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社債等振替法の下での決済のファイナリティとDVPに関する一考察*1

2003年 5月26日
坂本哲也
渡邉誠

日本銀行から

日本銀行信用機構室ワーキングペーパーシリーズは、信用機構室スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは信用機構室の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、1.はじめに を掲載しています。全文は、こちら (fwp03j01.pdf 168KB) から入手できます。

  1. *1本稿の作成にあたっては、神田秀樹教授(東京大学)、森田宏樹教授(東京大学)、井上聡弁護士(長島・大野・常松法律事務所)、結城大輔弁護士(のぞみ総合法律事務所)から有益なコメントを頂いた。もっとも、本稿に示されている意見はあくまで筆者ら個人の見解であり、ありうべき誤りはすべて筆者らの責めに帰するものである。

1.はじめに

 本年(2003年)1月6日より、社債等の振替に関する法律(以下、「社債等振替法」)1に基づき、国債、社債、コマーシャル・ペーパー等の証券を完全にペーパーレス化することが可能になった。また、同法により、証券の権利者が口座管理機関に口座を有し、口座管理機関が振替機関に口座を有するという階層構造の振替決済制度を採用できるようになり、こうした制度を用いて証券の保有・決済を行えるようになった2,3

  1. 同法は、「証券決済制度等の改革による証券市場の整備のための関係法律の整備等に関する法律」が成立したことにより、「短期社債等の振替に関する法律」(平成13年法律第75号)が題名を含めて改正され、「社債等の振替に関する法律」となったものである。本法律の内容については、高橋・長崎・馬渡[2003]および高橋[2002]を参照。
  2. 社債等振替法は、口座管理機関が別の口座管理機関に口座を開設することも想定している。
  3. これを受け、本年1月27日、日本銀行が従来の国債振替決済制度を社債等振替法に基づく制度に移行させたほか、同3月31日には(株)証券保管振替機構が同法に基づく短期社債(いわゆる電子CP)の振替制度の運営を開始している。国債振替決済制度については、日本銀行[2000]、同[2002]参照。短期社債振替制度については、証券保管振替機構[2003]参照。

 社債等振替法は、同法によりペーパーレス化される証券の権利の帰属を振替口座簿の記載・記録により定まるものとした(社債等振替法66条4)うえで、これら権利の譲渡の効力は、振替申請により譲受人の口座に当該権利の増額記録がなされることにより発生するとしている(質権設定も同様。同法73条、74条)。ところで、この譲渡の効力発生要件を、譲渡人と譲受人が異なる口座管理機関に口座をもつ場合の振替——こうした振替は、譲渡人と譲受人がそれぞれ口座をもつ金融機関に証券取引の決済を依頼する場合などに行われる——にあてはめてみると、証券に関する権利の移転する時期が現物(券面のある)証券を譲渡人と譲受人の双方が金融機関等を仲介者として受け渡しする場合などと次のように異なっていることが分かる(ボックス1参照)5

  1. 4社債等振替法においては、振替社債とそれ以外の証券等で適用される条文が異なっている(国債以外は第6章の各節において振替社債に関する条文を準用。国債についてもストリップス債に関する部分以外は基本的に振替社債と同様の条文が規定されている)。本稿では振替社債に関する条文のみを引用する。
  2. 5他方、社債等振替法における権利移転時期の定めは、株券等の保管及び振替に関する法律第27条と同じ考え方に基づくものと解される。つまり、社債等振替法の制定により、わが国証券決済法制における証券についての権利の移転時期が変更されたと考えるのは適当でない。なお、振込等の支払仲介に関する議論については、「金融取引における信託の今日的意義に関する法律問題研究会」(以下、信託法律問題研究会)[1998]、森田[2000]参照。
  • BOX1

 例えば、現物証券が譲渡人から譲渡人の仲介者、譲受人の仲介者、譲受人へと順次受け渡される場合、譲受人の仲介者が現物証券を受け取った(占有を取得した、交付を受けた)時点(ボックス1上段における[2]の時点)で当該証券に関する権利が譲受人に移転すると解される。また、アメリカの統一商法典(Uniform Commercial Code、以下UCC)第8編の定めるセキュリティ・エンタイトルメントという権利が譲渡される場合、譲受人は、その仲介機関が譲受人口座に増額記録する義務を負う時点(ボックス1下段でいえば[2]の時点)で権利を取得すると考えられる6

