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近年の設備投資動向と本格回復への課題

投資行動を生み出す企業活力の復活に向けて

2003年 6月26日
日本銀行調査統計局

 以下には、冒頭部分(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0306b.pdf 343KB) から入手できます。

要旨

  1. 最近の設備投資動向をみると、2001年に大幅な減少となった後、2002年には輸出、企業収益の増加を反映して下げ止まりから持ち直しへと向かった。今後、海外経済の回復がより明確になっていくことを前提にすれば、輸出や生産の増勢も次第に強まり、そのもとで設備投資は回復傾向を辿ると展望することができる。この点、短観により大企業の設備投資計画を年度ベースでみると、2002年度はかなりの減少であったが、2003年度は製造業で小幅ながら増加に転じるなど、全体として名目金額ベースで横這い圏内まで回復する計画になっている。業種別には、液晶や電子デバイスなどで能力増強投資の動きもみられる電気機械が下げ止まり、鉄鋼・化学などが増加に転ずる計画となっている。
  2. しかし、企業収益の改善を反映したキャッシュフローの増加に比べると、設備投資の回復力は弱い。その背景としては、これまでの収益改善がリストラ効果にも支えられたものであることや、需要の先行き不透明感が強いことなどが挙げられる。さらに、キャッシュフローとの対比でみた設備投資の弱さが、足許だけの現象ではなく、90年代以降、次第に明確化してきた特徴であることを踏まえると、構造的な要因が設備投資を制約する方向で作用してきた面が大きいと考えられる。
  3. そうした構造的な要因の第1は、産業構造の調整圧力である。90年代以降、グローバル化と情報化が進展する中で、日本企業は東アジアを中心とした海外での設備投資を増加させ、生産拠点の拡充を進めてきた。これが、少なくとも製造業に関する限り、国内設備投資の抑制要因の一つになってきたと考えられる。
  4. 第2に、日本の企業システムが持つ硬直性である。よく指摘されるように、伝統的な日本の企業システムには、(1)雇用の流動性が低い、(2)外資系企業や新規企業の参入が不活発、(3)株主による企業統治(=コーポレート・ガバナンス)が弱い、などの特徴がある。こうした企業システムは、企業の枠を超えるダイナミックな資源の再配分には適しておらず、90年代以降における変化の速い経営環境のもとでは、十分な対応力を発揮できなかったものと考えられる。
  5. 第3に、資産価格の下落である。90年代初頭のバブル崩壊により急落した地価や株価は、上述した産業構造調整圧力に対する日本経済の適応不全をも反映しつつ、その後も下落を続けた。企業の保有する資産の価値が下落すると、負債は名目金額で固定されているため、企業のバランスシートは悪化する。この問題は、バブル期に債務を取り入れて資産を積み上げた非製造業、とりわけ非製造業中小企業に強く現れ、債務の返済不能に至るケースが増加した。さらに、多額の債務を取り込まなかった企業でも、保有資産の価値低下は含み益の減少などの形でバランスシートの悪化要因となり、製造業大企業も含め広い範囲にわたってリスクテイク能力が低下したとみられる。こうした資産デフレの問題に比べれば、一般物価の緩やかな下落が、それ自体として設備投資の抑制に作用してきたかどうかは、それほど明確ではない。
  6. 第4に、金融仲介機能の低下である。資産デフレによって生じた企業のバランスシート悪化は、多額の不良債権処理を通じて、金融機関のバランスシート悪化へと波及した。そのことが今度は、企業金融や金融システムの安定性に対する信頼を低下させ、企業のリスクテイクをさらに慎重化させる要因として働いてきた。とりわけ、企業金融が危機的な様相を呈した97〜98年の経験は、企業に財務リストラの必要性を改めて認識させる背景となった可能性が高い。また、不良債権問題と一応区別される論点として、不動産担保金融に替わる金融仲介モデルが十分に育ってこなかったために、金融面から企業のリスクテイクを支える力が弱いものにとどまってきたという点もある。一方で、低成長の慢性化は、優良な貸出機会の減少や株価下落などを通じて、金融機関のバランスシートに追加的な負荷を加えてきた。こうした金融と実体経済の悪循環に対して、金融政策も、名目金利のゼロ制約により、有効性が低下したと考えられる。
  7. 第5に、期待成長率の低下である。実体経済と金融仲介機能がともに弱まり、現実に低成長が続いたことで、90年代以降、企業の期待成長率は低下トレンドを辿った。これが企業の設備投資を抑制し、実体経済をさらに弱めるという形で、ここでも悪循環が働いてきた面があったと考えられる。
  8. こうした低成長の悪循環からの出口は、結局のところ構造改革によって、企業システムの柔軟性を高めることや、金融仲介機能を再構築することに、求めざるをえないと思われる。実際、これまでの取り組みの成果もあって、近年はM&Aや企業再編が従来に比べて活発化するなど、企業の枠を超えた資源再配分に活発化の兆しも出てきている。例えば、過剰設備の集約という観点から再編を進めてきた鉄鋼などの素材産業では、東アジア経済の成長という追い風もあって、設備投資が上向きつつある。事業の「選択と集中」を進めている電機業界でも、国内での汎用品生産に見切りをつける一方、世界的な需要拡大が見込める高付加価値の電子デバイスなどに戦略分野を絞り込み、事業統合等を基礎にしながら設備投資を積極化させつつある。ただ、こうした動きは経済全体からみれば一部にとどまっており、中小企業も含めたマクロ的な拡大均衡へとつながっていくまでには、なお相当の時間がかかるとみられる。
  9. 今後の産業構造の基本的な方向性は、(1)製造業における技術集約化の進展と、(2)製造業や建設業から第3次産業への雇用シフトであると考えられる。90年代の米国でも、大まかにみれば、製造業における全要素生産性の上昇、サービス業等の雇用拡大、金融や通信などIT関連非製造業の設備投資拡大、という形で生産要素の配分が進み、全体として高い経済成長が続いた。日本には日本固有の最適な産業構造や資源配分があるとみるべきであろうが、その具体的な姿は、市場メカニズムのもとで企業が収益最大化を目指す結果として、発見されていくものであると考えられる。
  10. したがって、経済全体としての最適な資源配分を促していくためには、株式・社債市場の機能向上はもとより、不動産や貸出債権などなるべく広範囲の資産や事業について、市場価格が発見されやすい環境を整備していくことが一つのポイントである。そうした市場原理が働くことで、不採算事業の見極めや、資産価値を高める経営努力が、促進されると考えられる。もとより、市場が万能とは限らないし、市場が未整備な部分については、様々な工夫でそれを補っていかざるをえない。このほど本格的に活動を開始した産業再生機構も、企業再生ビジネスの発展を促すことなどを通じて、構造改革加速の一つの突破口となる可能性がある。機能度の高い金融資本市場を構築していくことなど、日本の産業を再活性化させる取り組みは、目先の景気拡大に直ちにはつながりにくい地道なプロセスであるが、着実に進めていくことが重要である。