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日本銀行の金融調節の枠組み

(本文その3)

3.金融調節の実務的枠組み

(5) 金融調節による資金供給量の決定

 以下では、先に述べたような資金需要の状況および日銀当座預金残高の増減要因の予測を踏まえ、日本銀行が、金融調節による資金供給(吸収)の量を決定するプロセスについて説明します。

A.日銀当座預金残高の変動を相殺するオペレーション

 日本銀行が、金融調節による資金供給量を決定する際の最もオーソドックスな手法は、銀行券や財政要因の変動に伴う資金過不足を相殺し、日銀当座預金残高の増減が生じないようにすることです。上述のとおり、日本では、銀行券要因、財政要因とも、季節的な変動が極めて激しいのが特徴です。このため、金融調節では、日々あるいは季節的な資金過不足を均すようにオペレーションを行うことが多くなります。例えば、ある月の2日に法人税の納付に伴う資金不足があり、翌月の15日に年金の支払による資金余剰が予想されているとします。この場合、当月2日にスタートする資金供給オペレーションを実施するとともに、そのオペレーションの資金返済期日を翌月15日に設定することにより、予め、先行きの資金余剰見込み額の吸収も行っておくのです。このような季節的な資金過不足を均すためのオペレーションは、主に先日付スタートで実行することが多く、そのうえで、最終的な資金供給額の調整を、即日スタートのオペレーションで行います(詳細はB参照)。

B.即日スタートのオペレーションによる最終的な資金供給額の調整

 当日は、銀行券要因や財政要因の予測に基づく資金過不足額の見込みと、前日までにオファー済みのオペレーションの金額(先日付オペの新規実行額および実行済オペの期落ち額)をネットアウトし、日銀当座預金残高の増減見込み額を把握します21。こうした日銀当座預金残高の増減見込み額に、即日スタートのオペレーションの金額を加えたものが、当日の資金供給額となります。日本銀行は、金融機関からのヒアリングや、当日朝のコール市場における調達・運用レートの動き等から資金需要の状況を勘案したうえで、即日スタートのオペレーションによる資金供給額を決定し、9時20分に、その金額を市場に通知します。即日オペレーションによる資金供給量を、資金需要に対し多め/少なめに調整することによって、無担保コール翌日物金利をディレクティブに沿った水準に誘導することができるのです。

 このように、日本銀行は、先日付スタートのオペレーションと即日スタートのオペレーションを組み合わせて、短期的な資金供給を行っています。

  1.  21 当日の資金過不足額の予測と、オファー済みの金融調節の金額(新規実行額および期落ち額)は、前日の17時30分頃、金融市場局から公表されます。従って、即日スタートのオペレーション実施前の当座預金残高の増減見込み額は、事前に把握できるようになっています。

C.長期的な資金供給——長期国債の買切りオペレーション

 先に述べたように、銀行券要因や財政要因は、短期的には季節性等を反映して変動しますが、経済規模や決済規模の拡大等に伴い、銀行券に対する需要は、長期的には増大していきます。このような長期的な資金需要に対する資金供給には、期間の長いオペレーションを使用するのが自然であると考えられます。日本銀行では、こうした考えの下で、長期国債の買切りオペレーション(国債買入オペ)の金額を、長い目でみた銀行券の増加ペースにほぼ見合うように決定しており、2000年2月現在では、1回当り2000億円の国債買入オペを、月2回の頻度で実施しています。仮に、長期的な資金需要に対し、短期の資金供給オペレーションだけで対応しようとすると、短期オペレーションの実行回数が極めて多くなり、入札回数やオペ対象証券の受渡し回数が増大するといった問題が生じるほか、オペレーションの本数を抑制するために、1回当りの短期オペレーションの金額を大幅に引上げると、オペレーションの入札に十分な応募が集まらず、円滑な資金供給を行えないおそれがあるなど、実務的にみても非効率です。逆に、長期国債の買切りオペレーションの金額が過大になると、短期のオペレーションによる資金供給額がマイナスになるケースが多くなり、資金吸収オペレーションにかかる負担が大きくなってしまいます。

D.金融調節による資金供給額の多寡の見方

 それでは、金融調節による資金供給額の多寡は、どのようにしてみるのでしょうか。これには、国によって(あるいは1国の中でも)様々な方法がありますが、いずれも幾つかの仮定を置いた目安であり、これが絶対というものはありません。まず、金利ターゲットを採用している国では、その時々の市場で成立しているターゲット金利の水準が有効な尺度になると思います。これが中央銀行の誘導水準から乖離していなければ、資金需要に対して適切な資金供給が行われているとみることができるからです。このほか、先に述べた法定準備需要を資金需要とみなし、それとの関係で資金供給をみることがあります。例えば、(a)積み期間中の法定所要準備額の1日当り平均値に対して、実際の準備預金残高がどれだけ多いか少ないかをみる方法や、(b)積み期間中の積みの進捗ペース22でみる方法などです。

