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物価の変動メカニズムに関する2つの見方

Monetary ViewFiscal View

2002年 7月29日
木村 武※1

日本銀行から

 本稿中で示された内容や意見、およびあり得べき誤りは、筆者に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  • ※1日本銀行企画室政策調査課(E-mail: takeshi.kimura-1@boj.or.jp)

 以下には、(はじめに)を掲載しています。全文は、こちら (ron0207a.pdf 113KB) から入手できます。

はじめに

 物価の安定、すなわちインフレでもデフレでもない状態を実現することが、持続的な経済成長を達成するうえで不可欠の前提条件であることは、今や各国共通の理解になっている。それでは、物価はどのような要因によって決まるのであろうか。現実の物価の短期的な動きは様々な要因によって左右されるが、少なくとも長期的には、中央銀行の金利操作やこれを通じるマネーサプライの増減が物価に影響する重要な決定要因であることは言うまでもない。そうした見方は、"Monetary View"と呼ばれ、「インフレは貨幣的現象である」という命題でも知られている。これに対し、近年、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」と呼ばれる新しい理論が学界で議論され、注目を集めている1。この理論は、「インフレは貨幣的現象ではなく、財政的現象である」という"Fiscal View"を主張する。

 前者のMonetary Viewに基づけば、政府・財政当局から独立した中央銀行を確立することが物価安定の十分条件になる。現実にも、1990年代以降、多くの国において中央銀行の金融政策運営の独立性が強化されてきたが、その背後にある考え方は、主としてMonetary Viewであると言えよう。しかし、同時に、物価の安定を実現するうえで、財政当局の行動に対する何らかの歯止めやルールが必要であることも、従来から意識されてきた。例えば、ユーロという統一通貨圏に参加することを認める条件として、マーストリヒト条約では、財政収支や政府債務残高の対GDP比を一定の基準以内に収めることが設定された。このことが示すように、政府や財政当局の行動が物価に影響する可能性は従来から意識されており、Fiscal Viewという考え方も決して目新しい考え方ではないとも言える。

 現在のところ、多くの新しい理論が登場する時と同様に、Fiscal Viewについても、ある程度確立した共通の評価が得られるまでにはもう少し時間がかかるように思われるが、海外の学界ではFiscal Viewを巡って活発な議論がなされている。そのような議論の状況を前提にすると、Monetary ViewFiscal Viewという、言わば2つのレンズを通して物価の変動について考察を巡らすことによって、わが国の物価動向についても、新たな洞察が得られるかもしれない。本稿は、このような問題意識のもと、金融政策や財政政策の物価安定に果たす役割に関して、Monetary ViewFiscal Viewの考え方を紹介したものである。

  1. 「物価水準の財政理論」に関する平易な解説としては、Sims[1999]やChristiano and Fitzgerald[2000a,b]を、厳密な解説は、Leeper[1991]やCochrane [2000]、Woodford[2001]などを参照。