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90年代における非製造業の収益低迷の背景について

1999年 2月 2日
日本銀行調査統計局

日本銀行から

 以下には、本稿の目的と問題意識および分析結果の要旨を掲載しています。全文は、こちらから入手できます (ron9902a.pdf 243KB) / ron9902a.lzh 159KB[MS-Word, MS-Excel])。なお、本稿は日本銀行調査月報 2月号に掲載する予定です。

本稿の目的と問題意識

 90年代初のバブル崩壊に伴う景気後退以降、日本経済は一時的な景気回復局面を迎えながらも、本格的な回復に至らないまま再び深刻な景気後退に直面している。この間、特に93年以降の景気回復を脆弱なものとした要因の一つとして、非製造業の回復力の弱さが指摘されている。例えば、本業の景況を強く反映する売上高営業利益率をみると、93年度以降製造業と比べた非製造業の低迷振りが際立っている。また従来の景気回復局面において、製造業に比べ逸早く立ち上がる傾向にあった非製造業の設備投資も、93年以降の景気回復局面では、むしろ製造業に遅行する動きが目立った。

 我が国経済のサービス化が進展するに伴い、経済全体に占める非製造業の比重は製造業のそれを遥かに陵駕するようになっている。また、円高等を契機とする過去の景気調整局面においては、非製造業の設備投資が、製造業に先駆けて回復する傾向がみられたほか、雇用面でも、製造業の余剰労働力の受け皿となるなど、非製造業が景気を下支える役割を果たしてきた。もっともその一方で、従来非製造業にはいわゆる規制業種が多く、競争が十分に行われてこなかったため、生産性の上昇が妨げられ、内外価格差に代表されるような問題が温存されてきたことが指摘されている。90年代は、非製造業における規制緩和が進むとともに、円高やグローバライゼーションの進展の結果、製造業のリストラ努力も従来になく高まった時期である。仮にこうした環境変化が非製造業の業績に大きな影響を及ぼしたのであれば、最近の非製造業における収益の低迷は一過性というよりは、構造的な問題として捉える必要がある。

 このように考えると、90年代初頭以降長期間に亘り非製造業の業績が不振に陥っている背景を分析することは、今後の我が国経済のあり方を考える上でも重要だといえよう。本稿ではこうした問題意識に基づき、収益指標(特に売上高営業利益率)を一つの手掛かりに、非製造業が、決してこれまで好調とは言えなかった製造業と比べても長く低迷を続けてきた背景を探ることとする。

 なお、本稿では、データの制約もあり、非製造業という場合は、原則、卸小売、建設、不動産、運輸通信、サービス、電気・ガスを指すこととする。

分析結果の要旨

1.製造業・非製造業間でみられた営業利益率の足許の乖離は、製造業と多くの非製造業主要業種の間でも確認でき、必ずしも非製造業の特定業種に寄因するものではない。また90年代における非製造業の生産・価格の動きを製造業と比べると、生産面に関しては、製造業の財生産(鉱工業生産指数)が大きく落ち込む中で、非製造業のサービス生産(第3次産業活動指数)は緩やかながらも引き続き上昇トレンドを維持している。このように、いわば量的側面からみた需要は堅調であった反面、価格の動きをみると、従来製造業の産出価格(OPI)とは比較的独立に動いてきた企業向けサービス価格(CSPI)が、90年代以降OPIとの連動性を高め、長期下落トレンドを辿るようになっている。こうした動きは、雇用の一時的改善から賃金が上昇傾向にあった93年以降も続いたことから、雇用からの投入比率が製造業対比で格段に大きい非製造業で収益の悪化を招くこととなった。換言すれば、投入コストに一定のマージン率を上乗せしてきた従来の非製造業における価格設定行動が、90年代初頭以降困難化したことが、製造業・非製造業間の収益率の乖離を招いた要因だと考えられる。

