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銀行の最適資本水準についての考え方

2010年5月
加藤涼 *1
小林俊 *2
才田友美

全文掲載は、英語のみとなっております。

要旨

本稿では、銀行(金融機関)の最適な自己資本比率水準を算出する一つの手法を提案する。本稿が提示する手法は、その主眼である最適資本水準の計測だけではなく、流動性やさまざまなマクロ経済変数など、金融規制全体を取り巻く多くの要素を同時に勘案しており、従来の分析手法と比べて、より包括的なアプローチとなっている。

現在、バーゼル銀行監督委員会を始めとする国際的な議論においても、金融規制は包括的なデザインを目指す方向に進みつつある。本稿でも、銀行の資本規制を、より広い視野から捉えるために、まず、金融機関の規制強化に関して議論の俎上に載っているさまざまな政策提言—流動性規制を含む—について、相互関係の概念的な整理を行う。その際、(i)危機発生時のショックの吸収、(ii)過剰なリスクテイクの抑止、(iii)危機によるコストの公正な負担(Fair Share)という3つの視点を軸とした包括的な考え方を提示する。この3つの視点から捉えた『プルーデンス政策』の全体像の中で、銀行の健全性を強化するための望ましい自己資本規制の在り方について、具体的な議論を展開する。

上記の「包括的な考え方」を手掛かりとして、従来から存在する金融危機の予測モデルである「早期警戒システム(Early Warning System, EWS)」を次のように拡張する。すなわち、資本だけでなく、その他の規制関連変数(流動性指標など)やマクロ変数(不動産価格など)等、さまざまな変数の役割を同時に捉える危機発生確率モデルをEWSの一例として構築する。モデルの推計結果の中では、以下の2点のファクトファインディングが特筆に値する。まず、(1)資本と流動性は、危機発生確率を説明する上で不完全代替の関係にある(言い換えれば、両者がある程度高い状況では、互いに代替性を持つが、どちらか一方が極端に不足する状況では、危機発生確率は累乗的に高まる)。また、(2)バランスシートの資産サイドの流動性比率だけでなく、負債サイドの流動性比率—すなわち、資金調達構造の安定性—も、数年先の金融危機の発生に対して統計的に有意な説明力を持つことが確認された。

さらに、推計された危機発生確率関数(EWS)を、最適資本水準を算出するための費用便益分析(Cost Benefit Analysis, CBA)の構成パーツとして利用する。先行研究にならい、本稿のCBAでも、強化された規制の下における、金融危機発生確率の低下幅を便益と考える。他方、金融規制には、一般に金融機関に対する課税的な側面があり、一定の費用が発生する。これまでの先行研究をみると、便益面の分析は(EWSなどを含めれば)、比較的豊富であるが、これとは対照的に、費用面では、複数の金融規制(特に自己資本と流動性の規制)から発生するマクロ経済的なコストを同時に考えているケースは稀である。本稿では、複数のマクロ経済モデルを組み合わせて利用し、そうした複合的な費用の計測を試みた。本稿は、このようにEWS(便益の推計)とマクロ経済モデル(コストの推計)を組み合せることで、言わば『拡張型CBA』を最適資本水準の算出手法として提示していることになる。この拡張型CBAでも、金融規制の結果としての限界便益と、規制に伴って発生する限界費用とが等しくなるところで「最適な自己資本水準」が決定される。

冒頭で述べたように、本稿では、金融規制についての包括的な考え方を採用しているため、最適な自己資本水準は(例えば8パーセントといった)単一の水準としては算出されない。それは、資産サイド、負債サイド双方における流動性比率や、マクロの不動産価格といった金融変数に依存する関数の形で表現される。具体的には、高い流動性を持つ銀行は、そうでない銀行に比べて最適な自己資本水準は低めに算出される。また、不動産市場が過熱している状況では、銀行はより高い自己資本や高い流動性を保持することが望ましい。後者は、銀行がカウンター・シクリカルな自己資本バッファーを保有すべきであるとの政策提言を支持する結果として解釈することができる。

本稿の作成過程で、日本銀行のスタッフから有益なコメントを頂戴した。この場を借りて、深く感謝の意を表したい。もちろん、あり得べき誤りは筆者に属する。なお、本論文の内容や意見は、筆者個人に属するものであり、日本銀行および金融研究所の公式見解を示すものではない。

  1. *1日本銀行金融研究所 E-mail: ryou.katou@boj.or.jp
  2. *2E-mail: shun.kobayashi@boj.or.jp

日本銀行から

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