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日本及び米国から東アジアへ向かう直接投資の決定要因と同直接投資が貿易に与える影響について(要約)1

1998年12月
大山剛 2
中村慎也 3

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(日本語要旨)を掲載しています。

本稿の問題意識

東アジアの通貨危機においては、短期資本の急激な移動がその引き金となり、結果的に長期に亘り比較的安定した動きを示すと考えられる海外直接投資(FDI)の重要性を再認識させることとなった。我が国の東アジア向けFDIは80年代後半以降急激に増加したが、米国や欧州に対するFDIとは異なり、為替レートの動きに対し非常に感応的であるとともに、日本と東アジア諸国間の貿易を拡大する効果を持つことがしばしば指摘されている。仮にこうした議論が正しいのであれば、日本から東アジアへのFDIの決定要因を特定化するとともに、それが貿易に対してどのような影響を及ぼすのかを数量的に把握することは、今後の日本と東アジア経済の結び付きを考える上でも重要だといえる。

本稿では以上のような問題意識に基づき、FDIを説明する理論や、最近の日本及び米国から東アジア4へのFDIの動きを概観した後、東アジアに対する日本からのFDIを、米国からのFDIと比較しつつ、様々な角度から分析する。具体的にはまず、東アジア諸国のパネルデータを用いることで、日本及び米国からのFDIのマクロ変数に対する弾力性、さらには日本・米国と東アジア諸国間の貿易のマクロ変数に対する弾力性の相似度合から、東アジア諸国をグループ分けし、その上でFDIを左右するマクロ要因、及び日本・米国と東アジア諸国間の貿易の決定要因を特定化する。次に、変数間の同時性の問題を考慮して、パネル分析で特定化されたグループについて、FDIや日本との貿易を説明変数に含む同時方程式モデルを推計し、 FDIが受入国のマクロ経済や日米との貿易にいかなる影響を与えるかを分析するとともに、日本からのFDIの今後の見通しを示す。

  1. 本稿は、本年11月にメキシコで開催された環太平洋中銀コンファレンスに提出された「The Determinants of Foreign Direct Investment from Japan and the United States to East Asian Countries,and the Linkage between FDI and Trade」(98年11月)の日本語要約である。
  2. 日本銀行調査統計局経済調査課(tsuyoshi.ooyama@boj.or.jp)
  3. 日本銀行調査統計局経済調査課(shinya.nakamura@boj.or.jp)
  4. 本稿では、東アジア諸国として、韓国、台湾、中国、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンの8ヶ国を取り上げる。

FDIに関する理論的説明

伝統的な貿易理論に従えば、FDIを始めとする国際間の資本移動は、異なる諸国間における生産要素賦存量の違いより生じることとなる。もっとも、生産要素賦存量の相違が短期間に大きく変わることがないのに対し、国際間の資本移動の変動は大きく、少なくとも短期・中期の資本移動を生産要素賦存量の相違のみで説明することは難しい。一方、為替レートは生産要素賦存量以外の多くの要因からの影響を受けるが、これは相対的な労働コストの変化を通じて、FDIに対しても強い影響を与えると言われている。

またFDIは、他の資本形態とは異なり、単に生産要素の移動という側面だけではなく、経営面でのコントロールの取得という側面も併せ持つ。これは主に、経営や生産に係る技術・情報等は、市場での適正な評価が困難なため、それらのみを市場で売却することは難しいが、例えば子会社等を通じて同じ組織の中で活用すれば、こうした資源から得られる経済効果を最大限に活用出来るためである。この結果FDIはしばしば、単なる資本の移動のみに終わるだけではなく、その後の進出先と母国との貿易の活発化をもたらすこととなる。具体的には、例えばFDIの目的が受入国の資源開発といった「垂直的統合」の場合、投資国から投資受入国へ当初資本財の輸出が増え、その後原材料の輸入が増えるというパターンが想定されるほか、現地生産や輸出基地化といった「水平的統合」の場合は、資本財や部品等の輸出と最終財の輸入が継続的に生じると考えられる。

日米から東アジアへのFDIの最近の動き

東アジア8ヶ国の資本流入に占めるFDIの割合を見ると、ネットでFDI流出超の台湾・韓国を除き、1994-96年で全体の約49%を占めており、同時期のラテン・アメリカ(32%)に比べかなり高い水準となっている。また東アジアに対する最大の投資国である日本と米国の東アジアへのFDIの動きを見ると、80年代末と1993-94年にかけて急激に伸びている。さらに同様の動きは、日米からのFDI全体に占める東アジア向けFDI比率に関しても確認できる。最後に日米のFDIの構成業種の特徴をみると、日米(特に米国)ともに非製造業のウェイトが高く、電気機械、化学、鉄鋼等がこれに続く形となっている。