2.従来我が国非製造業では、「構造的インフレ理論」が示すように、製造業対比でみた生産性上昇率の低さを価格の引上げによってカバーし、製造業と同じような利益率の動きを維持してきた。例えば、70年以降の非製造業の収益拡大の内訳をみると、かなりの部分は価格の上昇と規模の拡大に負っており、製造業のような生産性の向上によるプラス寄与は殆どみられない。但し、90年代以降の非製造業における価格面の動きは、従来のような非製造業の価格設定行動が近年困難化している可能性を示唆している。この点を確かめるため、製造業と非製造業の営業利益率の共通変動要因を、主成分分析という手法を用いて分析したところ、93年以降、製造業の収益に対してはプラスに働く一方、非製造業の収益には大きくマイナスに働く主成分(共通変動要因)が現れ、さらに同主成分の動きがGDPデフレータ変化率と近似していることが分かった。これは、90年代初頭以降、生産性格差部分を非製造業がサービス価格に上乗せすることが困難化し、この結果生じた構造的なインフレ率の低下がGDPデフレータ伸び率の低下となって顕れたこと、つまり構造的インフレ理論が示すような製造業・非製造業間の関係が近年大きく変化していることを示唆している。

3.構造的インフレ理論に代表されるような非製造業の価格決定メカニズムが90年代初頭以降崩れてきた背景には、非製造業の供給サイドの変化、すなわち、過剰供給能力の形成や、規制緩和や経済のグローバライゼーションに伴う競争圧力の高まりが密接に関係していると考えられる。そこでまず、非製造業における過剰雇用者数を推計すると、近年卸小売、建設、運輸通信で大幅な増加がみられ、非製造業全体でも、94年以降は製造業の過剰雇用者数とほぼ同じような規模となっている。また資本投入も考慮に入れた上で、非製造業各業種の需要−供給ギャップを推計すると、やはり近年では卸小売、建設、運輸通信で大幅な供給超となっている。このように90年代初頭以降、一部非製造業で積極的な供給能力の拡大がなされた背景には、(1)卸小売等個人消費関連業種では、バブル崩壊後も先行きの需要に対する強気の期待を持っていたこと、(2)卸小売、運輸通信等の業種において、この間実行に移された規制緩和の動きが、こうした市場拡大への期待感および市場シェア向上への意欲を一段と高めたこと、(3)非製造業全体では、中長期的な労働力不足を視野に入れながら、足許の業況に係わらず人員確保を比較的積極的に行ったこと、等が影響したためと考えられる。

4.次に、潜在供給能力とともに供給サイドに大きな影響を及ぼす非製造業の価格設定行動を分析するため、まず製造業のコスト削減努力(代理変数として、製造業における売上高販管費比率を使用)と非製造業の相対GDPデフレータ(対製造業)の関係をみると、非製造業の相対価格は明らかに製造業の販管費比率から強い影響を受けており、90年代初頭以降の製造業における販管費比率の伸び悩みないしは減少が、非製造業のサービス価格を下押ししていることが分かる。

 また、規制緩和やグローバライゼーションの動きが非製造業の各業種に如何なる影響を与えたかをみるため、非製造業各業種のマークアップ関数・需要関数を推計しその変化をみると、卸小売、及び運輸通信で、規制緩和を代表するダミー変数が供給価格を押し下げる形で有意となっている。つまり、規制緩和が価格の下押し要因として作用していることが分かる。また多くの業種で、マークアップの程度を示す指標が80年代後半以降大幅に低下しており、競争環境の激化がマージンの低下を招来したと考えられる。

5.以上のように、非製造業の営業利益率が製造業のそれに比べ93年以降下方乖離している背景には、(1)グローバライゼーションを背景とした製造業のコスト削減努力や規制緩和の影響から、生産原価に単純にマージンを付加したような従来の価格設定が困難化する一方、人件費を中心とするコスト調整が遅れたこと、(2)先行きの需要に対する強気の期待や中長期的な人手不足予想から、雇用や設備投資の動きが活発化し、過剰供給能力が形成されたこと、等の要因が存在したことが分かる。こうした理解に基づけば、バブル崩壊以降の景気回復力が弱かった背景についても、非製造業の収益が下押しされた時期が、バブルの後遺症が表面化する時期と重なったためだと考えることも出来よう。