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日本銀行の金融調節の枠組み

(本文その1)

1.はじめに

 近年、市場参加者、アナリスト、マスコミ等の方々から、金融調節についての質問が寄せられ、あるいは報道されることが大変多くなっています。本稿は、そうした方々を含め、なるべく多くの皆様に日本銀行の金融調節について理解を深めていただくことを願って、日本銀行の金融政策運営における金融調節の位置付けや、現時点における実務的な枠組みなどについて、筆者個人の理解に基づき解説を試みたものです。
  以下では、2.で現在の金融調節の位置付けを、3.で金融調節の実務的な枠組みを解説します。その後、4.では、ゼロ金利政策実施以降金融調節に関して寄せられた疑問点等について説明を試み、5.では、そうした点も踏まえ、今回(2月14日)日本銀行が発表した金融調節関連情報の公表方式の見直し措置を紹介します。最後に6.で今後の課題を述べて結びとします。2

  1.  2 本稿中の金融調節実務に関する記述は現時点でのもので、あり得べき誤りは、すべて筆者個人に帰属します。また、文中の意見は筆者個人に属し、必ずしも日本銀行または金融市場局の見解ではありません。

2.金融調節とは何か

(1)金融政策と金融調節

 日本銀行は、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資するため、金融政策を遂行しています。日本銀行の金融政策スタンスは、政策委員会の金融政策決定会合3で議論のうえ、決定されます。金融政策手段には、大別すれば、(a)公開市場操作、(b)公定歩合操作、(c)預金準備率操作の3つがあります。かつては、公定歩合操作が金融政策の中心手段でしたが、現在では、公開市場操作——中央銀行が、市場で行う債券や手形の売買等——による市場金利の誘導が中核的な政策手段となっています。このように、日本銀行が、金利の適切な誘導を目的として、公開市場操作などを用いて金融市場における資金量の調整を行うことを、金融調節と言います。

  1.  3 政策委員会は、日本銀行総裁、2名の副総裁および6名の審議委員より構成され、日本銀行の政策や業務全般にかかる重要事項を決定します。そのうち、金融政策の基本事項については、「金融政策決定会合」という特別な会合で決定されます。金融政策決定会合は、月1〜2回開催され、(1)政策委員のほか、政府からも出席する、(2)会合の決定事項が直ちに公表されるほか、会合における議論の概要が「議事要旨」として約1か月後に公表される、という仕組みとなっているのが特徴です。

(2)金融市場調節の基本方針

 金融政策運営の基本方針は、政策委員会の金融政策決定会合により、会合の都度、「金融市場調節方針(ディレクティブ4)」として決定され、直ちに公表されます。現在の金融市場調節方針は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)が**%程度で推移するよう促す」といった形で、具体的な金利誘導水準を示しています5。このように、ある特定の金利を一定水準(または範囲)に誘導することを金融政策運営上の目標とする方式を、「金利ターゲット方式」と言います。金融調節の担当部署である金融市場局は、このディレクティブに基づいて、金利を目標どおりに誘導するため、日々の金融調節の金額や方法等を決定し、市場参加者に通知・入札のうえ、資金の供給・吸収を行います。

 市場金利の誘導対象として、無担保コ−ル市場の翌日物金利を採用していることには、3つの理由があります。第1は、同レートは、中央銀行にとってコントロールできる可能性が高いことです。無担保コール市場における翌日物取引は、銀行等の金融機関が当日の資金過不足を最終的に調整し合うための取引であり、そこに市場全体の資金需要の強弱が反映されます。また、翌日物取引は、取引期間が極めて短いため、先行きの金利動向や経済動向等に関する市場参加者の期待が金利形成に影響する度合いが長めの金利に比べると小さく、主に資金の需給関係で金利が決まります。従って、コール市場での資金需要に対し、日本銀行が資金供給の量を調整することにより、金利水準の誘導を比較的容易に行うことが可能なのです。第2に、長めの金利は、金利形成上、市場参加者の期待に影響される度合いが大きくなります。こうした長めの市場金利の動きから、市場参加者の期待や金利観の変化を読み取ることは極めて重要であるため、長めの金利形成はできるだけ市場メカニズムに委ね、金利誘導の対象は翌日物金利とすることが望ましいと考えられます。第3に、無担保コールの翌日物金利は、最も短い期間の金利であるため、コール市場やその他の市場におけるより長めの金利形成の基準とされるという特徴があります。日本銀行は、このような特徴のある翌日物金利をコントロールすることにより、金利裁定を通じて、より長めの金利形成にも影響を与えることができます。

  1.  4 政策委員会の金融政策決定会合で金融市場調節方針が決定されると、政策委員会から執行部に対して、同方針に基づき金融調節を実施するよう指示が行われます。従って、金融市場調節方針は、しばしば「ディレクティブ」と称されます。
  2.  5 なお、2000年2月現在のディレクティブは、いわゆるゼロ金利を目標とするもので、「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)をできるだけ低めに推移するよう促す」という表現となっています。金利水準を「ゼロ%」という形で特定していませんが、市場では、コール取引の仲介コストを勘案した事実上の最低取引金利(現状では0.02%程度)を示すとの解釈が定着しています。

(3)金融調節の役割

 このように、日本銀行の金融市場調節の基本方針は、政策委員会の金融政策決定会合によって定められます。しばしば、「本日の金融調節ではいつもよりも供給額が増えましたが、これは一層の緩和への政策方針の変更ですか?」といった質問を受けたり、そうした趣旨の観測記事が掲載されますが、日々の金融調節において政策スタンスを示すというようなことはありません。金融調節は、その時点でのディレクティブを達成するために行われるものであり、日々の金融調節額の増減自体に政策的な意味はありません。

 もっとも、過去を振り返ってみますと、金融市場調節の基本方針は、常に特定金利の誘導水準をピンポイントする形で公表してきた訳ではありません。日本銀行が、公定歩合操作よりも、金融調節による短期市場金利の誘導を重視し、かつ誘導目標について対外的に発表するようになったのは、1995 年3月の短期金利低め誘導からです。その当時の対外公表文は、「市場金利は、平均的にみて現行公定歩合をある程度下回って推移することを想定している」(1995年7月7日政策委員会決定)といった表現であり、誘導対象とする市場金利(ターゲット金利)の種類を特定していないほか、誘導水準をピンポイントでは示していませんでした。こうした幅のある誘導目標の下では、日々の金融調節が、短期金利の誘導レンジを示すシグナルとして受け取られることもありました。

 しかし、現行のディレクティブは、無担保コール市場における翌日物金利の誘導水準を具体的に示しているため、ある時点の市場金利が誘導水準より高いか低いかは誰の目にも明らかであり、日々の金融調節によって、翌日物金利の許容範囲に関するシグナルを市場に送る必要はありません。従って、現在の金融調節は、「ターゲット金利が誘導水準を上回る場合には資金供給量を増やし、逆の場合には減らす」、という(概念的には)極めてシンプルな操作を行うものです。この点は、FRB(米国連邦準備制度)やECB(欧州中央銀行)など、当面の金融政策スタンスをターゲット金利の誘導水準としてピンポイントで公表している海外中央銀行と、基本的に同様です6

  1.  6 米国FRBでも、1995年7月に、FOMCが定める翌日物金利の誘導水準をピンポイントの形で公表しましたが、それ以降、市場では、NY連銀の行う日々の金融調節の微妙な変化から金融政策スタンスの変化を読み取る必要性がなくなったと言われているようです。