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部門間資源配分と「生産性基準」:4つの留意点

2010年3月
塩路悦朗 *1

要旨

産業間資源配分の問題については,日本経済では生産性水準または生産性上昇率の高い産業への再配分が何らかの歪みによって効率的に行われておらず,これを是正すべきであるとの議論が存在する.この場合の指標としてはしばしば産業レベルの実質GDPの生産性水準または生産性上昇率が用いられる.本稿ではこれを産業間資源配分に関する「生産性基準」または生産性viewと呼ぶこととし,その潜在的な問題点を議論する.本稿の議論は大きく分けて2つである.1つ目は,産業間資源配分を議論するに当たっては需要構造の重要性,言い換えれば価格の内生性を考慮しなくてはならない,ということである.2つ目は,生産物価格や生産要素価格の決定にゆがみがある場合,各産業の生産性水準やその上昇率は必ずしも正確に計測されないかも知れない,という点である.

本稿ではまず価格の内生性について2種類のモデルを取り上げ,むしろ生産性が上昇する部門から資源を放出させることが最適となる場合があることを明らかにする.その第1は財によって需要の所得弾力性が異なるモデルである.第2は家計がDotsey and King (2005)型の効用関数を持っており,需要の価格弾力性が(相対)消費量に関して逓減する(飽和状態に近付く)ようなモデルである.これらの価格内生モデルはしばしば,小国開放経済モデルに拡張されると意義を失うと考えられてきた.本稿ではMatsuyama (2009)に部分的に依拠しつつ,小国開放経済の状況でも国際資本移動を考慮しなければ閉鎖経済とほぼ同じ含意が得られることを明らかにする.さらにこれらのモデルに国際資本移動を導入し,結果にどのような変化が生じるか,どのような時に生産性上昇部門から資源を流出させることが最適との結論が引き続き成り立つかを数値分析で検証する.
本稿ではまた価格シグナルの歪みについて議論する.まず一部の部門では生産物価格が消費者のその生産物に対する限界評価から乖離している可能性を指摘する.次に賃金が労働者の価値限界生産性を反映していない可能性を指摘する.後者については,最近のサーチ理論の助けを借りつつ,職業紹介データなどから部門間の価値限界生産性の乖離度を推定する.

本稿は,東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局による第3回コンファレンス「2000年代のわが国生産性動向—計測・背景・含意—」(2009年11月26,27日)において報告された論文を加筆・修正したものである.コンファレンスにおける討論者であった宮尾龍蔵氏,座長であった植田和男氏,ならびに宮川努氏・深尾京司氏・川口大司氏を始めとする参加者からのコメントに深く感謝したい.本研究に対する日本銀行調査統計局経済分析担当各氏,特に門間一夫局長・亀田制作氏・福永一郎氏の有意義なコメントに感謝する.また内野泰助氏(一橋大学GCOEフェロー)は研究助手として多大な貢献をしてくれた.本稿の内容は筆者の個人的な見解を示すものであり,日本銀行の公式見解ではない.

  1. *1一橋大学 E-mail : shioji@econ.hit-u.ac.jp

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