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今次金融経済危機における主要中央銀行の政策運営について

2009年7月29日
日本銀行企画局

要旨

はじめに

本稿は、今次金融経済危機の中で世界の主要中央銀行が取り組んできた政策運営について、(1)具体的にどのような政策措置が講じられてきたか、(2)主要中央銀行の政策運営に共通してみられる特徴点は何か、という2つの観点から取りまとめたものである。対象とする中央銀行は、日本銀行のほか、米国連邦準備制度(FED)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(BOE)、カナダ銀行、スイス国民銀行、スウェーデン・リクスバンクの7行である。

主要中央銀行による政策措置の内容

(1)政策金利の引き下げ

いずれの中央銀行も政策金利を1%以下の低水準まで引き下げた。また、いくつかの中央銀行では、ターム物金利など長めの金利を低位安定化させる目的で、政策金利の先行きに関する方針を表明している。

(2)潤沢な資金供給と金融調節手段の整備

各中央銀行は、短期金融市場に対して潤沢な資金供給を行い、市場の安定化を図った。その際、金融調節手段について、(1)資金供給手段の拡充(オペの頻度・規模の引き上げ、オペ期間の長期化、適格担保・取引相手方の拡大等)、(2)新たな資金吸収手段の導入(中央銀行による債務証書の発行等)、(3)スタンディング・ファシリティの整備(貸出ファシリティの貸出期間延長、超過準備に対する付利制度の導入等)など、様々な措置が講じられた。こうした取り組みの結果、資金供給・吸収手段とスタンディング・ファシリティの両面で、各国の金融調節の枠組みが共通化する傾向が強まった。このほか、多くの中央銀行が、通貨スワップ協定を活用した外貨資金の供給を開始したほか、クロスボーダー担保スキームの導入・拡充を進めるなど、金融調節面での中央銀行間の国際的な連携を一段と強化した。

(3)買入れ対象資産の拡大

これまで一般的に、中央銀行による金融調節の買入れ対象資産は、主として短期国債など短期かつ安全度の高い金融資産に限定されてきた。これに対して、今次局面では、多くの中央銀行が、従来の範囲を越えて買入れ対象資産を拡大した。こうした措置には、(1)クレジット市場の機能を活性化あるいは補完するため、CP・社債等の民間債務を買入れるケース、(2)幅広い資産の価格に影響を与えるため、あるいは通貨供給量の増加を図るため、国債やエージェンシー債などの長期債券を買入れるケース、(3)金融機関を通じた信用仲介機能を維持・強化することを目的に、金融機関から株式等の金融資産を買入れるケースなどがある。

(4)個別金融機関等に対する流動性支援

いくつかの中央銀行は、金融システムの安定維持を目的に「最後の貸し手」として個別金融機関等への流動性支援を実施した。このうち、米国においては、預金取扱金融機関以外の先にも流動性支援が行われた。中には、預金・貸出取引先でもオペ先でもない大手保険会社にも流動性支援を実施するケースもみられた。

主要中央銀行の政策運営に共通する特徴点

(1)金利引き下げと市場機能維持のバランスの確保

多くの中央銀行は、政策金利を歴史的な低水準に引き下げるに当たって、非常に低い金利水準あるいはゼロ金利が金融市場の機能や金融機関活動に悪影響を与える可能性があることに言及している。このため、これまでのところ、政策金利をゼロ%まで引き下げる例はみられていない。この間、金融市場に対して潤沢な資金供給を行うと同時に、市場金利の過度な低下を避ける手段として、超過準備に対する付利や中央銀行による債務証書の発行などが活用された。

(2)非伝統的金融政策の採用

上記の金融調節手段整備および買入れ対象資産拡大策の一部は、しばしば「非伝統的金融政策」と呼ばれている。今回のような金融経済危機の局面では、金融市場や金融機関の信用仲介機能の低下により、短期金利のコントロールを出発点とする伝統的な金融政策の波及経路の有効性が制約されることとなる。このため、多くの中央銀行は、通常の波及経路を改善したり、別の経路を活用するための新たな政策を実施した。非伝統的金融政策に確立された定義はないが、中央銀行の資産サイドに着目し、従来の範囲を越えてリスク資産を購入することに主眼を置く「信用緩和」(Credit easing)と呼ばれる政策と、同負債サイドに着目し、経済に流通する通貨の供給量を増やすことを重視する「量的緩和」(Quantitative easing)と呼ばれる政策の2類型に整理することができる。信用緩和政策を標榜するFED、信用支援拡充策を掲げるECBのほか、日本銀行を含む多くの中央銀行は、資産サイドの項目である多様なオペ手段や資産買入れを組み合わせて金融環境の緩和を図ることに重点を置いている。一方、BOEは通貨供給量の増加に主眼を置き、自らの政策を量的緩和と呼んでいるが、社債・CPも買入れ対象に含めており、信用緩和的な側面もある旨を説明している。

(3)非伝統的金融政策の問題点への対応

非伝統的金融政策の多くは、通常の政策と比べ損失の発生を通じて納税者の負担が生じる可能性が相対的に高く、また、ミクロ的な資源配分への関与が強まるという2点で財政政策の領域に近い性格を有する。多くの中央銀行は、こうした点に対応する措置を講じている。第一に、民間の信用リスクをとる場合でも、買入れる金融資産を比較的信用度の高いものに限定するなど適切なリスク管理に努めている。また、リスクが通常より高い資産の買入れや個別金融機関への流動性支援に当たり、損失が発生した場合について予め政府や民間主体との間での負担の分担を定めておく事例が多い。第二に、金融資産の買入れに当たり、ミクロの資源配分に対してできるだけ中立性を保ちながら実施する方針を対外的に公表したり、入札方式の採用など中立性を担保するために買入れ方式を工夫するケースがみられる。第三に、実施金額や期間を限定したり、最低入札レートを適切に設定することにより市場機能の回復に応じて自動的にニーズが低下する仕組みを設けるなど、施策が必要な期間に適切な規模で実施されることを担保するための工夫を行う先が多くみられている。

(4)コミュニケーション戦略の充実

危機対応の政策は異例かつ多岐に亘ることを背景に、各中央銀行は政策の考え方や内容に関してより肌理細かな情報発信を行うように努めている。例えば、ウェブサイトに危機対応を取りまとめたセクションを設けたり、定期的なレポートを刊行する先が増えている。また、経済・物価見通しについて、通常1〜2年とされる金融政策の波及のラグの範囲内だけでなく、それを超えた長めの期間に関する説明を重視する傾向を強めている。

おわりに

今次危機への各中央銀行の対応を通じて、中央銀行の業務・政策運営のいくつかの重要な特徴が改めて浮き彫りになっている。例えば、(1)流動性の確保が金融市場・金融システムの安定維持にきわめて重要な役割を果たしていること、(2)金融政策と金融システム安定化政策(プルーデンス政策)が密接に連関していること、(3)金融取引の国際化が進む中で、金融市場の安定確保の上で、中央銀行間の連携の重要性が増していること、(4)中央銀行の目的である物価や経済の安定を図る際、中長期的な観点が重要であること、などである。日本銀行としては、上記の諸点も含め、この間に得られた経験を十分に活かしつつ、海外中央銀行との情報交換など連携をさらに深めながら、今後とも適切な政策・業務運営に努めていく方針である。

日本銀行から

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