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韓国の企業改革について

政府主導から市場主導の改革への移行

2003年 3月13日
野呂国央
赤間弘

日本銀行から

日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズは、国際局スタッフによる調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは国際局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、(はじめに)および(要旨)を掲載しています。

はじめに

 韓国では、1997年以降、過剰投資・債務を背景に、上位30位にあった財閥のうち約半分が破綻した。まず、1997年入り後、中堅財閥が相次いで破綻し、年末には通貨危機に発展した。また、1999年には、当時第2位の大宇グループが破綻したほか、2000年には、最大手財閥であった現代グループの一部企業が資金繰り難に陥っている。

 しかしながら、韓国政府は、1998年以降、IMFの指導の下で、諸改革を進めてきており、1999年以降、比較的高い成長に復するとともに、2002年上半期には上場企業が過去最高益を計上するなど、目覚しい改善を遂げている(図表1)。また、日本を含む一部アジア諸国で生じているデフレ的な現象もみられない。

 本稿1では、過去5年間における韓国の企業改革を概観した上で、若干の評価や日本へのインプリケーションを述べる。

  1. 本稿は、日本銀行国際局ワーキング・ペーパー・シリーズ「韓国の金融改革について」(2002年10月)、「通貨危機発生以降における韓国の労働市場の動向」(2002年12月)に関連して、調査したものである。

要旨

1.企業財務の推移

(1)通貨危機前における企業債務の急増(通貨危機発生迄の1990年代)

  • 韓国企業は、1990年代、債務が急増した(企業債務のGDP比 1989年115%→1997年175%)。しかし、調達資金は、収益性の高い投資には振り向けられず、インタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益/利払い)は、悪化した。
  • 財閥の過剰設備・債務は、ガバナンスの問題に起因した。従来から、(1)財閥は、所有と経営が未分離であるほか、(2)銀行も、政府の影響下に置かれていたが、「政経癒着」により、財閥向けに安易な融資を実行していた。こうした中、(3)1990年代に入ると、金融自由化の流れの中で、財閥のノンバンク設立が容認されたため、財閥の安易な資金調達が一段と急速に拡大した。

(2)通貨危機後における財務改善状況(1998年以降)

  • 危機後、企業はリストラに取り組んでおり、債務総額は、頭打ちとなっているほか、GDP比で緩やかに低下してきている(1997年175%→2002年上期153%)。また、企業の負債比率(負債額/資本額)は、増資(資本の増加)によって、大幅に低下している。
  • 債務の内訳をみると、系列ノンバンクからの借入れやCPが減少する一方で、銀行からの資金調達は増加している。これは、銀行が、中小企業(主に、内需関連のサービス業)向け融資を積極化させているため(危機前には財閥向け融資によりクラウド・アウトされていた)であり、マクロ的な企業債務総額を評価する際には、このような前向きな債務増加分を割り引いてみる必要があろう。
  • 上場企業の収益も、危機直後の1998〜1999年には赤字であったが、2000年以降は黒字に転じ、2002年上期には過去最高を計上した。ただ、マクロ的にみた収益改善は、一部大手優良企業の収益好調によるところが大きい点には留意する必要がある。通貨危機を経て、企業間で2極化が進んでおり、未だ3割近い企業(製造業)では、利払いが営業利益を上回っているなど、引き続き、過剰債務の削減が必要である。

2.企業改革の概要と特徴

(1)危機発生直後における政府の対応(1998年)

(1)政府の強力な介入と抜本的な改革
  • 政府が構築した枠組みは、(1)債務削減(負債比率の数値目標設定)や中核企業の選定(5大財閥に対し、事業交換による選択と集中を要求)等による企業財務改善や、(2)企業の退出・再生(債権銀行団に対し、資金繰り難に陥っている企業を再生可能先と再生不能先とに峻別させ、企業整理・再生を促進)のほか、(3)コーポレート・ガバナンスの改革(外資導入、社外取締役の義務付け等)にまで踏み込んでいる抜本的なものである。
(2)包括的な改革
  • また、企業改革を促進するために必要な、金融改革、資本勘定の自由化、労働市場改革など幅広い改革を含む、包括的な改革であることも特徴である。金融改革については、企業処理に伴う銀行の自己資本毀損に対応して、公的資本注入や外資導入を促した。また、こうした資本増強は、銀行の企業を処理する能力を高めた。労働市場改革は、労働市場の柔軟化を通じて、過剰雇用を是正したほか、資本勘定の自由化(外資導入)は、企業や銀行の資本増強やコーポレート・ガバナンスの強化などに繋がっている。
(3)改革のデフレ・インパクトの軽減
  • 政府は、債権金融機関団に対し、再生可能と判定した企業について、私的な枠組みである「ワークアウト」(所謂「ロンドン・アプローチ」)の下で、再生を行なうよう求めた。ワークアウトの導入によって、多くの企業が法定管理に追い込まれる事態が回避されたほか、一般債権者の保護(債権金融機関が、金利減免等により損失を分担)により、企業活動は継続されたため、実体経済に対するデフレ・インパクトが軽減された。

