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日本銀行業務局の役割 バンキング機能の中核を担う(2012年9月25日掲載)

日本銀行の果たしている仕事の一つに、銀行をはじめとする民間の金融機関から当座預金を受け入れたり、金融機関との間で貸し出しや有価証券の売買を行う役割があります。こうした預金受け入れなどの役割は、一般の企業や個人に対する銀行の関係と似ていることから、日銀は「銀行の銀行」と呼ばれることがあります。今回は、日銀の「銀行の銀行」としての役割において決済などの実務を担う業務局に取材しました。


バンキングを通じて日銀の金融政策を実行する

日銀当座預金取引先数(2011年度末)
銀行 128
信託銀行 17
外国銀行 55
信用金庫 262
証券会社等 38
その他 54
合計 554

まずは表(日銀当座預金取引先数)をご覧ください。

これは、日銀が2011年度末時点で当座預金取引を行っている民間金融機関の数をまとめたものです。銀行や信託銀行、外国銀行、信用金庫、証券会社など、550以上の金融機関が日銀に当座預金の口座を持っていることが分かります。日銀は、一定の基準・条件を満たしているかどうかを確認した上で、金融機関との当座預金取引を開始することとしています。

日銀が「銀行の銀行」と呼ばれるのは、銀行が日銀の当座預金にお金を預けたり引き出したりするから、この預金を使って決済を行っているから、という理由だけではありません。日銀業務局総務課企画役の山崎真人さんは、こう指摘します。

「国の行政機関は法律を通じて種々の政策を実行しますが、日銀では銀行業務(バンキング)を通じて、つまり『銀行の銀行』としての役割を通じて金融政策を実行しています。金融機関との間で、預金の受け入れや貸し出しの実行、有価証券の売買といったさまざまな金融取引を行います。これらの面で日銀が行う銀行業務は、民間金融機関の業務と本質的に異なるものではありませんが、金融政策を目的としている点で大きく異なっているのです」

日銀の金融政策とは、ごく簡単に言うと「物価の安定のために、金利のコントロールをすること」です。日銀は毎月、政策委員会の金融政策決定会合を開き、金融市場の調節方針などを決めています。方針は、民間の金融機関が資金の貸し借りを行う短期金融市場の金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)について誘導目標水準を定める形式をとっています。

その具体的なやり方をかいつまんで説明すると、金融機関には資金が余っているところもあれば、一時的に不足しているところもあります。このとき、資金の足りない金融機関は、余っている金融機関から翌日まで短期間資金を借ります。こうして短期金融市場では日々、金融機関間で資金の貸し借りが行われています。その中で資金が余っている金融機関が多い場合、金利水準は下がります。その反対の場合なら上がることになります。

日銀は、短期金融市場における資金の需要と供給のバランスを調節することで、誘導目標の金利水準を達成するように働き掛けています。例えば、資金の供給量を増やして金利を下げる場合は、日銀が金融機関に対して貸し出しなどを行い、その資金を日銀当座預金口座に振り込みます。逆に、供給量を減らして金利を上げる場合には、日銀が保有している国債などを金融機関に売却するなどして、代金を金融機関の日銀当座預金口座から引き落とします。山崎さんが言うように、日銀は金融機関との間で取引を行って資金の供給量を増減させることを通じて短期金融市場の金利をコントロールするのです(こうした目的のために行う取引を「オペレーション」〈公開市場操作〉といいます)。

「政策の実行部隊」の自負を持ち金融取引の実務に当たる

  • 写真1

    本店業務局の窓口

日銀が適切な金融政策を立て、誘導目標を定めても、金融機関とのさまざまな取引をきちんと実行しなければ、金利はコントロールできません。取引の確実な実行が何より大事になります。その仕事を担うのが、日銀業務局と各支店の業務課です。

