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外的ショックと日本の景気変動:自動車産業における"Great Trade Collapse"の実証分析

2011年1月
塩路悦朗 *1
内野泰助 *2

要旨

2008年秋から2009年春にかけての急激な世界的規模での貿易縮小は最近の文献では"Great Trade Collapse"と呼ばれ,大きな注目を集めている.日本においては特に輸出・生産の落ち込みは大幅なものであった.この間,日本の金融仲介機関は危機的状況を免れていたため,この生産減の主な原因は世界金融危機に伴う外需の落ち込みにあると考えられる.問題はこのような外需ショックがなぜ,需要の冷え込みを引き起こした当の諸国をも上回るような大規模な生産減少を引き起こしたか,である.本稿は日本の自動車輸出・生産を対象とした実証分析を通してこの時期の日本の急激な景気後退についての理解を深めるとともに,Great Trade Collapseの分野に対しても貢献することを目指している.

本稿の前半では仕向け先別に自動車輸出の決定要因を分析する時系列分析を展開する.具体的には,外的変数(海外の需要や資源価格,為替レート)の入った時変係数VARモデルを用いて,日本の自動車輸出・生産の2008年秋-2009年春における急速な減少をどこまで説明できるか検証する.まずは2008年夏時点までのデータを用いて同時点において成立していた日本の自動車輸出・生産と外的変数の関係を推定する.こうして得られたモデルに2008年秋以降の外的変数の値を代入することで,日本の自動車輸出・生産の推移を説明することが出来るかを検証する.その結果は何らかの構造変化か非線形性の可能性を考慮することなしに日本の自動車輸出・生産の落ち込みを説明することは困難であることを示している.

本稿の後半ではデータの豊富な米国関連の情報を用いて2つのより踏み込んだ分析を行う.第1に,金融市場関連の変数に注目し,米国における金融危機が日本から米国への自動車輸出にどのような影響を与えたかを直接推定する.その結果,有意に負の影響が確認された.また,車種別に見た場合には普通車と小型車の間でこの効果には違いが見られることがわかった.第2に,自動車の会社別車種別の生産・販売・在庫データを活用することによって,なぜこのような生産・輸出の急激な落ち込みが発生したのかの解明へ向けての第一歩を踏み出す.そこで注目するのは在庫調整の役割である.分位点回帰(Quantile regression)を用いた我々の分析結果によれば,自動車生産者は,負のショックのサイズが大きいほど,急激に在庫調整を行う傾向がある.これは外的ショックに対する国内生産の反応は必ずしも線形ではなく,ショックのサイズが大きくなると反応の仕方が変化するという意味での非線形性を有していることを示唆する.

本研究の初期段階から完成に至るまで日本銀行調査統計局の門間一夫局長・粕谷宗久氏より一貫した激励と詳細なコメントを頂いた.また同局の関根敏隆氏・西崎健司氏・福永一郎氏・齋藤雅士氏と経済分析グループ諸氏,及び金融研究所の白塚重典氏より多くの貴重なコメントを頂いた.経済産業研究所国際経済セミナー(2010年12月17日)参加者諸氏,特に若杉隆平氏からは最終稿の改善につながるコメントを頂いた.本稿は筆者達個人の見解を表すものであり,日本銀行や調査統計局の公式見解ではない.

  1. *1一橋大学経済学研究科 E-mail:shioji@econ.hit-u.ac.jp
  2. *2一橋大学GCOEフェロー

日本銀行から

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