このページの本文へ移動

金融政策運営に果たすマネーサプライの役割

2002年12月24日
日本銀行企画室

日本銀行から

 以下には、(要旨) を掲載しています。全文は、こちら (ron0212a.pdf 376KB)から入手できます。

要旨

問題意識

  • 本稿では、1990年代以降の経済・金融情勢を踏まえつつ、(1)日本銀行(以下、日銀)の金融政策運営におけるマネーサプライの位置付けや、(2)近年、わが国においてマネーサプライと経済活動との関係が不安定になっている背景について、説明する。

マネーサプライの性質

  • マネーサプライは、「経済全体に流通している通貨の総量」と定義される。何を通貨とみなすかは、時期により国により異なるが、一般的には、流動性(支払手段としての利便性)の高い金融資産が通貨を構成する。マネーサプライの変動は、預金を受け入れ貸出や有価証券投資を行う金融機関の与信行動と、企業や家計などの通貨に対する需要の相互作用によって決定される。中央銀行は、短期市場金利ないし中央銀行当座預金を操作目標として金融調節を行い、金融機関や企業・家計などの資産・負債の選択行動を通じて、マネーサプライの動きに影響を及ぼしている。

欧米主要国における金融政策運営上のマネーサプライの位置付けの変遷

  • 欧米主要中央銀行は、1970年代にはマネーサプライを金融政策運営上の中間目標に位置付けることが多かったが、80年代から90年代にかけて、マネーサプライを中間目標に位置付ける政策運営を取り止めるようになった。現在では、「金融政策は、短期金利の操作を通じて実体経済などに影響を及ぼし、物価の安定を目指す」という考え方が支配的になっている。
  • マネーサプライは、金融政策運営上、中間目標とは位置付けられていないが、以下の理由から、「情報変数」として利用されている。第一の理由は、マネーサプライが、経済取引の裏側にある資金取引を反映するという意味で、概念上、経済活動全体の動きを包括的に示すものであり、長期的には、「インフレは貨幣的な現象」と考えられているからである。第二の理由は、経済構造や金融政策のトランスミッション・メカニズムに不確実性が存在する中では、マネーサプライの分析が、実体経済サイドからの情勢判断をクロスチェックする上で有用となる可能性があると考えられているからである。
  • 金融政策運営上、マネーサプライを情報変数としてどの程度重視するかは、マネーサプライが、将来の物価動向に関して他の金融指標や実体経済指標では捉えられない有用な情報をどの程度含んでいるかに依存している。マネーサプライがそうした情報を含んでいる場合、金融政策運営の判断にあたって、マネーサプライは一定の役割を果たすと考えられる。この場合、マネーサプライを重視した情勢判断と、それ以外の主に実体経済面を重視した情勢判断をクロスチェックすることが有効になる。一方、中央銀行が操作する短期金利は実体経済や物価に影響するが、マネーサプライは単にそれらの動きを反映しているに過ぎない場合には、マネーサプライは、他の経済指標と同等の扱いにとどまることになる。現在、欧州中央銀行は前者の考え方に即してマネーサプライを重視する一方で、米国連邦準備制度理事会はマネーサプライと経済活動の関係が不安定であることに鑑み、マネーサプライを他の経済指標と同等の扱いにとどめている。

わが国におけるマネーサプライと経済活動との関係

  • わが国では、2回の石油ショックの経験などを経ても、マネーサプライと実体経済や物価との間の安定的な関係や因果関係は長い目でみて確保されていた。ただし、1980年代後半のバブルの生成期にはマネーサプライと経済活動との関係が一旦みえにくくなった。しかし、資産価格の変動も結局はかなり長いラグを伴いつつ実体経済に大きな影響を及ぼしたことを考えると、バブルの生成・崩壊期を全体としてみれば、マネーサプライの大きな変動が、経済活動に対する何らかの変調を示唆していたことには変わりはなかった。これに対し、90年代半ば以降は、マネーサプライが小幅の変動にとどまっている一方で、経済活動は大きく変動している。このため、両者の間の長い目でみて安定した関係(長期均衡関係)が検出されなくなっている。
  • 90年代以降を振り返ると、90年代前半から現在に至るまで、企業の過剰債務圧縮と、不良債権処理という金融機関の自己資本の減少要因は、大幅な金融緩和にもかかわらず、企業の借入れ需要が十分に喚起されない原因となってきた。これが、マネーサプライの伸びを低める方向に作用してきたと考えられる。
  • 長い目でみたM2+CDと経済活動との安定的な関係が検出されなくなった第一の理由としては、バブルの生成・崩壊期に端を発した企業の過剰債務圧縮と不良債権問題がわが国経済に継続的に影響を及ぼし、それが原因となって、97年後半から98年にかけて金融システム不安が一気に顕在化し、通貨に対する予備的需要が高まったことが挙げられる。
  • 第二の理由は、99年以降、短期金利が極端に低下している中で、マネーサプライ対象外の金融資産から対象金融資産に大幅な資金シフトが生じていることである。日銀は、99年から「ゼロ金利」政策を採用したほか、2001年からは日銀当座預金残高を主たる金融調節の操作目標とする、いわゆる「量的緩和」政策を実施している。こうした政策の結果、短期金利はほぼゼロに近付き、通貨需要が機会費用に対して相当弾力的になっているため、他の金融資産から預金への大幅な資金シフトが発生している。また、金融システム問題をはじめとする様々な要因が背景となって経済全体で安全資産志向が強まっていることも、そうした傾向を助長している可能性が高い。

現時点におけるマネーサプライの役割

  • このように、近年、わが国のマネーサプライと経済活動との関係は不安定になっている。
  • 「量的緩和」政策の採用以降、マネタリーベースの伸び率は大幅に上昇しているが、マネーサプライの伸び率に大きな変化までは窺われていない。経済活動の活発化に結びつく形でマネーサプライが増加するためには、財政政策の運営と効果に依存している面もあるが、少なくとも、金融仲介機能の回復などによって金融政策の効果波及経路が確保され、民間部門の資金調達行動が活発化することが前提となる。
  • 現局面は、マネーサプライの伸び率の推移から景気や物価の現状や先行きに関する情報、さらには金融政策の効果を読み取ることが難しい状況となっている。金融政策の効果を評価するためには、各種の金融資産価格や実体経済、物価の推移、企業や家計の資金調達動向などを仔細にチェックしていくのが適当と考えられる。
  • しかし、マネーサプライは、その特性に照らすと、経済活動全体を包括的に示すものと考えられる。また、将来、金融仲介機能が十分に回復し、金利がゼロから明確に高くなれば、マネーサプライと経済活動との関係が安定的なものになる可能性がある。その場合には、経済構造や金融政策のトランスミッション・メカニズムに不確実性が存在する中で、マネーサプライが物価に関して有する情報が金融政策運営上再び重要となる可能性も否定できない。日銀としては、こうした様々な可能性も念頭に置いた上で、今後とも、マネーサプライの動きについて分析を行っていくとともに、マネーサプライの構成要素や金融政策運営上の位置付けについても、不断に検討を行う考えである。