パネル分析の結果

  1. 日本からのFDIに関して、東アジア8ヶ国のパネル・データを用いることで、マクロ変数に対する感応度が比較的似た国を検定統計量に基づきグループ分けすると、
    1. 1)台湾・韓国、
    2. 2)シンガポール・タイ、
    3. 3)中国・マレーシア、
    4. 4)フィリピン・インドネシア、
    の4つに分類可能なことが分かった。同グループ分けは、経済の発展段階の違いに比較的応じたものとなっており、日本企業が東アジアへFDIを実行するに当たっては、こうした相手国の経済発展段階を勘案した上で決定していることが示唆される。また、同様のグループ分けは、日本からの輸入、日本への輸出のマクロ変数に対する弾力性、さらには米国からのFDIや米国との貿易の弾力性に関しても、確認することが出来た。
  2. 日本からのFDIは、何れのグループでも、現地通貨の対円為替レートの減価に対し強くプラスに反応している。一方、円-ドル為替レートからの影響については、円高はフィリピン・インドネシアに対するFDIを押し上げるものの、他のグループに対しては目立った影響は見られなかった。またその他の特徴点としては、(1)台湾・韓国向けFDIに日本の稼働率が強く影響しており、これら諸国向けFDIと日本の投資との代替性が強いこと、(2)シンガポール・タイ、マレーシア・中国向けFDIは、現地のGDPから強い影響を受けており、FDIが現地市場の需要開拓を強く視野に入れている可能性が大きいこと、等が明らかとなった。一方米国からのFDIの推計結果をみると、日本の場合に比べ決定係数が低く、対米為替レートに対する反応も非感応であるなど、日本と比べ対照的な結果となっている。
  3. 日本からの輸入は、何れのグループでも、日本からのFDI増加に対し強くプラスに反応している。特にその影響は、他のマクロ変数からの有意な影響が確認出来なかった台湾・韓国において顕著であり、台湾・韓国の日本からの輸入がFDIに代表される構造的な要因から強く影響を受けていることが分かった。一方米国からの輸入は、日本とは対照的に、FDIからの影響が窺われない一方、為替レートや現地需要に強く反応している。またマレーシア・フィリピン・タイの米国からの輸入は、日本からのFDIがある程度押し上げに寄与していることも分かった。
  4. 日本への輸出についても、 現地需要の開拓ないしは第3国向け輸出を企図したFDIが多いと考えられるマレーシア・中国を除き、FDIから強いプラスの効果を受けていることが確認出来た。また、為替からの影響に関しては、主要輸出品が価格に対し比較的非感応的な一次産品であると考えられるインドネシア・フィリピンを除き、所期の結果を得ることが出来た。一方米国への輸出は、為替については日本と同じ結果となったが、輸入同様米国からのFDIの影響は窺えない。また台湾・韓国の米国からの輸入については、日本からのFDIがプラスの影響を与えていることが確認出来た。

マクロ経済変数と日本・東アジア間のFDI及び貿易の関係

  • マクロ経済変数と日本・東アジア間のFDI及び貿易の関係図。詳細は本文参照。

マクロモデルによる推計結果

  1. 変数間の同時性の問題を考慮して、パネル分析で特定化されたグループに関し、FDI、日本との間の輸出・輸入、日本以外の国との間の輸出・輸入、消費、投資の7本の方程式で構成されるマクロモデルを推計し、FDIの決定要因やFDIが日米と東アジア間の貿易に与える影響を分析したところ、推計結果は概ねパネル分析で得られた結果と整合的なものとなった。
  2. 分析結果をやや仔細にみると、日本からのFDIの変動要因については、シンガポール・タイで、対円為替レートの寄与度が大半を占めているほか、韓国・台湾については、対円為替レートと日本の稼働率が、またインドネシア・フィリピンについては、対円為替レートと対ドル為替レートの動きが大きな影響を与えている。
  3. 日本からの輸入の変動については、ほぼ全てのグループで、日本からのFDI、現地需要、対円為替レートの3要因によりその大半が説明できる。一方、日本への輸出の変動については、グループによりやや違いがあるものの、インドネシア・フィリピンを除く何れのグループでも、日本からのFDIが大きな影響を及ぼしている。
  4. 以上で推計したマクロモデルに基づき、足許のデータを用いた上で、日本から東アジアへの今後のFDIの動きを推計すると、韓国・台湾については主に足許の日本国内における稼働率低下の影響から、またインドネシア・フィリピンについては主に98年半ばまでの円安(対ドル)の影響から、暫くは低迷が続くと考えられる。またこうしたFDIの動きは、先に指摘したFDIの貿易拡大効果の裏返しとして、日本と東アジア間の今後の貿易を縮小させる方向に強く作用すると考えられる。

以上