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米国におけるストック・オプションについて

1998年12月25日
有泉池秋※1
山岸徹久※2

日本銀行から

 本論文中で示された内容や意見は筆者個人に属するもので、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課(E-mail:chiaki.ariizumi@boj.or.jp)
  • ※2現野村証券金融市場情報管理部

 以下には、(はじめに)および要旨を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちらから入手できます (ron9812a.pdf 237KB / ron9812a.lzh 108KB[MS-Word, MS-Excel])。なお、本稿は日本銀行調査月報12月号にも掲載しています。

はじめに

 ストック・オプション(以下SO)とは、企業の被雇用者に対して、将来特定の期間内に特定の価格で当該企業の株式を企業から取得する権利を付与するものであり、米国では業績連動型の長期報酬制度のひとつとして、90年代入り後、幅広く普及している。この結果、SOは、企業財務面や、株価形成面、報酬取得者と株主の間の利益配分面等で、大きな影響力を持つに至っている。

 本稿では、米国におけるSO利用が広範化してきた状況とその背景にある「メリット」につき解説する一方で、SO利用に際して気を付けなければならない「問題点」についても整理することを試みた。とくに、後者については、(1)SOが決して低コストの報酬制度とは限らないこと、(2)未行使SOの価値が巨額化する中で、自社株買いでは対応し切れなくなるケースも少なくない事実を提示する。また、株価への影響面については、(3)巨額化している未行使SO価値は所謂「隠れた」費用ないし負債であり、これがSO行使への企業の対応を通じて表面化することを機に、株価下落圧力となるリスクを孕んでいた可能性を指摘する。さらに、(4)SOはその導入・運用の在り方によっては、必ずしも株主利益を最大化することには繋がらない場合もあり、そうしたSO付与企業の行動に対して、株主がチェックをかける仕組みの必要性についても、整理する。

 企業がSOを導入・運用するに際しては、「メリット」のみならずこうした「問題点」を理解し、その費用対効果を、株主(一般投資家)の視点からも十分に検討することが重要である。

要旨

1. 米国では、過去十数年の間に、SOをはじめとする株式付与形態による長期の業績連動型報酬のウエイトを引き上げる傾向が目立つ。これら報酬の中でも、SOがとくに幅広く普及しているが、その背景を整理すると、株式付与形態の報酬制度に共通するメリットに加えて、SOにはとくに「財務会計・税務処理上の優遇措置」が講じられており、これにより「節税効果」があることが大きく影響している。またこのほか、株式付与形態の報酬制度に共通するメリットとして、企業および株主にとっては、(1)株式付与形態と現金付与形態の報酬のうち前者のウエイトを引き上げることにより「当面のキャッシュフローを抑制できる」こと、(2)報酬の一部を株主の利害と一致させることにより経営者や従業員に株主利益を最大化するような行動(労働サービスの提供)をとらせる「インセンティブが与えられる」こと、が指摘できる。また、いわば「コール・オプション」であるSOに特有のメリットとして、(3)オプション購入者にあたる経営者や従業員(以下、SO取得者)にとっては、株価が一定の価格(行使価格)を上回る部分が報酬として手に入るという仕組み上「報酬(の可能性)に上限がなく」かつ「下限はゼロであり、ロスは発生しない」といったメリットがある。米国ではこれまで、これらのメリットが、後述するデメリットを上回るであろうと期待された故に、その普及が進んできたといえる。実際に、SOによる節税効果や賃金抑制効果を試算すると、近年では財務面に大きな影響を与えているとの結果が得られる。

2. SOにはデメリットも存在する。例えば、SO取得者にとっては「現在確実に受け取れる筈の現金報酬を、将来の受取金額が不確実な報酬に置き替える」というハイリスク・ハイリターン性がデメリットにもなり得る。また、企業・株主にとっては、次のような問題点の表面化を回避するためにかかるコストが存在し、そのコスト(の可能性)に上限がないことがデメリットになる。その理解にはまず、SOが企業にとってコール・オプションの売却であることと、SO利用の急拡大と株価上昇により巨額化してきた「未行使SOのオプション価値(本源的価値)」(これを巷間では、「隠れ負債」と称する場合がある)の存在を認識すること、が重要である。「未行使SOのオプション価値(本源的価値)」とは、ごく単純化していえば、SO取得者にとっては株価が行使価格を上回っている場合の含み益(現時点でSO行使し、取得した株式を売却すれば得られる利益)におおよそ一致する。これは、SO付与企業にとっては会計・税務上の優遇措置による費用認識の相異に派生する「未だ計上されていないが、将来支払われるべき費用(負債)」にあたる。すなわち、SOは企業にとって「帳簿に現れておらず、かつ将来にならないと額が確定しない隠れた費用」を伴う報酬制度であり、「無コスト(ないし低コスト)では有り得ない」との認識を徹底する必要がある。

3. SOが行使されると、企業サイドではこれに対して株式の付与等を行う必要がある。ここで、株式の発行を伴うと、発行済株式数の増加により、一株当り利益(earnings per share、以下EPS)が低下する。これを、株式価値の「希薄化」(dilution)という。EPSは、株主・投資家が企業価値を捕捉する場合の重要な財務指標の一つであり、その現状・先行き評価が株価形成の上で大きな鍵を握るため、企業はその「希薄化」リスクを免れるために、自社株買い等の対応を行う。これらの対応には、他の投資機会(借入金返済を含む)をあきらめ自社株買いにキャッシュフローを投入するという意味でコストがかかり、キャッシュフローの悪化を伴う。こうした、コストの表面化、キャッシュフロー悪化の表面化、が所謂『「隠れ負債」の表面化』、である。

