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最近の家計貯蓄率とその変動要因について

— 総務省「全国消費実態調査報告」(1999年)・日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」(第11回・2000年9月)の分析から —

2001年 5月
肥後雅博
須合智広
金谷信

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j04.pdf 358KB) から入手できます。

要旨

 本稿では、総務省統計局「全国消費実態調査報告」(1994年および1999年)の集計データを用いて最近の家計貯蓄率の動向を年齢階層別・収入階層別に分析を行った。さらに、日本銀行情報サービス局「生活意識に関するアンケート調査」(第11回・2000年9月)の個票データを用いて、どのような要因が家計の消費・貯蓄行動に影響を与えているかを分析したものである。

 予め、本稿の要旨を整理すると以下のとおりである。

 まず、「全国消費実態調査報告」の分析の結果は以下のとおりである。

  1. 勤労者世帯ならびにそれ以外の世帯の合計である全世帯ベースの貯蓄率は、1984年から1994年までは上昇したが、その後1999年にかけてほぼ横ばいに推移している。これは、勤労者世帯の貯蓄率は「家計調査」と同様に1994年以降も上昇しているが、勤労者以外の世帯では、自営業の経営悪化などによる所得の減少、失業者増などにより、貯蓄率が低下しているためである。
  2. 年齢階層別の貯蓄率をみると、60歳以上では自営業の経営悪化などにより可処分所得が減少し、貯蓄率が低下している。50歳代は貯蓄率がほぼ横ばいである。一方30〜40歳代では可処分所得よりも消費支出の減少率が大きく、貯蓄率が上昇している。30歳未満については可処分所得が減少する一方で、消費支出が堅調に推移したため、貯蓄率が低下している。また、収入階層別では、どの収入階層でも貯蓄率は上昇している。もっとも、1994年から1999年の間に、(貯蓄率の水準が低い)低収入階層のシェアが高まったため、貯蓄率の押し上げ効果は相殺されている。

 家計貯蓄率が高止まりしている原因について、「生活意識に関するアンケート調査」の個票分析からは以下の結果が分かった。

  1. 将来の可処分所得に対する不確実性が高まると消費支出を削減する傾向が存在する。「生活意識に関するアンケート調査」の分析から、雇用や処遇に対する不安、将来の年金給付に対する不安・介護に関する不安、金融システムに対する不安、を持っている家計のうちで消費支出を削減している比率が、不安を持たない家計のうちで同様に消費支出を削減している家計の比率よりも(有意に)高い。このうち、金融システムに対する不安は、各種の金融システム対策の効果もあり一時に比べると沈静化しているが、雇用・処遇に対する不安は根強いものがある。また、年金給付に対する不安、介護に関する不安については、年金改革の実施、介護保険の導入といった政策努力は現時点では人々の不安の改善には十分寄与していない。
  2. 住宅資産価値の下落による家計のバランスシートの悪化が、消費支出の削減、貯蓄率の押し上げに寄与している。住宅ローンの返済増が貯蓄率の引き上げに寄与しているほか、住宅ローンを持ち「資産と負債のバランスが崩れて不安を抱えている」と回答する家計では、消費支出を削減している比率が高い。このようにバランスシートが悪化していると家計が認識するか否かが家計行動に大きなインパクトをもたらす。
  3. 物価の変動と消費支出行動との関係をみると、「物価が下落している」ならびに「物価が上昇している」と感じている家計では、消費支出を削減している比率が高くなっている。これは、物価の安定が消費支出を押し上げるのに最も望ましいことを示している。現時点では、物価が安定していると認識している家計が多く、物価が下落していると感じる家計は少数であるが、「物価下落期待」の高まりが消費支出の先送りに繋がる可能性があるため、今後の動向には注意を払う必要がある。
  4. 減税や公共投資などの財政政策の発動が、消費の減少に繋がるという中立命題と整合的な動きはみられない。むしろ追加的な減税に対する根強い期待が存在する。しかしながら、公共投資の有効性に否定的な意見が肯定的な意見を上回るなど、財政政策の有効性についての人々の認識は徐々に否定的なものに変わりつつある。