金融政策決定会合で金融市場の調節方針が決まると、まず日銀の金融市場局が市場での入札を行い、どの金融機関に何%の金利でいくら資金を貸し出すか、あるいはどの金融機関からどの有価証券をどんな値段でいくら買い入れるか、といった取引内容を決定します。日銀業務局では、こうして決定されたさまざまな金融取引について、必要な資金の受け払い(資金決済)や有価証券の受け渡し(証券決済)などの事務を処理することで、取引が完了します。

「決済を行う際には、有価証券の種類や銘柄に誤りがないか、金利や売買価格に間違いはないかなど、入念に確認しなければいけません。また貸し出しを行う場合には、貸出先となる金融機関から、国債や社債、企業向けの証書貸付債権などの金融商品を担保として日銀にあらかじめ差し入れてもらいます。担保を受け入れる際にも、それが日銀の定めた要件を満たしているかどうか、一つ一つ確認しなければいけません」(山崎さん)

取引額は、一つの金融機関に対して1回当たり数千億円の規模になることも珍しくないといいます。取引額が大きくなると、買い入れたり、担保として受け入れたりする有価証券・貸付債権の種類・銘柄も増えるため、これらの確認・受け渡し事務も膨大になります。しかも、市場の状況いかんでは、それをごく短時間で実行していかなくてはなりません。例えば、リーマンブラザーズ破綻直後には、2.5兆円という巨額の貸し出しを即日で実行しています。それでも、業務局や各支店の業務課では事務を滞りなく処理しなければなりません。金融政策決定会合に端を発し、入札で決められた金融取引を、業務局や各支店の業務課が確実・迅速に処理することで、日銀の金融政策は実行されるのです。

金融取引に伴うさまざまな事務は、そのほとんどがコンピュータ・システムで自動処理されますが、「日銀が新たな政策手段を導入する場合などには、そのための金融取引について従来のシステムを含めた事務処理体制では処理しきれず、これに対応するための新体制を短期間で構築しなければいけない、というケースもあります」と、日銀業務局営業業務課営業業務グループの企画役補佐・副長の荒木正人さんは言います。

「私たち業務局員が、その新たな政策手段のための金融取引について事務処理をできないとなれば、当然、政策も実行されません。そういう意味では、私たちは日銀の金融政策の『実行部隊だ』という自負を持って日々、仕事に当たっています。先程のように従来のシステムで処理できないときは、業務局員が皆で知恵を絞って市販のソフトなどを加工し、簡易的な『身の回りシステム』を作り、事務処理体制や事務手順などを限られた時間で検討して事務対応を整えたこともあります。政策が決定されてもわれわれ現場の体制作りに時間をかけ過ぎてしまうと政策効果が思うように発揮されないかもしれません。ですから、そんな知恵や工夫を凝らしながら、早期にスキームを作り、金融取引の事務を処理し、日銀の政策を実行面から支えていく。そこが業務局や各支店の業務課の腕の見せどころであり、やりがいを感じるところでもあります」

日銀は近年、中長期的な物価の安定を念頭に置いて、金融緩和を強力に推進しています。2010年10月5日の金融政策決定会合では、3つの措置からなる「包括的な金融緩和政策」を実施することを決めました。その中では、臨時の措置として「資産買入等の基金」を創設し、国債や社債、CP(コマーシャル・ペーパー)という短期の資金を調達するために発行する無担保の約束手形のほか、指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)といった金融商品を買い入れることも決定しました。

そのときのことを、前出の山崎さんはこう振り返ります。

「これまで、社債やCPを日銀が買い入れることはありましたが、ETFとJ-REITの買い入れは初めてのことでした。業務局では、行内の関係部署と連携し、買い入れに関する事務の流れ、経理処理や決済の仕組みなどを検討しました。こうした分野に専門スキルを有する信託銀行を介して取引を行い、信託銀行が行った取引を業務局が確認・管理する仕組みを採用することになりました。その後の具体的な事務手順の作成に当たっては信託銀行と実務を細かく擦り合わせたほか、契約書の作成といった法務事務の調整も含めて短期間での政策の実現に向けて取り組みました。このように、多様化され、高度化された金融取引に対しても、実務面で柔軟・確実に対応することで金融政策を支えているのです」

