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国民負担率と経済成長

−OECD諸国のパネル・データを用いた実証分析−

2000年 2月
古川尚史
高川泉
植村修一

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

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以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp00j06.pdf 159KB) から入手できます。

要旨

  •  過去、わが国において、財政再建や財政構造改革を進める際、「国民負担が高まると経済の活力が失われる」ことが理由一つに挙げられ、「国民負担率を50%以内に抑える」ことが目標とされてきた。しかし、そもそも「国民負担率」自体は理論的背景をもった概念ではなく、その経済的な意味合いについて、実証結果をも踏まえて正確に認識されてきたとは言い難い。
  •  日本の高齢者(65歳以上)人口割合は、現在の10%台半ばから、2015年には25%程度まで上昇する見通しであり、日本の高齢化のスピードは、先進国の中でも際立っている。これまでの各国の経験では、高齢化が進めば、政府の社会保障支出が増大し、国民負担(税負担+社会保障負担)が膨らむ傾向にある。
  •  国民負担率の上昇が経済成長に影響するかどうかについては、かねてより議論があり、影響があるとする見方の主な根拠は、社会保障にかかる負担や給付の増大が、(1)個人の就業インセンティブを低下させ、労働供給の減少をもたらす、(2)家計貯蓄率の低下をもたらし、資本蓄積を阻害する、の2点である。
  •  しかし、経験則として国民負担率と経済成長との間に何らの相関もみられないのであれば、議論の余地にも乏しいと言わざるを得ない。このため、本稿では、OECD諸国の1960-96年のパネル・データ(異時点間にわたるクロス・セクション・データ)を用いて、対名目GDP比でみた「国民負担率」および「潜在的国民負担率」(=国民負担率に財政赤字を加えた概念)と経済成長率の関係について、改めて検証した。分析にあたり、まず、データのプーリングによる単回帰を行い、両者に有意に負の相関があることを確認したが、決定係数は極めて低く、両者の関係を明確にとらえることはできなかった。
  •  次に、景気循環によるフレを除くため、各国の時系列データに後方5期の移動平均をかけ、その上で、パネル分析(固定効果モデル)を行った。パネル分析とは、国毎の属性を変数(「個別効果」)としてコントロールする計量分析手法である。
  •  パネル分析では、国民負担率、潜在的国民負担率と成長率との間でより明確に負の相関がでるだけでなく、プーリングによる推計とかなり異なるパラメータが得られた。これによると、国民負担率が1%上昇すれば成長率は0.30%低下し、潜在的国民負担率が1%上昇すれば成長率は0.27%低下する。
  •  国民負担の増大が経済成長に影響を与えるとされる二つの経路のうち、労働供給との関係について検証したが、国民負担率および潜在的国民負担率ともに労働力率との間で有意な関係はみてとれなかった。
  •  次に、国民負担の増大が資本蓄積を阻害しているかどうかみるため、国民負担率および潜在的国民負担率を説明変数、一人当たり資本ストックの伸び率を被説明変数とするパネル分析を行った。結果は、国民負担率が1%上昇すると資本ストックの伸び率が0.41%低下、潜在的国民負担率が1%上昇すると資本ストックの伸び率が0.36%低下することが示された。加えて、資本蓄積に影響を与えると考えられる家計貯蓄率との関係をみたところ、国民負担率、潜在国民負担率と貯蓄率の間には有意に負の相関があることがわかった。
  •  以上の結果は、一見、国民負担率の上昇→貯蓄率の低下→資本蓄積の阻害→成長の制約というメカニズムの存在を示唆しているように思われる。したがって、経済的に意味のある概念として国民負担率を議論する余地のあることが改めて確認されたと言える。しかし、国民負担率と経済成長との間に、前者が原因で後者が結果となる形での因果関係が存在することを明らかにするためには、各国の実情を踏まえ、「限界的な所得と余暇の代替効果」や「社会保障と貯蓄の代替効果」等に関する、さらにきめ細かな分析が求められよう。
  •  なお、本稿の分析によれば、国民負担率と成長率に関する個別効果(=国毎の異質性)の存在が確認されたことから、国民負担率の「レベル」に関する横並びの比較には注意が必要である。すなわち、国際比較の観点からではなく、あくまでわが国において国民負担率が「50%」にまで上昇することの意味合いについて、検討されなくてはならないと考える。