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近年の対内直接投資増加の背景

2000年 8月22日
高橋良子※1 大山剛※2

日本銀行から

本稿における意見等は、全て執筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: ryouko.takahashi@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行調査統計局経済調査課<現考査局考査課>(E-mail: tsuyoshi.ooyama@boj.or.jp)

以下には、冒頭部分(はじめにおよび要旨)を掲載しています。

はじめに

従来、海外から我が国への対内直接投資は、他の先進諸国に比べ極めて低い水準で推移してきた。しかし、ここ数年は急増しており、それまでの状況とは大きく変化している。対内直接投資の動向は、時にグローバルな視点からみて、投資受け入れ国のビジネス環境がどの程度魅力的かを測る一つの物差しに喩えられるが、こうした見方に基づけば、近年の対内直接投資の急増は、従来閉鎖的と言われてきた我が国の経済環境が、ここへ来て大きく変化している可能性を示唆している。

そこで本稿では、1)まず、最近の我が国への対内直接投資と世界全体の直接投資の動向を概観した後、2)直接投資が行われる理論的メカニズムを整理する。次に、3)近年の対内直接投資を参入パターン別に類型化した上で、対内直接投資が最近になって増加している要因を、国内要因、グローバル要因の両面から分析し、直接投資を巡る経済環境の変化を纏める。最後に、4)対内直接投資が今後の日本経済に与える影響について考察する。

予め本稿の内容を要約すると以下のとおりである。

要旨

  1. (1)従来、他の先進諸国に比べ極端に低かった我が国の対内直接投資は、ここ数年、欧米企業による日本企業の買収の活発化に伴い、急激に増加している。業種別内訳を見ると、機械、通信、金融といった業界における外国企業による日本企業の買収(Out-In M&A)と小売、サービス、ソフトウエア産業における自社設立子会社に対する投資(Green Field Investments)が、大きな比重を占めている。
  2. (2)こうした直接投資の増加は、単に欧米諸国から日本へのものだけではなく、広く先進諸国間において近年みられる現象である。この背景には、欧米諸国を中心に進行している「クロス・ボーダーM&Aを軸とした世界規模での業界再編や経営資源再配置の動き」が大きく影響していると考えられる。
  3. (3)直接投資は、資本が豊富な国から不足している国に流れるという意味での「資本移動」の一形態としての側面と、単に資本を提供するのみではなく、経営に参画しリスクをテイクするという意味での「優れた経営資源の移動」としての側面を併せ持つ。前者については、我が国のように資本が豊富であっても、そのリスク・テイク能力が低い場合には、海外からの「リスク・キャピタルの供給」として、直接投資が流入することとなる。
  4. (4)最近みられる対内直接投資を、参入パターン別に類型化すると、1)救済型M&A(主に金融、小売・卸売)、2)事業再構築型M&A(主に電気機械、一般機械、化学)、3)規制緩和型M&A(主に金融、通信、公益事業)、4)業界再編・事業統合型M&A(主に自動車、通信)、5)IT主導型Green Field Investments(主に情報サービス、電気機械、金融、小売)、の5つに分類できる。最初の4つは、外国企業による日本企業の買収であり、過去2年間で急増している。最後のGreen Field Investments型直接投資は、比較的早い時期(90年代初頭)から活発化している。
  5. (5)経済のグローバル化が進展する中で、日本経済の構造変化が対内直接投資を促すと同時に、こうした対内直接投資の増加が一層の構造変化を促すというスパイラル作用が、近年における対内直接投資急増の背景にあると考えられる。具体的な構造変化としては、1) わが国の金融システムの変化(メインバンク制度の弱体化→リスク・キャピタルの不足)、2) 1)に端を発した日本企業のコーポレイト・ガバナンスの変容(株式持ち合いの減少と外国人株主比率の上昇→投資家の要求収益率の上昇→内外企業共通のlevel playing fieldの実現)、3) 収益率の一層の向上を目指した企業リストラの動き(外資からの経営ノウハウ導入や事業部門売買の活発化等)、4) 投資家層の国際化に対応した企業経営を巡る情報インフラの整備、5) 規制緩和の動き等、が挙げられる。また、こうした国内要因に加え、市場のグローバル化や国際競争の激化を背景に、世界全体で業界再編が進んでいることも、対日直接投資の増加を後押ししている。
  6. (6)対日直接投資は、わが国経済の構造変化と世界的な業界再編が続くもとで、基本的には今後も増加基調を辿ると考えられる。また、外国企業の参入により発生する「外圧」は、我が国において「内側からの変革のみでは為し得なかった改革を推し進める原動力」として、構造改革のスピードを速める役割を担っていくとみられる。こうした対内直接投資の増加は、日本経済に対し、短期的にはデフレ圧力を加える可能性はあるものの、中長期的には、規制業種を中心とした多くの業種における生産性を改善するとともに、コーポレイト・ガバナンスや企業の取引慣行のグローバル化を促し、結果的に我が国経済の潜在成長力を高めていくものと期待される。