1995年度の金融および経済の動向(要旨)
1996年 5月30日
日本銀行調査統計局
1. 日本経済は、93年末から回復基調を辿っていたが、95年度前半に一旦足踏み状態となった。景気足踏みの背景には、設備投資や個人消費の回復力が弱いもとで、急速な円高、米国景気の一時的な減速を背景とする輸出の減少に加え、公共投資の息切れや金利低下期待の高まりを反映した住宅投資の先送りなどの影響があった。
2. 95年秋から年末にかけては、金融財政面での政策対応の効果もあって、公共投資、住宅投資を中心に景気は再び回復に向かった。この間、民間需要は緩やかな回復基調を辿った。設備投資は、更新需要の高まり、企業収益の改善、新規成長分野の拡大を背景に緩やかな回復を続け、最近では、やや出遅れていた非製造業、中小企業にも持ち直しの動きがみられている。個人消費も、消費者マインドが改善するもとで回復傾向を辿った。この結果、在庫調整が進捗し、秋以降生産は増加に転じたほか、企業の業況感も再び改善した。96年に入ってからは、需要、生産、所得の各面で景気回復の動きが広がりをみせている。もっとも、回復テンポ自体については、過去の景気回復期に比べて緩やかなものに止まっている。
雇用情勢をみると、95年度後半には雇用指標に幾分改善がみられ始めたが、企業が抑制的な雇用スタンスを改めるには至っていないため、その改善幅は依然小幅なものに止まっており、雇用情勢は引き続き厳しい情勢にある。物価情勢をみると、95年春先には下落に転じたが、秋以降はこうした軟化傾向にも徐々に歯止めがかかりつつある。地価は商業地を中心に引き続き下落傾向にある。対外収支は、輸出が横這い圏内で推移する一方で、輸入がアジア諸国の供給力拡大や日本企業による輸入積極化等を背景に高い伸びを続けたため、黒字幅が急速に縮小した。
3. 95年中、景気回復の動きが足踏み気味となり、物価の下落圧力も根強いこと等を踏まえ、日本銀行は、2回の公定歩合の引き下げを含め、4回にわたって金融緩和措置を実施した。この結果、95年9月に公定歩合は0.5%と史上最低の水準となった。
4. 金融市場において、短期市場金利は、金融緩和を受けて一貫して低下した。長期市場金利は95年中軟化傾向を辿ったが、96年入り後は、景気回復期待の高まりを徐々に織り込む展開となっている。
この間、株価は、95年前半には景気の先行きに対する不透明感などを反映して軟化したが、夏場以降反転し、96年度入り後も総じて堅調に推移している。また為替相場は、95年2月後半から加速した円高の流れを受けて4月中旬には東京市場で一時80円割れと戦後最高値を更新した。夏以降は、為替市場における主要国通貨当局の協調行動もあって、円高は急速に修正された。
5. 民間金融機関貸出は、年度後半に政府系金融機関からの振り替り等から徐々に伸び率を高めたが、企業の借入れ需要は、大企業を中心に有利子負債を圧縮する動きが根強いこともあって、総じて低調に推移した。この間、資本市場調達は、長期金利の底値観の強まりや資本市場における規制緩和等から、年度後半以降、顕著に増加している。マネーサプライの代表的指標であるM2+CDの伸び率は、前年度を幾分上回る3%前後で推移した。
6. 金融システム面での動きをみると、銀行は94年度を更に大きく上回る貸出金償却等を行うなど、不良債権処理は一定の進捗をみている。しかし、不良債権額はなお多額であり、また処理の進捗度にばらつきがみられる。
このような状況のもとで、94年末以降最近までに11の中小金融機関の経営破綻が表面化し、日本銀行は、これらのうち一部について、金融システム全体の安定を維持するための資金供与を行った。この間、金融機関経営の健全性確保や金融機関の破綻処理の一層の円滑化のための検討も進められた。
7. 95年度後半からの景気の再回復は、金融財政政策の効果に負う部分が大きい。95年9月の経済対策を含む95年度中の財政支出は、民間部門でリストラやストック調整などを経て景気回復の素地ができている状況のもとでの発動であったため、総需要の追加を通じて景気の再回復を始動する効果を果たした。この点は、民間部門の下方調整圧力が根強く、公共投資が民間需要を誘発する「呼び水効果」が限定的であった92、93年の財政支出と対照的である。
8. 金融緩和の推進は、民間部門での調整の進展もあって、95年末にかけて金利感応的な住宅投資を急拡大させたほか、為替相場の円高修正、株価の上昇を伴いつつ、設備投資や個人消費における回復の広がりを支援した。こうした状況のもと、物価の下落に歯止めがかかりつつあるほか、企業収益も増加している。金融緩和は、金融負債超過主体への所得移転を通じて、経済全体の投資性向を高めて景気を刺激する効果をもつと考えられる。実際に、利払い負担の低下に伴い非製造業や中小企業でも企業収益が回復し、設備投資の回復に広がりがみられつつある。
9. この数年間、景気の拡大を制約してきた構造調整圧力のうち、産業構造調整については、製造業において生産面でのシフトが顕著に進むなど、一定の進展がみられている。このように、構造変化の方向性が明らかとなるにつれ、企業の事業展開に関する不透明感が薄まりつつある。また、非製造業においても、規制緩和等を背景にいくつかの分野で調整が進み始めた。
10. バランス・シート調整については、一部に進展の動きもみられるが、全体として依然大きな圧力が残っている。企業の利払い負担は金融緩和のもとで全体として低下しているが、不動産業を始めとする非製造業や中小企業では、売上やキャッシュ・フローに比べて大きな債務残高を抱えており、債務返済圧力は依然根強い。金融機関は、不良債権を抱え自己資本が実質的に毀損している中で、融資活動などにおいて積極的にリスクをとりにくい状況におかれている。こうしたバランス・シート調整問題も、引き続き景気拡大の制約要因として働いてきたと考えられる。そうしたもとで、今後、不良債権や担保不動産の流動化が容易になれば、それぞれの調整が迅速に行い得るようになり、景気にも好影響を与えるものと期待される。
11. 今後、わが国の景気は、ストック調整や産業構造調整の進展を背景に、各分野での需要回復が相乗効果をもち、民間需要の回復力が高まっていくものと期待できる。ただし一方では、企業・金融機関のバランス・シート調整圧力が引き続き大きく、産業構造調整圧力も非製造業中心に尾を引くとみられる。したがって、当面景気回復のテンポは、過去の景気回復期に比べれば緩やかなものに止まる可能性が高い。
12. 95年度中の経済動向をみると、規制緩和や制度の整備などの構造政策が、日本経済に備わる潜在力を引き出すという面で着実な成果をあげてきた。金融面では、特に資本市場において規制緩和が進んだ。これは、金融に求められているリスク仲介・情報集積機能の向上に資するものと評価できる。しかし、日本全体の金融の機能を向上させるためには、資本市場の整備のみならず、銀行部門を通じる金融仲介の再活性化が避けて通れない。このため、金融機関が直面する不良債権問題の解決が急がれる。その際、不良債権や担保不動産の処理を公正かつ効率的に進めるためには、市場メカニズムに則して行うことが重要である。こうした点でも、市場機能を高める規制緩和や制度の見直しが引き続き求められる。
以上