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無形資産の経済学―生産性向上への役割を中心として―

2010年3月
宮川努 *1
滝澤美帆 *2
金榮愨 *3

要旨

本稿では、無形資産に関する研究をマクロ、産業、ミクロの側面にわたって検討する。マクロ・レベルでは、日本の無形資産投資が1990年代後半以降伸び悩んでいる。90年代後半以降は、IT革命に対応した組織変革や人材育成が無形資産投資の主流となり、米国ではこうした投資が、研究開発に頼ることができないサービス業の生産性向上に大きな役割を果たしたと考えられるが、日本では逆にこうした分野での投資は活性化していない。

この無形資産の経済成長への寄与を成長会計で見ると、その寄与率は、80年代後半以降徐々に低下している。またMcGrattan and Prescott (2005, 2009)のモデルでは、無形資産を考慮することによって、TFP水準は現実のTFP水準よりも大きく上昇するが、日本の場合、90年代後半以降の無形資産を考慮したTFP水準と現実のTFP水準の乖離はそれほど広がっていない。

こうした1990年代後半以降の日本における無形資産蓄積の頭打ち傾向は、産業レベルでの動向を見るとより鮮明になる。機械産業は、1995年以降多くの産業で無形資産蓄積が増加しているのに対し、サービス業ではほとんどの産業で無形資産蓄積率が減少している。こうしたサービス産業における無形資産蓄積の伸び悩みが、経済全体において無形資産が労働生産性を向上させる効果を弱めている。

日本で何故組織改革や人材育成への投資が頭打ちになってきたかということに関して、日韓の企業のパフォーマンスを比較したLee et al. (2009)では、日本の既存の組織管理や人的資源管理の差は、生産性の差に現われていないが、近年の組織改革は企業パフォーマンスの向上につながっているとの結果を得ている。一方韓国では保守的な人事管理を改善した企業がより高い生産性を達成していることが確認できた。

またBasu, Fernald, Oulton, and Srinivasan (2003)の生産関数を利用すると、従来のTFP上昇率は、純粋な技術進歩率だけでなく、無形資産蓄積による正の効果と、無形資産投資が増えて企業の内部資源を利用することによる負の効果に依存するが、Miyagawa and Kim (2008)の推計は、無形資産のネットの効果は中期的にはTFPを押し上げる効果をもたらしている。

キーワード
無形資産、生産性、組織資本、人的資源管理、日本的経営
JEL Classification
No. E01, E17, L22, L23, M15, O32, O47

本稿は、2009年11月26日、27日に開かれた第3回東京大学金融教育センター・日本銀行調査統計局共催コンファレンスで報告した同名の論文を改訂したものである。指定討論者の蜂谷一橋大学教授、座長の深尾一橋大学教授及び多くの参加者からの貴重なコメントに感謝したい。さらに本論文を作成するにあたって、比佐章一氏(一橋大学経済研究所科研費技術員)及び牧野達治氏(一橋大学COE研究員)からデータの提供等で御協力いただいたことに感謝したい。なお、本稿の内容は筆者たちの個人的見解をあらわすもので、日本銀行の公式見解ではない。残された誤りはすべて筆者たちの責任に帰する。

  1. *1学習院大学 tsutomu.miyagawa@gakushuin.ac.jp
  2. *2東洋大学 takizawa@toyonet.toyo.ac.jp
  3. *3一橋大学 younggakkim@gmail.com

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