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米国家計支出はなぜ堅調か

資産価格依存型支出行動の光と陰

2002年 8月15日
峯岸 誠※1
石崎寛憲※2

日本銀行から

 本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および国際局の公式見解ではない。本稿作成の過程で、日本銀行のスタッフからは、たいへん有益な助言を得た。この場を借りて感謝の意を表したい。もちろん、あり得べき誤りは全て筆者に属するものである。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課(現調査統計局)(E-mail:makoto.minegishi@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行国際局国際調査課(E-mail:hironori.ishizaki@boj.or.jp)

 以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0208e.pdf 725KB) から入手できます。

要旨

  1. 米国経済は、10年間に亘る長い景気拡大局面を経て、2001年3月に景気後退局面入りした。今回の景気後退局面の最大の特徴点は、設備投資に代表される企業部門の需要については、過去の景気後退局面と比べてより深い調整が行われた一方で、家計部門の支出(個人消費および住宅投資)が異例の堅調さを示したことであり、また、その結果、景気後退自体が非常に浅いものにとどまったことである。
  2. このように、今回の景気後退局面において家計支出が堅調を維持した背景としては、FRBによる急速かつ大幅な金融緩和が重要であったと考えられる。すなわち、金利低下は、住宅投資、自動車購入といった元来金利感応度の高い需要項目に影響を与えたにとどまらず、家計の保有する資産価値の増加や、家計の利払負担の軽減等を通じて家計支出全般にプラス効果を及ぼしたものとみられる。特に、今回の局面では、(1)家計資産に占める株式や住宅等のウェイトの増加、(2)家計債務の増加といった、近年における家計のバランス・シート構造の変化を背景に、過去の緩和局面と比べても、こうした金利低下のプラス効果がより強く働いたものと考えられる。さらに、金利低下のプラス効果がスムーズに支出増加に繋がった理由として、(1)住宅を担保とした借入手段の充実や、(2)固定金利住宅ローンの借り換えの容易さといった、米国における消費者向け金融サービスの充実も重要な要因である。
  3. 実際、今回の景気後退局面における金融緩和の家計への影響をデータに即して検証してみると、(1)金利低下に歩調を合わせる形で、住宅、自動車といった元来借入依存度が高く金利感応度も高い需要が増加していること、(2)既存の住宅ローンの借り換え急増等を通じて、家計の利払負担が大きく減少したこと、(3)金利低下が他の要因とも相俟って住宅価格を押し上げたことが、消費支出に対してプラス効果を与えたことが確認される。このうち、(3)の経路に関しては、企業収益見通しの慎重化等を背景に、金利低下にもかかわらず株価は下落傾向を辿ったため、家計保有資産全体は減少していた。しかし、株式と住宅資産では、価格変動の大きさや保有状況の違い等から、資産効果の大きさが異なる傾向がある。実際、今回の景気後退局面でも、住宅資産の増加によるプラスの資産効果が株式資産の減少による逆資産効果を上回り、全体としては資産効果がプラスに働いた可能性が高いことが、消費関数の推計結果からみて取れる。
  4. こうした家計支出に対する金利や資産価格(特に株価、住宅価格)の影響度の増大を踏まえて考えると、米国家計の構造的問題としてしばしば指摘される、「低貯蓄率」や「過剰債務」の問題についても、再検討が必要である。特に、「低貯蓄率」問題については、最近、キャピタル・ゲインの扱いに起因する統計上の下方バイアスの問題が指摘されており、実際、この点を調整すると、過去の資産価格の上昇による保有資産の増大の結果、足許の所得から新規に貯蓄する必要性が低下したことが、貯蓄率の低下に結び付いてきたことが分かる。すなわち、貯蓄率の低下や家計債務の増加自体は、近年の家計を取り巻く金融環境の変化等に対応した家計の消費・貯蓄行動の結果であり、それら自体に先行きの不安定化要因が内在しているとは必ずしも言えまい。しかし、同時に、そうした動きが、家計部門が資産価格を中心とした金融環境への依存度を強めていることと表裏一体の形で生じている点には留意を要する。
  5. 家計の金融環境への依存度の高さは、先行きの家計支出に関し、次のようなリスクを孕んでいる。(1)最近の株価の軟調が長期化し、いずれ株価の逆資産効果が住宅のプラス効果を上回って、資産効果全体として消費を下押しするリスク、(2)これまでの住宅価格上昇に何がしかのバブル的要素が含まれていた場合、先行き住宅価格が反転下落するリスク、(3)今後の金利上昇に伴い、上述のようなメカニズムが逆に働いて、家計支出に強いマイナスの影響を及ぼしたり、家計のバランス・シートの急速な悪化を招くリスクである。仮にこうしたリスクが顕現化した場合、米国家計部門の変調が、金融資本市場の動きを伴いつつ、如何なる対外収支や財政収支面での調整を発生させるか、また、そうした調整が世界経済に如何なるインパクトを及ぼすか、これまで家計消費の堅調さが米国経済、そして世界経済の下支えをなしていただけに注意が怠れない。