日本における市場分断・特定期間選好仮説のDSGEモデルによる検証 ―ストック効果とフロー効果の定量比較を中心に―
2018年10月1日
須藤直*1
田中雅樹*2
要旨
世界的金融危機以前の経済学では、「中央銀行の長期国債買入れは、長期金利に対して中立である」との見方が支配的であった。しかし、世界的金融危機を受けて主要中央銀行が大規模な長期国債買入れに踏み切る中で、国債市場における市場分断や特定期間選好の存在に着目し、「中央銀行の長期国債買入れが、ターム・プレミアムを通じて長期金利を押し下げる」との見方も増えている。本稿では、市場分断・特定期間選好を明示的に組み込んだDSGEモデルを、1980年代から2017年までの日本のデータを用いて推計し、日本銀行による長期国債買入れがターム・プレミアム、ひいては経済・物価に与える影響について、それが買入れた長期国債残高(ストック効果)を通じたものか、各期買入れるフローの規模(フロー効果)を通じたものかという点を中心に、定量的に分析した。分析の結果は、以下の3点にまとめられる。(1)市場分断・特定期間選好は有意に存在し、日本銀行による長期国債買入れは、ターム・プレミアムの押し下げを通じて、経済・物価へ緩和効果をもたらした。(2)こうしたターム・プレミアム押し下げ効果は、日本銀行による量的・質的金融緩和の導入以降、顕著に強まっており、2017年末時点で50~100bps程度となっている。(3)この押し下げ効果のうち9割以上がストック効果によるものであり、フロー効果の寄与は限定的である。本稿の分析は、長期国債買入れによるターム・プレミアム押し下げ効果について議論する際には、日本銀行が各期買入れるフローの大きさよりも、日本銀行が保有するストックの大きさの方が重要度が高いことを示唆する。
JEL 分類番号
C54、E43、E44、E52
キーワード
金融政策、ターム・プレミアム、動学的一般均衡モデル
本稿の作成に当たり、一上響氏、宇野淳氏、黒住卓司氏、小林悟氏、小林俊氏、白塚重典氏、戸辺玲子氏、長野哲平氏、西崎健司氏、丹羽文紀氏、吉羽要直氏および日本銀行でのセミナー参加者から有益なコメントを頂戴した。加藤直也氏、小枝淳子氏、福永一郎氏からは、金融機関の国債保有などに関するデータの提供を受けた。Vasco Cúrdia氏からは、分析コードの提供を受けた。また、高木梓里氏からは、本稿の作成過程において様々なご助力を頂いた。記して感謝の意を表したい。もちろん、本稿のあり得べき誤りは、全て筆者たち個人に属する。なお、本稿に示される内容や意見は、筆者たち個人に属するものであり、日本銀行および企画局の公式見解を示すものではない。
- *1日本銀行企画局(現・金融研究所) E-mail : nao.sudou@boj.or.jp
- *2日本銀行企画局 E-mail : masaki.tanaka-2@boj.or.jp
日本銀行から
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