1996年度の金融および経済の動向(要旨)
1997年 6月 6日
日本銀行調査統計局
日本銀行から
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96年度のわが国経済の動向を振り返ってみると、景気は緩やかな回復歩調を辿った。金融・財政面からの強力な景気刺激策を背景に、95年末には、景気は低迷を脱しつつあったが、96年度入り後も回復基調を辿り、前年からの円高修正もあって、年度下期には、民間需要中心に景気回復力の底固さが増す展開となった。
これを最終需要面からみると、年度前半は、95年央までの円高や製品逆輸入の動き等を反映して純輸出が大きく減少したが、公共投資が95年秋の経済対策を受けて増加し、住宅投資も低金利に刺激されて高水準を続けるなど、政策関連需要が景気下支えの役割を果たした。これに対し年央以降は、公共投資が頭打ちから徐々に減少に転じたが、為替円安の影響もあって、それまで景気回復の足を引っ張っていた純輸出が増加に転じた。民間需要は、設備投資が、企業収益の回復やストック調整の進展、情報関連等独立的投資の増加を背景に、製造業・大企業から非製造業、中小企業へと徐々に拡がりを伴いつつ、年度を通じて着実な増加を続けた。個人消費は、天候要因等による振れを伴いつつも、雇用者所得の持ち直しに伴い緩やかな回復傾向を辿り、とくに96年秋以降は、生産等への波及が大きい自動車販売が加速した。また住宅投資は、低金利に消費税率引き上げ(97年4月実施)前の駆け込み需要も加わって、高水準を続けた。
この間、生産面をみると、96年央までは純輸出の減少に加え、一部生産財において過剰在庫の調整がみられたことから、鉱工業生産はほぼ横這いの動きにとどまった。しかし年央以降は、民間需要の着実な増加に加え、純輸出が増加傾向に転じたこと、さらには在庫調整の進捗に伴い最終需要の増加がより速やかに生産に波及するようになったこと等から、生産の増加テンポも徐々に高まっていった。とくに消費税率引き上げを控えた需要増への対応も加わった年度末にかけて、鉱工業生産・出荷は、前回の景気ピーク時並みの水準にまで回復した。こうした中、これまでの企業リストラ努力の奏効や為替円安による加工型業種の収益増加もあって、96年度の企業収益は製造業・大企業を中心に引き続き改善し、日本銀行「企業短期経済観測調査」などでみる企業マインドも、緩やかに改善した。製造業・大企業の収益回復はその支出の増加を通じて、企業向けサービス業や製造業・中小企業の業況回復にも寄与した。また、雇用面では、企業部門に根強く残る人件費調整圧力を背景に、失業率の高止まりや常用雇用者数の伸び悩みがみられたものの、生産の増加や企業収益の好転を反映して、所定外労働時間や新規求人数が着実に増加するとともに、雇用者所得が特別給与を中心に緩やかに伸びを高めるなど、全体として改善傾向を辿った。
このように、95年度に発動された強力な金融・財政政策が96年度入り後も景気を下支えする中、最終需要の増加が生産活動の高まりを通じて、製造業・大企業を中心とする企業収益の好転に繋がり、これがさらに非製造業、中小企業の収益好転や雇用者所得の増加をもたらしてその支出を促すという、需要、生産、所得の循環メカニズムが96年度の景気回復を支えた。とくに年度後半にかけては、公共投資が減少に転じたにもかかわらず、円安の企業収益等に対するプラス効果も加わって、民間需要の回復力は底固さを増しており、景気回復のテンポは依然緩やかではあるが、政策需要依存型から民間需要主導の回復への転換が徐々に進みつつあると評価することができる。
わが国の景気が93年末に一応底を打った後も、回復テンポが現在に至るまで比較的緩やかなものにとどまった背景には、様々な構造調整圧力、すなわちアジア諸国の供給力拡大や95年央までの累積的な円高等がもたらしたグローバルな競争に基づく産業構造の転換圧力や、いわゆるバブル崩壊後の長期かつ大幅な資産価格下落がもたらしたバランス・シートの調整圧力がある。前者については、(1)これまでのリストラ努力の奏効や95年央以降の円高修正もあって、企業収益が製造業・大企業を中心にかなりの改善をみていることや、(2)わが国の輸出や生産が相対的に資本・技術集約度の高い品目へとシフトしつつ、海外との水平分業に相応の進展がみられること、(3)情報通信関連の技術革新や規制緩和を背景に新規分野での設備投資が活発化していること、などから窺われるように、それなりに対応が進展してきているとみられる。バランス・シート調整問題については、非製造業・中小企業を中心に資産などとの対比でみた負債の水準が高止まっていることなどからも窺われるように、96年度においてなお根強い調整圧力が残存していたと考えられる。