4. したがって、企業がSOの導入ないしSO付与拡大の是非を判断する際には、SO付与により期待されるメリット(節税効果、賃金<キャッシュフロー流出>抑制効果、インセンティブ付与により間接的に期待される企業価値の向上、等)が、SO付与によるデメリットである「希薄化」を免れるための自社株買い実施に伴い発生すると予想されるコスト(当該実施分だけ、実物投資や借入金返済を行わないという機会費用)を上回るかどうか、を総合的に検討することが必要である。

5. さらにここで重要なことは、株価上昇を伴いつつSOの利用が拡大するには、コスト面の限界があるということである。すなわち、SO付与を通じて株主利益の最大化を実現させようとする過程で、仮に「実績利益の上昇以上の株価上昇」が続けば、株式益利回り(=1/実績PER※3=実績EPS/株価)が低下する。この株式益利回りの低下は、単純化すれば、他の投資環境や金利水準が一定の下では、自社株買いの相対的コストを上昇させる。しかし、SO付与を続ける限り、企業は、SO行使に備えて高コストの自社株買いを続けていかなければならない。こうした高コストの自社株買いは、「その前提としてのSO付与によるメリットが、将来生じる可能性があるコストを上回って余りある、とSO付与時点で判断した」場合以外は、合理的な企業行動とは言い難い。仮に、結果的に当該メリットがコストを下回る場合は、企業価値を毀損し、株価下落リスクを孕む。こうした意味で、株価上昇を伴いつつSOの利用拡大が永続的に続くことは、SO付与によるメリットの拡大が続かぬ限り、想定し難いのである。実際に、S&P500社ベース株式益利回りと税引後支払い金利を比較すると、97年初以降は、「自社株買いよりも借入金返済が、財務上有利」との計測結果が得られる。また、97年には、自社株買いと配当支払額の合計額が、フリー・キャッシュフローの総額を超過しており、当該超過部分は新規借入金により調達しているとみられる。このように、機会費用を考えると結果的にかなり高コストとなってしまった97年中の自社株買いは、「その前提としてのSO付与によるメリットが、結果的なコストを上回って余りあった」場合以外は、SO付与時点での判断が誤っていたことになる、と評価されよう。

6. また、いわばオフバランス上の「隠れ負債」規模が十分にディスクローズされていないこともあって、株価形成に際して、投資家がその存在を常に十分に織り込むことは難しい。このため、「隠れ負債」がSO行使への企業の対応を通じて表面化することを機に、株価下落圧力となるリスクを孕んでいる。

7. さらに、SOの導入・運用の在り方次第では、必ずしも株主利益を最大化することには繋がらない場合もあり、そうしたSO付与企業の行動が孕むSO取得者(総所得の最大化を行動基準とする)と株主(株主利益の最大化を行動基準とする)の間の利益配分上の問題がある。例えば、株価下落時にSO行使メリットが縮小・解消することを眺め、如何にSOを行使させるかという観点から「SO行使価格の下方修正」が行われることがある。これは、本来、同下方修正後の価格でSO行使をさせることによるメリット(企業・株主・SO取得者のいずれにも本来のメリットがある)とデメリット(未行使SOの価値が増大し、この結果、対応にかかるコストが増加する)を比較考量し、その実施の是非を判断する必要がある。しかし、現行規定では、SO行使価格の修正において必ずしも株主の同意は必要なく、企業経営側(実際にはSO取得者であることが大半)のみで判断できてしまう。これは、決定プロセスの客観性・透明性欠如、という観点で問題がある。

8. SO取得者である経営者からみれば、「事業戦略が成功して、株価が上昇すればこれに連動して報酬が増加する」一方、「事業戦略が失敗して、株価が大きく下落しても、SO行使利益がゼロになるのみでロスは発生しない」と考えて、ハイリスク・ハイリターン型の事業戦略を採る可能性がある。こうした可能性は、とくに「株価下落によりSO行使メリットが消滅しかかっている」ような環境下で顕現化しやすいと考えられる。実際にそうした問題例がここへきて表面化している訳ではないが、こうしたモラル・ハザードが発生しないよう、株主が経営側(SO取得者)の行動をチェックすることが必要である。

9. こうした中、米国では、SOの導入・運用に関して株主によるチェックの網をより厳密にかけるための規制変更や、一般投資家からみたSO関連コストについての情報開示強化を進めようとする動き、が漸次みられている。こうした議論を経て、SO制度のメリット・デメリットを総合的に判断した上で報酬制度の中での位置付けを検討する、との考え方が徹底されつつある。

  • ※3株価収益率(price earning ratio)。

目次

  • はじめに
  • 1.要旨
  • 2.報酬制度としてのストック・オプションの特徴
  • 3.ストック・オプションと隠れ負債およびコストの考え方
  • 4.ストック・オプション行使への自社株買い対応に関するコスト上の限界
  • 5.ストック・オプション取得者と株主の利益配分に関連する問題
  • 6.株価下落時のストック・オプション運用に絡む問題
  • 7.結びに代えて
  • BOX:ストック・オプションにかかる優遇措置
  • 補論1:ストック・オプション利用による企業価値の上方修正効果試算
  • 補論2:ストック・オプションと自社株買いの損益面の関係と、株価下落リスク