大きなショックが加わり続けている。この結果、経常利益が赤字転落した企業も増加しているものと予想され、足許の急激な労働需給の悪化には、こうした厳しい経営環境の下で大幅な雇用調整を実施する企業が増えていることが一つの背景になっていると解釈できよう。

 本稿の構成は次の通りである。

 まず、2.では、部分調整モデルの概要とマクロ・データを用いた推計結果を紹介する。次に、3.では、マイクロ・データを用いて、個々の企業の雇用調整パターンを分析する。3.1.では、個別企業の雇用者数の推移を観察し、不連続な雇用調整の存在を確認した上で、経常赤字が急激な雇用調整のトリガーとなっている可能性を示唆する。また、3.2.では、経常赤字が急激な雇用調整のトリガーとなる背景について、コーポレート・ガバナンスの観点から整理を行う。次に、3.3.では、プロビット・モデルの推計により、実際に経常赤字が大幅な雇用調整実施の引き鉄になっていることを統計的に確認する。これを受け3.4.では、企業の不連続的な雇用調整行動をより厳密にモデル化したスイッチング・モデルを導入し、経常利益が赤字転落すると雇用調整速度が2倍程度上昇することを示す。最後に、4.では、本稿の分析結果の解釈上の留意点などを述べる。