フランスにおける企業統治の特徴と改革の動きについて
2003年 4月16日
成毛建介
日本銀行から
海外事務所ワーキングペーパーシリーズは、日本銀行海外事務所スタッフ等によるリサーチ活動の成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、研究者等、有識者の方から幅広くコメントを頂戴する事を企図しています。ただし、論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは各海外事務所の公式見解を示すものではありません。
以下には、(要旨)を掲載しています。
要旨
フランスにおける企業統治(コーポレートガバナンス)のメカニズムの特徴は、(1)監査役会を置かない取締役会による一元的構造、(2)取締役会長と代表執行役(米国のCEOに当たる)を兼任するPDG(President - Directeur General)に権限が集中、(3)株主総会によって選任された監査役が株主に代わって業務・会計を監査、の3点に整理できる。こうした企業統治メカニズムは、形式的には米国型によく似た格好になっている。
── 取締役会の一元的構造やPDGへの権限集中といった特徴の背景としては、そもそもフランスにおいては、ブルボン王朝による絶対王政やナポレオンによる帝政など、政治的権限の中央集権傾向が極めて強かったという歴史的背景を反映したものとみられている。
── 1966年のフランス商法改正により、取締役による一元的構造のほか、取締役会と監査役会の双方を設置する二層構造型も認められたが、その利用は外資系企業の利用が殆ど。フランス企業の中にも一部にこうした二層制を採用する先もみられなくはないが、その利用目的は立法趣旨である監視機能強化という観点とは全く別の場合が大宗。
もっとも、フランス企業における企業統治の実態をみると、以下の通り米国型とはかなり異なっており、むしろ日本における企業統治の実態に近いとみることもできる。すなわち、(1)PDGの権限は米国よりも一段と強力であり、取締役会や監査役の経営監視機能は実質的に形骸化している。(2)企業の多くが極く少数の大株主に保有されていたという伝統的な資本構造もあって、米国のような株主(shareholder)重視型ではなく、利害関係者(stakeholder)重視型である。(3)金融市場が果たす経営監視の役割は余り重要視されていない。(4)短期的な企業収益最大化ではなくより中長期的な企業の成長・業務の継続性を重視している。(5)企業統治の規範面では、法律は基本原則のみを規定し、より具体的な規則は業界による自主規制に委ねる形となっている。
このように、フランス型企業統治が米国型と異なっていることの経済的・社会的背景としては、(1)企業統治の目的となる社会的価値の相違、(2)仏高等教育システムを通じた少数エリートによる経営支配、(3)フランスでは政府の企業統治に果たす役割が大きいこと、等が挙げられている。
すなわち、株主利益実現を最大の目的とする米国とは異なり、フランスでは、事実上の終身雇用制の下、経営者、被雇用者、株主を含めた利害関係者全体の利益、あるいは一国の経済全体の中長期的な成長・競争力の向上を企業統治の目的とする社会的コンセンサスが存在していた。また、個々の企業経営の監視については、金融市場等、企業外部の者よりも内部事情に詳しい者の方が適任であると考えられた。そして、その実効性を担保する手段として、高等教育を受けた少数のエリート達によるインナー・サークル内の相互監視、ないし政府による監視の形でチェック・アンド・バランスが図られていたと考えられる。
しかしながら、(1)従来のフランス型企業統治を支えていた資本構造(少数大株主中心)の変化、すなわち米国機関投資家による持株比率の高まりを受けて、株主への説明責任が求められるようになる一方、(2)最近では、フランスでも、フランステレコム、ビベンデイのように、企業トップ(PDG)の暴走により企業破綻寸前に陥るケースが生じている。フランス社会全体としても、伝統的な仏式エリートシステムの崩壊が懸念され始める中で、これまでのようなインナー・サークルによる相互監視の実効性にも疑問が呈されてきている。
このような状況を受け、フランスでも企業統治改革の必要性が真剣に議論され始めている。こうした議論においては、国の経済全体の中長期的な成長、利害関係者総体の利益重視といった企業統治の目指す基本的価値についてはフランス型の優れた点として従来通り維持されている。一方、経営チェック機能の形骸化という弱点については、米国流の企業統治改革手法を一部採用するかたちで、企業統治メカニズムの頑健さを保証するための改善が施されている。
経営チェック機能改善に向けた具体的な改革の取組みとしては、以下の方策が注目される。すなわち、(1)経営監視機能が形骸化している会計監査役に実質的な機能を回復させることを企図し「会計監査人高等評議会」を法務大臣の諮問機関として設置。(2)取締役会において実質的な議論を行えるようにするため、取締役会の員数上限を引下げる(24名→18名)とともに、同一人物による取締役の兼任社数を最大5社に制限。(3)従来の自主規制では取締役会全体の3分の1以上とされていた「独立社外取締役」の比率を過半数に引上げるとともに、その曖昧な定義のため顔触れがインナー・サークルの一部エリート層に偏っていたことから、「独立社外取締役」の定義を一段と厳格化。(4)国有企業の民営化進展にもかかわらず、株主としての政府による経営監視機能を再強化。
── この間、欧州レベルにおいても、欧州全体で企業統治メカニズムの統一化を図ろうとの動きも一時みられたが、結局、2002年11月に公表された欧州委員会の「Winter報告」においては、欧州諸国間の国内会社法制の調和がまだ十分でない状況下では、欧州で統一化された企業統治ルールの導入は時期尚早であるとされた。