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我が国主要産業・企業の為替リスク・エクスポージャーに対する取組みについて

1998年 7月
大山剛

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要約)を掲載しています。全文は、こちら (cwp98j07.lzh 162KB [MS-Word, MS-Excel]) から入手できます。

要約

  1.  為替レートの変動がマクロ経済に与える影響は、我が国の場合外貨建て輸出入比率が高く、また実効為替レートの変動率も高いことから、他の主要国と比べ大きい。一方こうした為替リスクの削減は、企業レベルでみると、収益のボラティリティを抑え企業価値の増大につながるものである。現に我が国の主要輸出産業では、80年代以降現地生産の拡大や海外調達の増加等を進めて来た。但し、最近の企業決算をみる限り、為替レートの変化は企業収益に対し依然大きな影響を与えている。
  2.  我が国主要産業の売上高に占める為替感応部分の比率(為替リスク・エクスポージャー比率)を推計すると、主要輸出産業(特に電気機械)では輸出比率に比べ非常に低い水準となっている。これは、電気・一般機械では、早くからの海外調達比率の引上げや日系メーカーによる海外市場寡占度の高さ、さらには価格転嫁率の高さ等が、また自動車では、円高に対応したコスト削減努力等が影響しているためである。但し、為替リスク・エクスポージャー比率の推移を見ると、80年代半ば以降長期間横這い、ないしはむしろ上昇する傾向がみられる。また、輸出比率がそもそも高水準にあることから、為替リスク・エクスポージャーは依然収益の変動に大きな影響を与えている。
  3.  輸出企業の間では、80年代初頭以降積極的に海外生産や海外調達の拡大を図ったため、結果的に為替リスク・エクスポージャー比率を低水準に抑えることが出来た。但しこうした措置の多くは、概して価格競争力の強化や貿易摩擦の回避等を主目的としたもので、為替リスク・エクスポージャーの削減は副次的効果に過ぎない面が強い。また、80年代後半以降主要輸出産業で高付加価値品や部品等の新たな輸出が増加する中で、海外生産の拡大等の動きは、為替リスク・エクスポージャー比率の一層の上昇を食い止めることには役立ったものの、低下を促すまでには至らなかった。
  4.  為替リスク・エクスポージャーの削減を妨げている要因としては、日本企業同士の海外市場における競合、財務会計上の問題、先行きの外貨建てキャッシュ・フローの不確実性、直先スプレッドの存在、等を挙げる企業が多い。こうした事情の背景には、制度的な問題が存在すると同時に、企業側でも、為替リスクを明確にリスク・ファクターとして認識して来なかったことが影響していると考えられる。また為替リスクの一部を、むしろビジネスチャンスとして積極的に保持する先もあるが、このような動きは必ずしも為替リスク保持のコストと利益を厳密に比較した上での判断に裏付けらたものではないようにみえる。
  5.  仮に企業が為替リスクを中立化していく上で制度的な要因が弊害となっているのであれば、これを取り除く必要がある。具体的には、より広い適用条件を定めたヘッジ会計の導入等が必要となろう。また企業側においても、自らの為替リスクに対する姿勢を主体的に判断し、ディスクロージャー等を通じてこうした姿勢を投資家に明確に示すことで、結果的に企業価値の増大につながるよう努力を行なうことが求められる。これは、現在のように為替リスクに対する取組みが横並びとなる傾向が強く、結果的に為替リスクという一つのリスク要因の動きから主要企業ないしは産業の業績が同じ方向に大きく左右されるような状況を改善するものである。またマクロ経済全体でみても、為替変動に伴い輸出入業種間ないしは貿易・非貿易セクター間の業績格差が拡大するような状況をある程度緩和する可能性を有していると言えよう。