一方、物価面をみると、96年度は総じて軟化傾向に歯止めがかかった。すなわち、国内卸売物価は、96年央まで下落基調にあったが、国内需給の緩やかな改善に為替円安や原油価格上昇に伴う輸入物価上昇も加わって、96年度下期にはほぼ下げ止まった(前年比でみると、97年3月にマイナスを脱した)。企業向けサービス価格は、リース料や不動産賃貸料の下落から前年割れが続いているが、96年度下期にかけて、企業収益改善等に伴うサービス需要の回復から、前年比マイナス幅が緩やかに縮小した。また、消費者物価(全国、除く生鮮)も、円安や国内卸売物価の下げ止まり等を背景とする商品価格の下落幅縮小から、サービス価格の緩やかな上昇と併せ、上昇幅が幾分拡大した。このように、物価は徐々に下げ止まりの様相を強めたが、最終財を中心とする製品輸入圧力や技術革新による価格低下圧力が根強い中で、円安・原油高による輸入物価上昇の国内物価への波及はほとんどみられなかった。この間、地価についてみると、商業地では、オフィスビルのストック調整が徐々に進捗をみていることを反映して、大規模開発が可能で条件の良い土地では下げ止まり気配がみられる反面、小規模で商業的利用価値の乏しい土地は引き続き下落するなど、二極化が目立ってきた。一方住宅地は、高水準の住宅建設等を背景に総じて底入れしつつある。
このように、96年度においては、循環的な景気回復を促す力にやや強まりがみられたが、バランス・シート問題などの構造調整圧力が引き続き残る下で、景気の回復テンポはなお緩やかであった。物価は、96年度下期には総じて軟化傾向に歯止めがかかったが、上昇基調に転じる可能性は低い状況にあった。こうした景気・物価情勢を踏まえ、日本銀行は、景気回復の基盤をさらに強固なものとするため、95年9月以来の公定歩合水準を据え置く金融緩和政策を継続した。
こうした下で、金融面の動きをみると、市場金利については、無担保コール・レート(オーバーナイト物)は日本銀行の金融調節を受けて、平均的にみて公定歩合をやや下回る水準で推移したが、長期金利は、96年前半に振れを伴いつつ上昇した後、年度後半にかけては大幅に低下した。ターム物短期金利(CD3か月物レート)も、振幅は長期金利に比べ小さかったが、ほぼ同様な動きがみられた。また、株価も96年前半上昇基調を辿った後、夏以降は弱保合いとなり、年末以降は大幅に下落した。この間、マネーサプライ(M2+CD)は、概ね前年比3%台の伸び率で推移したが、民間部門の資金調達の伸び悩み等を反映して、年度後半にかけては幾分伸び率が低下した。
実体経済面では、96年度後半にかけて民間部門を中心に景気回復力が底固さを増したとみられるにもかかわらず、金融市場での動きは、この時期にむしろ幾分慎重化したように窺われる。これは、(1)金融市場が、97年度に向けての消費税率引き上げ、特別減税廃止など財政面からの景気抑制効果を先取りする形で反応したことに加え、(2)様々な調整圧力、とくにバランス・シート問題が非製造業・中小企業や金融機関等のセクターを中心に根強く残存していることが改めて意識されたため、と考えられる。そうした下では、循環的な景気回復の動きも、市場参加者のコンフィデンス等を通じて、直ちに金融指標面に表れることはなかった。もっとも、96年度においては、住宅金融専門会社(住専)問題の処理で大きな進展をみたほか、破綻金融機関の処理に関する制度上の整備が図られるなど、金融機関の不良債権問題への対応が着実に進められた。
今後のわが国経済を展望すると、消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動などにもかかわらず、生産、所得の好循環が途切れているわけではないことなどからみて、当面、回復テンポが一時的に鈍化するとしても、景気回復そのものは持続していく蓋然性が高くなっていると考えられる。もっとも、長期にわたる景気回復が続いているにもかかわらず、民間経済主体において将来の成長展望に対するコンフィデンスが必ずしも十分に高まっているとは言い難い。これには、様々な構造調整を巡る経済主体の不透明感が根強く影響しているものと考えられる。また、構造調整圧力が働いている下では、産業間、企業間において一律に期待成長率が高まることは期待し難い。しかし、長い眼でみると、比較優位の原則に沿って新たな産業構造が形成されていけば、効率的な資源配分が推進される結果、成長力は高まるはずである。
そのように考えると、今後のわが国経済の持続的成長を展望する上では、実効ある経済構造改革を推し進めることにより、投資機会を創出し、経済主体の成長に対する期待を高めていく必要がある。これは、わが国を取り巻く中長期的な経済環境の変化、すなわちグローバルな競争圧力の高まりや高齢化の進展などに対応し、わが国経済社会が今後とも活力を保っていくためにも必要なことである。また、経済構造を改革していく上で、金融の果たすべき役割の大きさを考えると、引き続き金融システムの安定化に向けた施策を実施し、わが国の金融システムに対する内外の信認を高めることと併せ、「日本版ビッグバン」に沿って、競争促進とそのためのインフラ整備を図り、機能や競争力強化の観点から金融システムの再構築を図っていくことが必要である。
以上