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97年秋以降の金融経済動向についての考察

2000年 1月
早川英男
前田栄治

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(問題意識と要約)を掲載しています。全文は、こちら (cwp00j01.pdf 434KB) から入手できます。

問題意識と要約

  •  周知のように、日本経済は、97年第4四半期から98年第4四半期まで、実質GDPが5四半期連続で前期比マイナスを記録するなど、極めて厳しいリセッションを経験した。確かに、金融財政政策の効果や、アジアを中心とした世界景気の回復から、足許の景気は持ち直しに向かいつつある。しかし、この間のリセッションは、戦後の日本経済では例をみない程厳しいものであったし、現状も、民間需要の自律的回復がみられるまでには至っていない。しかも、そうした景気展開に関しては、97年秋以降の大手金融機関の経営破綻に伴って発生した金融システムの動揺が、極めて大きな影響を及ぼした点に特徴が求められる。この結果、景気循環の性質についても、従来にみられなかったような幾つかの現象が生じている。
  •  その一例を挙げると、97年末からの景気の悪化局面では、民間銀行の与信能力の低下を背景とした設備投資の減少、とりわけ中小企業設備投資の落ち込みが大きく影響したが、そうしたなかで、マネー(とくにマネタリー・ベース)の伸びはむしろ高まるという逆説的な現象が生じた。他方、最近は、鉱工業生産が回復し、企業マインドも改善するなど、実体経済面では明るい動きがみられるなかで、マネーの伸びはやや鈍化してきているように窺われる。このように、過去2年間のマネーと実体経済の関係は、一見したところ、従来のオーソドックスな経済理論では理解しにくい動きとなっている。また、通常は安定的に推移すると考えられる家計の貯蓄率が、金融システム不安の高まりとその鎮静化によって、大きなスウィングを示したことも、この2年間の特徴的な現象であった。さらに、これはむしろ幸運な誤算と言うべきかも知れないが、98年中の大幅なマイナス成長(通常は急速な需給ギャップ拡大を意味する)や、賃金の下落にもかかわらず、このところ物価の下落が止まりつつあることも、もう一つの予期し難い出来事であった。
  •  金融市場に眼を転じても、97年秋から98年中は、翌日物レートとターム物レートの大幅な乖離、国債と社債、あるいは社債間の格付けによる利回り格差拡大、さらにはジャパン・プレミアム拡大といった、各種のリスク・プレミアム拡大が大きな特徴となった。逆に今春以降は、こうしたリスク・プレミアムが、程度の差はあれ縮小してきている。さらに、インターバンク市場においては、日本銀行が「ゼロ金利政策」という異例の対応を採るなかで、供給された資金が、準備預金ではなく、インターバンク市場の仲介者である短資会社の手許に積み上がるといった、事前には予期されなかったような現象が生まれている。
  •  このように、過去2年間余りのわが国金融経済の動きには、従来の経験や教科書的な経済理論によっては、理解しにくいような事象が幾つかみられてきた。また、金融と実体経済のインタラクションが従来以上に強く働いてきた点についても、必ずしも十分には整理・理解されていないように窺われる。それだけに、金融政策を巡る議論も、ある意味で混乱しているように感じられる。
  •  これらを踏まえると、97年秋以降の金融経済の動きをレビューするとともに、その間の出来事について実証分析や経済理論を踏まえて整理しておくことは、「金融システム・ショックが、日本経済にどのような影響を及ぼし、現在日本経済で何が起きているのか」を理解する上で、きわめて意義深い作業であると考えられる。以上の問題意識から、本稿では、まず、過去2年間の日本の金融経済動向をクロノロジカルにレビューする。その後、これまで調査統計局のスタッフが行ってきた様々な実証分析などを用いて、主に、(1)マネーと実体経済の関係、(2)需給ギャップと物価の関係、という2つのパズルについて若干の検討を加えることとしたい。
  •  予め、本稿の内容を要約すると以下のとおりである。
    • (1) 97年秋に生じた金融システム・ショック後の実体経済の展開は、金融面の動向ときわめて強いインタラクションを持つものであった。金融システム・ショックは、消費者心理の萎縮を通じて個人消費を減少させ、民間銀行の貸出姿勢の慎重化などを通じて設備投資を大幅に減少させた。とくに、98年後半にかけては、世界的な信用リスクの高まりもあって、実体経済の悪化と金融の逼迫が「負の連関」を生み出す状況となった。もっとも、99年入り後は、金融不安の後退などから、消費者心理が改善し、企業金融の逼迫感も後退するなど、逆方向の動きがみられている。
    • (2) その間のマネーと実体経済の関係をみると、98年中は、実体経済が落ち込む下で、マネーの伸びが高まった一方、99年に入ると、実体経済が持ち直す下で、マネーの伸びが鈍化してきている。このように両者の関係は、過去2年間、従来と大きく異なる動きを示した。
    • (3) こうした現象を整合的に理解する一つの考え方は、金融不安の高まりが予備的需要という形での流動性需要増加をもたらすというものである。その場合、金融システム・ショックが生じた時には、IS曲線は、(1)でみたように左にシフトするが、同時に予備的なマネー需要の増加によって、LM曲線もそれ以上に左にシフトし、金利に上昇圧力を掛けることとなる。この結果、実体経済は大きく落ち込むこととなるが、(予備的マネー需要の増加が大きければ)マネーはむしろ増加することもあり得る。97年末から98年にかけては、以上のような現象が生じた可能性がある。一方、99年については、金融不安の後退から、LM曲線が(およびIS曲線もある程度)右にシフト・バックしたことが、金利低下、および景気の持ち直し方向に働いたが、予備的流動性需要の鎮静化によって、マネーの伸びはむしろ鈍化したと考えることができる。以上のような解釈は、実証分析によっても一定のサポートを与えることができる。
    • (4) 金融政策面では、98年中は、予備的需要の増加に応える形で資金供給を行い、金利全般の抑制(LM曲線の左シフトの阻止)に努めたが、金融システム・ショックの下での銀行の信用創造機能の低下、および金融市場での各種プレミアム拡大によって、その効果は部分的に減殺されざるを得なかった。これに対し、99年に入ると、金融不安の後退に伴い予備的需要が減少するなかで、従来以上に潤沢な資金供給を行っている結果、金利は一段と低下し(LM曲線の右シフトが促進され)、金融市場での各種プレミアムも縮小してきている。その意味で、本格的に金融緩和効果が働き始めたと考えることができる。
    • (5) 物価動向については、需給ギャップが拡大し、賃金が低下しているにもかかわらず、大幅な下落がみられていない。この背景としては、金融システム・ショックをきっかけに企業が収益率重視の価格設定行動を採るようになっていることや、そもそも伝統的な手法に基づいた需給ギャップの推計が過大な結果となっていることが、考えられる。