  1. 6ある者がセキュリティ・エンタイトルメント(security entitlement)を取得する要件について、UCC8-501(b)は、「仲介機関が、(1)金融資産をある者の証券口座に増額記録すること、(2)ある者から金融資産を受取り、またはある者のために金融資産を取得し、いずれの場合にもその者の証券口座に増額記録するために金融資産を受領すること、(3)他の法律、規則または原則によって金融資産をある者の証券口座に増額記録する義務を負うこと、のいずれかが満たされた場合」としている(なお、金融資産の移転等の手続<仲介機関の義務>につきUCC8-507、証券と金融資産との関係につき同8-104参照)。従って、正確には、譲受人口座への増額記録(本文の[3]の時点)と[2]の時点のいずれか早い方において譲受人は権利を取得することになると考えられる。なお、セキュリティ・エンタイトルメントの「譲渡」といっても、同一の権利の承継取得ではないことなど、UCC第8編と社債等振替法とは権利移転の法律構成がそもそも大きく異なることに留意する必要がある。

 これに対し、社債等振替法の下では、譲渡人の口座が減額され、譲渡人の口座管理機関の顧客口座が減額されるとともに譲受人の口座管理機関の顧客口座が増額されたとしても、譲受人の口座に増額記録がなされるまでの間は、証券についての権利は譲渡人に帰属し、譲受人の口座に増額記録がなされた時点(ボックス1下段における[3]の時点)で譲受人に権利が移転することになる(社債等振替法73条)。このように、社債等振替法は、証券の権利移転の時期について、現物証券の受渡しやアメリカの法制とは異なるルールを採用しているものと考えられる。
 証券の権利移転の時期は、決済システムに関する重要な論点の1つである「決済のファイナリティ」7に密接に関係しており、例えば証券の引渡し(決済)に対応して行われる代金の支払方法やタイミングを考える前提となる。また、今日のように証券の保有や決済が金融機関等を仲介者としてクロスボーダーで行われることが一般的になっている状況では、適用される法によって証券の権利移転時期が異なりうることを認識することは、証券取引・投資に係るリスク管理の上で重要になっていると考えられる。

  1. 7「決済がファイナルになる」とは、「(資金や証券の移転による債務の消滅<弁済>が)撤回不能かつ無条件になる(irrevocable and unconditional)こと」、とされる(CPSS[2003])。ファイナリティの語については、(1)当事者間の完結性、(2)対第三者完結性、(3)資金決済完了性、(4)支払指図の撤回可能性、に分けて議論することもできる(現金の支払完了性について、古市[1995] pp.117-119)など、多義的であることに留意する必要がある。また、現実に資産(証券や預金等)を移転させる仕組みをみると、そのプロセスに取引当事者以外の主体が関与したり、ある程度時間を要することがむしろ通常であることから、当該プロセスの各段階において誰が何を主張できるか(できないか)を考えることがファイナリティを論じる上で重要である。

 こうしたことから、まずは社債等振替法の権利移転時期に係る定めについて、その意義や実質を決済のファイナリティの観点から検討することが必要だと思われる。また、決済のファイナリティは証券決済のリスク管理策として重要な「DVP」—— デリバリー・バーサス・ペイメント(delivery versus payment8 ——のあり方を規定する面が大きいことから、社債等振替法の下でDVPを行う場合の意義についても併せて検討することが有益と考える。

  1. 8資金が支払われない限り証券の引渡しが行われない(また証券が引き渡されない限り資金の支払いが行われない)ことを確保することによって、証券決済における「取りはぐれ」のリスク(元本リスク)をなくす仕組み。DVPにおいては、証券の振替と資金の支払いのいずれもがファイナルであることが必要であるとされている。

本稿の目的、構成

 そこで本稿では、社債等振替法の下で、異なる口座管理機関に口座を有する者の間で証券が譲渡される場合の振替を例にとり、その決済のファイナリティについて検討する。その上で、こうした振替のために採りうるDVPの方法について、その決済リスク削減の意義等を検討し、DVPの利用における留意点等を考察することとしたい。

 本稿の構成は次のとおりである。2.ではモデルとなる事例を設定して問題の所在を述べる。3.では手続中の振替(振替申請後・振替手続完了前の状態)に関する譲渡人の請求権等を検討する。4.では同じ設例において考えうるDVPの2つの方法について、関係当事者のリスクを検討する。5.で2つの方法を比較しそれらを利用する際の留意点等を纏め、最後に今後の課題等を述べる。