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事業再生におけるバイアウト・ファンドの役割
—事業再生研究機構・日本銀行共催セミナーにおける議論の概要—

本稿は、2002年 9月 3日に行われた事業再生研究機構および日本銀行の共催セミナー「事業再生におけるバイアウト・ファンドの役割」でのパネルディスカッションの概要を、事業再生研究機構の理事である筆者がとりまとめたものである。

2002年10月23日
大澤真*

日本銀行から

日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは、金融市場局スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、学界、研究機関などの関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融市場局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問合せは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

  • 日本銀行金融市場局 E-mail:makoto.oosawa@boj.or.jp

はじめに

 日本銀行は2002年 9 月3日、事業再生研究機構1と共同で「事業再生におけるバイアウト(以下BOと略)・ファンドの役割」についてのセミナーを開催した。本セミナーでは、世界各国のファンドに分散投資を行っているファンド・オブ・ファンズの一つである英国パンテオン社のリーバス取締役と事業再生研究機構理事である筆者の共同司会の下で、わが国BO市場で活躍中の専門家4名の方々2とのパネルディスカッションが行われた。本稿ではその概要を紹介することとしたい3

  1. 事業再生研究機構(代表理事:高木新二郎獨協大学教授、伊藤眞東京大学教授)は、倒産・事業再生の研究者・実務者間の意見・情報交換、国際協力の促進等を目的として、2002年 3月16日に設立。金融機関、ファンド、コンサルタント、行政・司法当局(法務省、経済産業省、金融庁、最高裁判所)の実務者および弁護士、学者等が会員となっている。詳しくは、事業再生研究機構ホームページ<外部サイトへのリンク>をご参照頂きたい。
  2. パネリストは、以下の4名の方々。
    • 松木伸男氏(代表取締役マネージングパートナー, MKSパートナーズ)
    • Mr. William Ho(Director, CVC Asia Pacific
    • 根本修一郎氏(Executive Director, Olympus Capital
    • Mr. Lee Daniels(President, Newbridge Capital Japan
  3. なお、本稿は、「事業再生研究機構 ニューズレター」第1号に掲載された記事を加筆したものである。

成熟するBOファンドとその経済効果

 プライベート・エクイティ・ファンドの一種であるBOファンドは、グローバルベースで見ると90年代初頭の5倍の規模に成長している。またその価値創造スタイルは、投資先企業の借入金削減を中心とする財務リストラや循環的な株価変動だけに依存する(株価の安い局面で投資を行い、高い局面で売るような投資スタイルをとる)のではなく、事業効率全体の改善や個々のビジネス拡大によって中長期的な企業価値の最大化を実現しようというより成熟した形に進化を遂げてきている。

 過去20年間のBOファンドの投資パフォーマンスは、S&P500の4%強もアウトパフォームしており、また欧州のサーベイ調査によれば投資先企業の雇用、投資にも大きなプラスの効果をもたらしている。また、米国BO市場において、ファンドと企業スポンサー(前者をfinancial buyer、後者をstrategic buyerという)の投資先企業のパフォーマンスを比較すると、ファンドの投資先のパフォーマンスが圧倒的に勝っているという調査結果も示されている。このようにBO市場におけるBOファンドは、投資家だけでなく、投資先企業にも大きなメリットをもたらすことが欧米市場では共通認識となってきている。

 わが国のBO市場は、90年代後半以降、金融再編とグローバリゼーション下における企業のノン・コア事業からの撤退という2つの推進力を背景に拡大し始めており、取引規模10億円以上の案件が99年以降約30件成約するに至っている。

BOファンドの具体的活用例と成功の鍵

 BOファンドを活用するケースとしては、(1)同族経営が続く企業をバイアウトし、資本面及び人事面で同族色を排除した経営体制を整備するケース(この場合には雇用確保や従業員の動機付け<ストックオプション等を活用>を重視)、(2)企業が不良債権処理原資確保等の目的で売却する戦略部門を、当該企業と共同出資形態で別法人化するケース(企業側は本体のバランスシートを改善できるうえ、別法人化する戦略部門の実質的経営権や連結決算対象としての取扱いを維持)、(3)潜在的収益力を持ちながら、経営実行力の弱い企業をバイアウトし、資本面・経営面での体制整備を行うケース、など様々なケースが考えられる。またわが国の場合、倒産企業ないし倒産の危機に瀕しているような企業においては、金融機関支配が強いためBOファンドが関与しにくい傾向があったが、最近ではベンカン(世界最大の配管機材メーカー)のように法的整理下の企業の再生にBOファンドが利用されるケースも見られ始めている。

 BOファンドが成功するには、当該国の企業カルチャーにあった戦略を模索すること、中長期的な経営戦略を持つこと、経営者・従業員との信頼関係を築いた上でその潜在力を引き出すためのインセンティブ付けを行うこと、他の事業再生例を通じて蓄積したリストラを効果的に遂行するための経営手法を活用すること、などが必要。

わが国においてBOファンドが事業再生により活用されるための条件

 最近ではわが国にも多くのファンドが参入しており、投資資金面の問題は少ないほか、倒産法制も急速に整備されてきている。もっとも、以下のような要因がBOファンドの活用を妨げている。

  1. (1)企業・銀行・投資家の間に根強く存在する「BOファンド=外資系ハゲタカ・ファンド(vulture <distressed> fund。不良債権をできるだけ安く購入したうえで、短期的な債権価値上昇を狙ったドラスティックな企業リストラ策や債権回収を行うファンド)」という誤った認識。
  2. (2)金融機関は、債権放棄や債務・株式交換等の財務リストラや、事業再生の過程でより収益性を高めるためのlimitedないしnon-recourse loanの供与に対して消極的。破綻企業の子会社へのローンが不良債権と認定されてしまう現行の銀行監督上の取り扱いも一因。
  3. (3)企業経営者に企業価値最大化を追求しようという姿勢が弱く、これを代替するリストラ経験豊かな外部からの派遣経営者を見つけることがわが国では困難。
  4. (4)デュー・ディリジェンスを行うために必要な正確な時系列経営データが欠如。
  5. (5)新興企業向け株式市場の流動性が低いことが、出口戦略実施上のハードル。