多様な資金供給手段の活用(2012年6月末時点)

1.資金供給手段毎の残高(2.を除く)
資金供給手段 残高 備考
長期国債 64.9兆円 年21.6兆円ペースで買入れ
国庫短期証券 0兆円
(13.2兆円)
( )内は、引受を含めた残高。
国債買現先 0兆円
共通担保資金供給(金利入札方式) 0兆円
CP(コマーシャル・ペーパー)買現先 0兆円
被災地金融機関支援オペ 0.4兆円
成長基盤強化支援資金供給 3.2兆円
2.資産買入等の基金
資金供給手段 残高 上限金額
資産買入れ 21.6兆円 45兆円程度
資産買入れ 長期国債 12.6兆円 29兆円程度
国庫短期証券 3.5兆円 9.5兆円程度
コマーシャル・ペーパー等 1.9兆円 2.1兆円程度
社債等 2.2兆円 2.9兆円程度
指数連動型上場投資信託(ETF) 1.3兆円 1.6兆円程度
不動産投資信託(J-REIT) 0.09兆円 0.12兆円程度
共通担保資金供給(固定金利方式) 32.4兆円 25兆円程度
合計 54.0兆円 70兆円程度

日々の日銀ネット運行管理を行い確実・円滑な資金決済を図る

  • 日銀ネットの運行管理を行うパソコン画面のイメージ図

    日本銀行では日銀ネットの運行状況をリアルタイムで把握している

業務局や各支店の業務課は日銀と金融機関間の取引を行うだけでなく、金融機関同士のさまざまな資金決済に関する事務も取り扱っており、日本全体の資金決済の中核的な機能を担っています。

金融機関は日銀の当座預金口座でさまざまな資金の受け払いを行います。例えば、私たちが携帯電話の料金などを自分の銀行口座から他の銀行にある受取人の預金口座に振り込んだ場合も、最終的には金融機関の日銀当座預金口座の間で資金決済されています。その際、日銀は日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)と呼ばれる基幹コンピュータ・システムを用いて資金決済にかかわる事務を処理しており、業務局や各支店の業務課ではその事務を担当するとともに、予定どおりに日々の資金決済が完了するかどうかを確認する役割も果たしているのです。

日銀業務局統括課企画役の山本一也さんは「日銀ネット当預系で行われる金融機関間の資金決済の金額は、1日当たり100兆円を超えます」と話します。

「ここで仮に事務ミスやトラブルが起こると日本全体の金融・経済活動に大きな影響が及んでしまいます。業務局統括課では、確実・円滑な資金決済を図るために、日銀ネットの操作や画面の確認などにより日々の運行管理を行うとともに、金融機関や各種の決済機関が定められた時刻までに予定どおりに決済を完了するかについてもモニタリングしています。資金不足などで完了できない可能性がある金融機関などが現れた場合は、速やかに連絡を取り、金融機関の資金繰りをチェックしている金融機構局などとも連携しながら決済完了のための対応策を講じます」

昨年3月11日の東日本大震災の発生時には、日銀ネットは通常稼働していたものの、一部支店のある地域に大津波警報が発令され、決済完了できない恐れもあったといいます。そこで業務局統括課では、警報で職員が避難することになった支店の運行管理事務を臨時的に代行しました。山本さんは「皆が冷静に対処してくれたおかげで、震災当日もほぼ通常どおりの時刻に決済完了できました」と、振り返ります。

このように、日銀の金融政策を実務面で支え、またわが国の資金決済も支える日銀業務局の役割は、決して少人数で果たせるものではありません。業務局は日銀の中でも大きな組織です。前出の山崎さんは、こう話していました。

「業務局の現場は決して派手ではありませんが、多くの職員たちがチームプレーを意識し、積み上げ型でさまざまな仕事をきっちりと仕上げ、全体を円滑に回していく。それが私たち業務局の特徴であり、その組織力は多岐にわたる役割を果たす上で強みであると思います」