 従来、日本銀行では、法定所要準備額を尺度としつつ、上記とは異なる手法も用いてきました。前述のように、日本では、準備預金制度に基づく法定準備の金額の方が、資金決済需要よりも大きいことが多いのが通常です。また、準備預金には付利されないので、準備預金制度の対象先金融機関は、通常時には、法定準備需要を充足するためだけに日銀当座預金残高を保有すると考えられます。日本銀行は、このことを前提に、日々の資金供給額の多寡を、その時点での法定準備需要——具体的には残り所要額23——との対比という形で算出し、当日の定例金融調節通知時に公表しています。ただし、この手法は、ゼロ金利政策実施以降、有効性が低下しており、2000年2月に、公表方式の見直しを発表いたしました。詳細は、第章で説明しますが、ここでは、「残り所要額対比」方式の考え方を、解説しておきます。

 この方式では、金融調節による資金供給額(即日スタートのオペレーション実行後の準備預金残高見込み)が、その積み期の残り所要額を上回る(下回る)場合、その乖離幅を「積み上幅」(積み下幅)と言い、両者が同額の場合には、「中立的(リザーブ・ニュートラル)」と言います。「積み上」(積み下)を形成する金融調節を行うと、準備預金の積み立てのペースが早まり(遅くなり)、残り期間での法定準備需要が減少(増大)します(積み上<下>幅の計算式等はBOX2参照)。

 当日の資金供給量をどの程度にするかは、当日の資金需要の動向と、その翌日物金利への影響を勘案のうえ、翌日物金利がディレクティブで定められた誘導水準に対し、どのように変化するかの見通しに依存します。資金需要の把握に当たっては、積みの進捗状況による法定準備需要のモニターのほか、先に述べたように、資金決済需要等が資金需要に大きく影響する日もあるので、コール市場での出し手と取り手の運用・調達希望レートの状況等も勘案しなければなりません。いずれにせよ、冒頭述べたように、現行の金融政策の枠組みの下では、日々の金融調節は、翌日物金利をディレクティブに定められた水準に誘導するために行うものです。積み上(下)幅は、単に金融調節による資金供給額の多寡をみるひとつの尺度に過ぎず、それ自体に何らの政策的なメッセージを含むものではありません。従って、ディレクティブが同じである限り、日々の金融調節における資金供給量の変化が、金融調節方針の変更であることはあり得ません。

  1.  22 日割り進捗率と実際の積み進捗率とを比較する方法。日割り進捗率とは、積み期間中、毎日同じ残高を維持するように準備預金を積んだ場合の、t日目の積みの進捗率(t/積み期間中の日数)を指します。実際の積み進捗率とは、積み初日からt日目までの準備預金残高の累計額を、法定所要積数で除した数値を指します。例えば、積み期間が30日とすると、15日目の日割り進捗率は50%となります。法定所要積数が120兆円(1日平均4兆円)として、15日目までの実際の積みの累計額が60兆円であれば、実際の進捗率は50%となり、「平均的」な積みペースとみられます。実際の進捗率が50%より高ければ、「早い」ペース、低ければ「遅い」ペースとみられます。
  2.  23 「準備預金の残り所要額」とは、準備預金制度の対象金融機関が、積み期間(当月16日から翌月15日)の法定所要準備額の積み立てを行うために、翌営業日以降積み最終日までに日銀当座預金に保有しなければならない金額の1日あたりの平均値を指します。

<BOX2> 積み上(下)幅の計算方法

 「積み上(下)幅」=「即日オペ実施後の準備預金残高(RE)」−「翌日以降の残り所要額(RR)」

RE=前日の準備預金残高+当日の資金過不足見込み+「当日の金融調節増減(OMO)」

RR=(当日以降の残り所要準備積数−RE)/残り積み日数

OMO=実行済みのオペの期落ち額+前日までにオファーした先日付オペのスタート額+当日オファーした即日オペのスタート額

準備需要(RD)≒RR、準備供給(RS)≒REと仮定すると、

積み上調節(RE>RR)の場合、RS>
積み下調節(RE<RR)の場合、RS<RD