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北欧にみる成長補完型セーフティネット

労働市場の柔軟性を高める社会保障政策

2010年7月5日
日本銀行調査統計局

要旨

近年、日本では、10年以上にわたる低成長の中で、セーフティネットに綻びが生じたこともあって、貧困や経済格差の拡大が社会問題化している。本稿では、こうした日本の現状とは異なり、近年、高い公平性と経済成長を同時に達成している北欧諸国のセーフティネットについてファクトを整理した後、日本における論点・課題の洗い出しを行った。

北欧経済の高パフォーマンスの背景としては、「柔軟な労働市場」と「それを支えるセーフティネット」の組み合わせが重要であると指摘されている。北欧における労働市場の柔軟さは、主に、(1)労働移動の活発さや(2)労働参加のしやすさ(特に女性)に表れており、それぞれ、それらを支えるセーフティネットが存在している。こうしたセーフティネットには、「国民ひとりひとりの雇用可能性を高め、就労を促進することで、マクロの労働稼働率を高める」という考え方が反映されている。この考え方は、労働移動をさらに促すことにつながるという点で、柔軟な労働市場のあり方とも親和的である。

上記セーフティネットの例としては、(1)失業者への積極的労働市場政策や、(2)手厚いが就労インセンティブを損なわない失業保険制度、(3)職業教育中心の生涯学習支援制度などが挙げられる。具体的には、失業者を新たな職とマッチングさせるための多様な職業訓練機会の提供、労働者の専門的スキル蓄積を目的とした生涯学習支援、といった施策である。さらに、失業者にカウンセリングや積極的労働市場政策への参加を義務付けることによって、就労インセンティブを高めることにも成功している。

北欧諸国における労働力率の高さ——特に、女性労働力の活用度の高さ——は、仕事と家庭の両立を支援する社会的制度が整備されていることに依るところが大きい。具体的には、(1)出産休暇・育児休業制度が充実していることや、(2)保育サービスなどの子育て支援が手厚いこと、(3)高齢者の介護についても公的負担による施設介護が提供されていること、などに特徴がある。

北欧諸国では、柔軟な労働市場とセーフティネットの組み合わせがうまく機能しており、今後の日本経済のあるべき姿を考える上での参考になる点もあると思われる。その一方、北欧諸国の制度や仕組みを導入すれば、日本の問題が解決すると単純に言うこともできない。その具体的な留意点や論点としては以下のものが挙げられる。

  1. (1)日本における右上がりの賃金カーブ(年功賃金)は、転職のインセンティブを低下させ、労働移動が活発化しない一因となっていると考えられる。もっとも、現行の賃金体系は、歴史的経緯や他の制度との複雑な関係のもとで成立しているものであり、北欧諸国のようなフラットな賃金カーブへの移行を論じるためには、その調整コストの大きさなどを勘案する必要がある。
  2. (2)日本の高齢化スピードの速さは、北欧どころか世界に過去例をみないほど急速である。したがって、北欧のように女性の活用を進めるだけでなく、独自に高齢者の労働力率を高めていくことも重要なポイントである。
  3. (3)日本においては、非正規雇用問題にみられるように労働者間で利害を一致させることが難しく、そのため、労働市場全体で望ましいシステムを構築するという社 会的合意が形成されにくい面がある。この点、スウェーデンでは、集権化され大きな力を持った労働組合が主導するもとで積極的労働市場政策が導入されたとい う、独自の政治的経緯があった。
  4. (4)積極的労働市場政策や育児・介護支援等については、大きな財政支出を伴うため、その充実を進めていく場合は、負担を巡る国民的なコンセンサスを形成していく必要がある。
  5. (5)北欧型の雇用可能性を高める政策は、主として、労働供給側への働きかけによるものである。経済成長を高める効果を実際にもたらすには、労働需要にも働きかけるような取り組みが同時に必要である。

日本銀行から

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