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わが国株式投資信託の需要構造について

動学的資産選択に基づく設定・解約行動分析

2002年 4月 4日
田中寛厚*1
馬場直彦*2

日本銀行から

日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは、金融市場局スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、学界、研究機関などの関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融市場局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問合せは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (kwp02j03.pdf 624KB) から入手できます。

  1. *1日本銀行 金融市場局 金融市場課 e-mail: hiroatsu.tanaka@boj.or.jp
  2. *2日本銀行 金融市場局 金融市場課 e-mail: naohiko.baba@boj.or.jp

(要旨)

 本稿は、わが国株式投資信託に関する投資家の設定・解約行動について理論・実証両面から分析を試みたものである。まず理論モデルとしては、取引コストが存在する下での投資家の異時点間における(inter-temporal)動学的な意思決定モデルを採用した。これにより、投信売買時に発生する設定・解約コストや収益率に関する不確実性が、各期ごとに(single-period)独立して意思決定を行うことを前提としている通常のCAPMでは想定されない「投資決定を先送りするオプション(=待ちのオプション)」価値を変動させることを通じて、投資行動に影響を与えることが明らかとなる。モデルに基づいてシミュレーションを行ったところ、投信の保有比率に特に大きな影響を与える変数は、(1)投信の期待収益率(及び負の収益率と認識できる信託報酬率)、(2)販売手数料や信託財産留保金、(3)収益率の不確実性であることがわかった。とりわけ不確実性の増大は、設定率のみならず解約率をも引き下げる方向に作用すること、数%の販売手数料や信託財産留保金は、収益率の不確実性と相俟って、投資家の最適な投信保有量を数%〜10%のオーダーで変化させ得ること等、通常のCAPMからは導くことができないインプリケーションを得ることができた。またこれまで、設定・解約コストの効果を考える際に、投資家が投信を保有する期間を外生的に与え、その期間にわたって均等割するという手順がとられてきたため、投資期間が長ければ長いほど、その効果は過小評価されてしまうという問題点があった。この点、本稿モデルでは、無期限の投資ホライズンを想定していながら、投資家の設定・解約頻度を内生化したうえで、設定・解約コストの効果を評価している等、理論的な改善が図られている。株式投信が販売サイドの思惑から、短期売買に過度に傾斜してきたとされる歴史的経緯の反動もあって、最近は短期的な相場変動の過大評価を回避すべく、長期投資のメリットが過度に強調されているきらいがある。しかし、真に理想的な投資家像とは、単に長期的に保有し続けるだけの投資家ではなく、長期的な観点からコストを正しく認識した上で、常に適切なリスク資産ウェイトを勘案しつつ、機動的なポートフォリオ調整を実行できる投資家であろう。その意味で、本稿モデルは、資産運用時代における1つの理想的な投資家像を表現したものとも言えるかもしれない。

 さらに本稿では、個別投信の日次の設定額・解約額データからパネル・データ・セットを構築し、わが国株式投信の需要行動に上述した動学的最適化の特徴が確認できるか実証的な検討を加えた。その結果、2000年半ば以降の限定的なサンプルによる推計ではあるが、少なくとも当該期間においては、概ねモデルが想定する合理的な投資行動が実践されていることを確認できた。この結果は、効率的な資産運用に対する意識が需要・供給サイド双方に共有されつつあり、販売会社本位の需要構造が改善に向かう気運を捉えたものかもしれない。また、本稿の分析結果を基に考えると、足許の株式投信低迷は、収益率の悪化、不確実性の増大、手数料の高止まりといった環境の中で、投資家が設定を合理的に先送りしていることにより生じていると解釈することも可能である。

キーワード:
株式投資信託、動学的資産選択、手数料、不確実性、パネル分析