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貸出の経済価値の把握とその意義

金融機関・企業のビジネスモデルの変革に向けて

2003年 4月28日
日本銀行

日本銀行から

 以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0304d.pdf 234KB) から入手できます。

要旨

 日本銀行は、昨年10月11日に「不良債権問題の基本的な考え方」を公表し、不良債権問題克服のためには、「不良債権の経済価値の適切な把握と早期処理」と「金融機関と企業双方の収益力強化」を軸とした包括的な対応が不可欠であることを主張した。

 ここで強調したように、不良債権の経済価値を適切に把握し、その価値の減価に見合った引当を行うこと、そのうえでリスクに応じた貸出戦略(ビジネスモデル)を再構築することなどは、金融機関の健全性維持と収益力向上、金融システムの安定確保・機能強化に向けた出発点である。こうした方策により、金融機関や金融システム全体の資金仲介機能が強化されていけば、事業再生や新規事業の創造といった前向きな企業活動への支援も強まり、わが国の経済活動の活性化に資するものと考えられる。

 引当手法をめぐる海外の動向をみると、90年代に入ってから、米国の会計基準や国際会計基準などで、DCF法等を用いて経済価値の減価に基づく引当を行う制度が導入され始めた。バーゼル銀行監督委員会もこうした手法を支持しており、その理由として金融機関経営の透明性向上や信用リスク管理能力の強化をあげている。さらに、集合的減損認識といった幅広い対象に適用が可能なDCF法に向けての検討も進められている。

 米国では、貸出の経済価値を反映する引当慣行と、事業再生を念頭においた倒産法制とがあいまって、金融機関に迅速な不良債権への対応を促す環境が整っている。このため、金融機関は、債務者の信用度の劣化による損失が拡大する前に、事業再生などの措置に早期に着手している。この結果、競争環境の変化や技術進歩に対応して、債務者企業が早期・円滑に事業構造を変換することなどが可能となっており、産業構造の転換を金融面からサポートしている。

 わが国の引当制度も、ここ数年、着実に改善してきた。加えて、本年3月期からはDCF法が主要行の要管理先の大口債務者等向け貸出に本格的に適用され始めた。わが国におけるDCF的手法導入の意義は、単に引当手法の改善にとどまるものではない。貸出の経済価値の適切な把握と引当を進めることは、伝統的な融資慣行の変革や迅速な事業再生への取り組みなどを通じて、金融機関・企業双方のビジネスモデルを変えていくための重要な契機になるものと期待される。

 DCF的手法導入の意義を活かすために、金融機関には、貸出の経済価値に基づく内部管理会計の整備を踏まえ、新たな経営努力が求められる。すなわち、(1)債務者のキャッシュフロー生成能力を重視する貸出審査方式の導入、(2)貸出契約へのコブナンツの付与などリスクの変化に対応できる貸出の枠組の導入、(3)不良債権対応を進めるためのワークアウト部署の強化とインセンティブ体系の構築、などである。

 今後、貸出の管理と引当の枠組みをさらに発展させていくうえでは、多数の貸出債権を集合的に捉えてその経済価値を把握する方法(集合的減損認識)について、わが国でも検討を深めていくことが重要な課題である。この方法が実現すれば、個別にキャッシュフローの見通しが見積もりにくいような貸出についても、経済価値の把握が行いやすくなるほか、信用リスク管理のコスト削減やその効率性向上にも資することが期待できる。

 もとより、融資慣行やビジネスモデルは、さまざまな制度・慣行が相互に補強し合って、長年にわたって構築されたものであり、その変革は容易ではない。そのためには、引当制度の改善と並んで、倒産法制の見直し、貸出債権流動化市場の整備、企業再生ビジネスの育成など、広範な取り組みが必要である。貸出の経済価値の把握は、これらの課題を解決するための基盤を提供する。

 日本銀行としては、考査・モニタリングを通じて、大手行に新たに導入されたDCF法による引当の適切性やその内部管理への適用状況などを検証していくとともに、さらに理論的・実務的研究を重ねつつ、関係各界と議論を深めていく方針である。