(2)企業改革のモメンタムの維持と枠組みの補強(1999年以降)

  • 1999年以降、危機的状況を脱し、景気急回復を果たした後も、改革のモメンタムは概ね保たれ、改革の枠組みは補強されていった。
  • まず、1999年頃から、債務削減を推し進めるために、(1)財閥の出資総額規制の再導入を決定したほか、(2)投資信託会社のガバナンスなどの強化を図った。危機直後には、企業債務削減が進捗しなかった(GDP比 1997年175%→1998年176%)が、この背景には、(1)債務削減ではなく、系列会社間での持ち合いを利用した増資によって、負債比率の引き下げを図り、(2)社債・CP発行での資金調達(大部分は財閥系が多い投資信託が取得)により、むしろ業容を拡大した先がみられたためである。
  • また、企業の退出・再生についても強化が図られた。ワークアウトが進捗しないケースがみられたほか、同スキームへの金融機関の参加に強制力が無かったため、一部金融機関の抜け駆けが問題となっていた。このため、政府は、債権銀行団に対し、2000年に、整理対象企業の選定・公表を再度指示したほか、2001年以降は、不振企業について、定期的に再生可能性をレビューすることを義務付けた。さらには、ワークアウトへの金融機関の参加を強制化している。
  • この他、銀行への公的資金投入と並行的に、不良債権の定義厳格化を進めたことも、企業処理の加速に繋がった。

(3)市場メカニズムによる企業改革への移行

  • 金融システムの再構築と強化により、企業改革は、政府主導から市場主導に移行しつつある。株式市場や銀行は、企業に対する選別姿勢を強めており、企業間の2極化をもたらしている。こうした中、不振企業は、資金調達が困難となっており、利払いや元本返済のために、非中核事業の売却を行なうなどのリストラを断行せざるを得ない状況に追い込まれている。
  • すなわち、株式市場への外資流入によって、株式市場での企業選別が強まっている。また、銀行も、公的資本注入などによって償却原資が確保されたほか、「官治金融」の排除と外資流入などによる、コーポレート・ガバナンスの強化に伴って、企業に対する選別姿勢を強めている。さらに、2002年頃より、公的資本注入を受けた国有銀行の民営化が進捗してきており、市場メカニズムが一段と強化されてきている。
  • また、銀行は、収益性の高い、個人や中小企業向け融資を活発化させており、財閥に偏重した経済構造を是正するとともに、労働市場改革と相俟って、サービス業などへの順便な資源移動をもたらしている。

3.若干のインプリケーション(金融システム強化の重要性とデフレ回避)

  • 韓国では、未だ、企業の過剰債務が完全に解消されていないなど、改革は道半ばであることは事実である。しかしながら、概ね、改革のモメンタムは保たれており、その道筋は着いていると言えよう。
  • また、韓国の経験から、(1)市場メカニズムが十分に機能しなくなった場合は、政府の迅速な介入が必要であるほか、(2)その際、市場の機能回復・強化策を講じ、かつ、(3)できるだけ早期に、市場主導の改革に移行することが重要であることが分かる。
  • 特に、企業改革を中長期的な軌道に乗せるためには、企業の株主構成のみならず、債権者である金融機関の適正なガバナンスの構築が、極めて重要であることが分かる。多くのアジア諸国では、未だ金融機関のガバナンスの問題(政府の関与、財閥による金融機関保有、金融機関と企業間の株式持ち合い、外資参入規制など)が少なくない中で、韓国では、こうした問題が大幅に改善した。日本と韓国における企業改革の違いについては、政府による介入の有無が強調される向きもあるが、金融機関のガバナンスも決定的な違いである。
  • さらに、金融機関の機能回復(企業を退出・参入させる機能)が、デフレ防止を通じて、企業活動に好影響を及ぼす点も重要である。金融機関が、企業の選択と集中を促し、過当競争や供給過剰を是正するとともに、信用仲介機能の回復が、サービス部門などへの資源移動をスムーズに進めることが、デフレ圧力を緩和している面があろう。