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人口成長と経済成長

:経済成長理論からのレッスン

2011年8月
平田渉*1

要旨

本稿では、人口減少がわが国経済にもたらすインパクトをうらなうため、人口問題を扱った経済成長理論をサーベイし、その含意を紹介する。人口減少が経済成長率に与える影響を正確に評価するためには、労働供給面への直接的な影響だけではなく、人口一人あたり実質GDPの成長率、すなわち、労働生産性の伸び率に対する影響を適切に評価することが、重要である。このメカニズムについて、経済成長理論は有益な洞察を与える。

標準的な経済成長理論によれば、一人あたり実質GDP成長率は、技術進歩率および資本深化(一人あたりの資本が蓄積されること)のスピードに依存する。これは、資本と労働を投入して生産を行い、技術水準が高いほど所与の要素投入から多くの財を生産できるという考え方から派生する。労働者に備わる技術が高まれば、それは一人あたり実質GDPを押し上げる要因となる。加えて、一人あたりに備わる資本が増えるほど、それを活用して多くの財を生産することが可能となる。

こうした経済成長理論の考え方をもとに、人口減少が、わが国の一人あたり実質GDP成長率に与える影響を考えると、以下の通りとなる。

まず、人口減少が資本深化に与える影響については、多くの理論で一人あたりが利用できる資本が増えることを通じて、一人あたり実質GDPが上押しされることを強調している。これを「負の資本希釈化効果」と呼び、資本が労働対比豊富な資源になることから生じる。その裏側にある生産要素市場では、相対的に豊かになった資本の対価である自然利子率は低下し、乏しくなった労働の対価である実質賃金は上昇すると考えられる。ただし、こうしたメカニズムが強く働くためには、生産要素市場におけるスムースな調整が前提とされている。生産要素の硬直性が存在し、慢性的な需要不足を抱えている現在の日本経済において、どの程度、負の資本希釈化効果が働く条件が整っているかは、議論の余地がある。

他方で、人口減少は技術進歩率を低めることで、一人あたり実質GDP成長率を下押しするという考え方も存在する。経済成長理論では、技術革新を起こすには研究開発に労働を投入する必要がある、との考え方が有力視されている。この考え方の下では、人口減少は研究開発の縮小を通じてイノベーションの停滞を引き起こし、一人あたり実質GDPの成長率を引き下げる。特に、人口成長率の恒久的な低下は、技術進歩率に恒久的な影響をもたらすため、長期的にはこの効果が有力になる可能性がある。もっとも、これに対しては、技術は国境を越えて伝播する性質を持つため、わが国企業が他国で開発された技術を活用すれば、国内人口が技術進歩の制約とはならない、との考え方もできる。研究開発を促進させる政策が長期的に技術進歩率を引き上げるモデルも考案されており、人口成長率の低下が直ちに一人あたり実質GDP成長率の低下に結びつくとするのは早計であろう。

以上のレッスンから導かれる、人口減少下でもわが国の経済成長を維持そして高めていくための方策は、次の通りである。まず、資本深化により一人あたり実質GDP成長率を高めるという果実を得るためには、生産要素市場を健全に機能させる必要がある。資本・労働市場の機能を向上させて、経済に生産的な資本を供給し、若年層のみならず、女性や高齢者を労働力として取り込むことが重要である。また、イノベーションの停滞を防ぐという観点からは、教育など人的資本への投資拡大や、優秀な技術者の招聘、さらにはイノベーションが進む世界への日本企業の積極的な進出が重要である。

経済成長理論には答えるべき問いも残されている。少子高齢化が進み人口構成が変化する中では、経済で需要される財の質も変化していく。こうした経済構造の変化に対して、民間経済が時間をかけて対応するような状況においても上記のレッスンが適用可能か否かについては、研究を深める必要がある。また、人口動態の変化が物価変動に与える影響については、経済成長理論の枠組みを用いた考察はまだ少ない。こうした課題については、さらなる研究の蓄積が待たれる。

本稿の作成に当たっては、青木浩介、加藤涼、木下信行、塩路悦朗、須合智広、関根敏隆、西崎健司、西村清彦、福永一郎、藤木裕、前田栄治、門間一夫の各氏から有益なコメントを頂いた。ただし、あり得べき誤りは、全て筆者に属する。また、本稿で示されている見解は、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  1. *1 調査統計局 E-mail : wataru.hirata@boj.or.jp

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