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不確実性の増大と流動性資産需要:

動学的一般均衡モデルによる分析

2009年1月
塩路悦朗*1

要旨

 本稿の第1の目的は不確実性の拡大・縮小がマクロ経済変動に与える影響を分析するための新しい枠組みを提示することである。一般に、不確実性の増大は金融仲介の収縮を通じて経済活動の後退につながると考えられている。すなわち銀行は貸出のリターンの不確実性が増すとより慎重な貸出態度をとるようになる一方、預金者は銀行の経営状態に疑念を抱くようになり預金以外の資産にシフトするようになる。しかし経済学の世界においてはこのような現象を現代的な動学的一般均衡モデルの枠組みを使って分析することは行われてこなかった。そのひとつの理由は現在のスタンダードな分析手法が不確実性の増大という2次のモーメントに対するショックに対する動学的反応を導くのに適していないということにある。従来はもしこのような分析を行おうとすると計算負荷の高い手法に頼らざるを得ず、変数の多い複雑な一般均衡モデルを解くことは非常にコストが高かった。本稿では最近になって経済学への応用が見られるようになった新しい手法であるMarkovian Jump Linear Quadratic (MJLQ)アプローチを不完全競争・外部経済があるケースに拡張することに成功した。これによって短時間に複雑なモデルを解くことを可能となった。このような手法は今後政策分析の場でも有用となってくると期待される。

 本稿の第2の目的は、上記の枠組みを用いて不確実性の増大が流動性資産に対する需要をどのように変化させるかを、やはり動学的一般均衡モデルの枠組の中で明らかにすることである。一般に、不確実性が増大したとき、人々は長期的なコミットメントを回避するようになって非流動的な資産よりも流動的な資産を選好するようになると考えられている。これは預金者側で言えば定期性預金のような非流動性預金の需要が相対的に減少し普通預金のような流動性預金の需要が相対的に高まることを意味している。貸手側で言えば銀行が借手に対して長期的にコミットするような長期貸出を絞り込んでより短期的な貸出を選好するようになることを意味している。このような解釈は現実的と思われるが、これを動学的一般均衡の枠組みの中で分析することはこれまで容易ではなかった。本稿では上記のアプローチを応用することでこの分析を比較的容易にしている。流動性需要の分析は中央銀行にとって一つの重要な関心事であるため、このアプローチの応用可能性は広いと思われる。

本研究の機会を与えてくださった日本銀行調査統計局に感謝したい。また研究助手として多くの貢献をしてくれたVu Tuan Khai 氏、内野泰助氏に感謝する。
また本稿を完成させるにあたり日本銀行調査統計局の方々、特に門間一夫局長、粕谷宗久氏、一上響氏より多くの貴重なコメントと激励を得た。ここに感謝したい。また、一橋大学マクロランチワークショップ、慶應木曜研究会、東北大学現代経済学研究会の参加者各位より非常に有益なコメントを得たのでここに記して謝意を表したい。

  1. *1一橋大学経済学研究科 E-mail: shioji@econ.hit-u.ac.jp

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