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日本銀行金融研究所アーカイブの活動 歴史的資料の価値を未来に届ける(2012年6月25日掲載)

「アーカイブ」という言葉を耳にしたことはありませんか?聞き慣れない言葉ですが、「業務で作成された文書等の中から、歴史・文化・学術的な価値を持つものを選別し、保存・公開すること、また、そうした文書等を保存し、公開する施設」といった意味です。欧米各国ではこうしたアーカイブ活動が早くから広がり、官公庁などが作成した文書等は国民が共有すべき財産として保存・公開されています。
日銀は、アーカイブ活動に早くから取り組んできました。収集・保存し、公開されている日銀開業以来の歴史的な資料は、現在約7万4千冊。この膨大な歴史的資料は誰でも閲覧できます。閲覧方法も含めて、日銀アーカイブの活動を紹介しましょう。

「国立公文書館等」として7万4千冊の資料を所蔵

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日本銀行本館落成式(1891年〈明治24〉3月)の写真。(日本銀行金融研究所アーカイブ所蔵)

「明治15年6月創業諸回議簿」、「明治37年英貨債証券見本」、「昭和2年5月日本銀行設計図帖」…。

程よい温湿度の空間に電動式の書棚がずらりと並び、その棚に古い文書や帳簿、図面や写真が丁寧に収納されています。天井の蛍光灯は紫外線カットのタイプが使われ、入口には防塵マットも設置されています。

歴史的な資料を大切に保管している書庫で、金融研究所歴史研究課企画役(取材当時。現在は宮崎事務所長)でアーカイブ館長を務めている斧渕裕史さんがこう説明します。

「日銀では、このような書庫で日銀が明治15年(1882)の開業時から作成してきた文書や帳簿など、約7万4千冊の歴史的資料を大切に保存し、一般への公開・利用に供しています」

官庁や企業や大学で、業務などのために作成された文書等の中から、歴史・文化・学術的な価値があるものを収集し、保存・公開する機能や施設を「アーカイブ」と言います。18世紀のフランスの国立中央文書館が近代アーカイブの始まりと言われます。日銀でもアーカイブ担当のグループを金融研究所に置き、開業以来の歴史的資料を保存・公開する活動に早くから取り組んできました。斧渕さんは、これまでの歩みをこう振り返ります。

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本店増築の際に作成された図面、東側立面図(1927年〈昭和2〉)。(日本銀行金融研究所アーカイブ所蔵)

「最初の取り組みは昭和57年(1982)。日銀の創立100周年事業の一環として、金融研究所で歴史的資料の保存と研究者向けの公開を始めました。その後、国民に広く開かれたアーカイブとしての取り組みを進めるため、平成11年(1999)9月に日銀アーカイブを正式に発足させました。情報公開法が施行された平成14年(2002)10月からは、歴史・文化・学術的な価値を持つ資料を管理する施設として総務大臣の指定を受け、さらに公文書管理法が施行された昨年4月以降は、内閣総理大臣から『国立公文書館等』の指定を受け、同法に基づいて活動しています」

中央官庁などの国の機関で作成された歴史的資料は国立公文書館(独立行政法人)で保存管理されていますが、日銀では、業務のために作成した歴史的資料を「国立公文書館等」の指定を受けた日銀自身のアーカイブで独自に保存管理しているのです。

資料の収集:歴史的に価値ある資料を集める

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歴史的資料を保存する書庫。

では、日銀アーカイブは具体的にどのような業務を行っているのでしょうか。

「アーカイブの業務は大きく、資料の収集、保存、公開の三つに分けられます」と斧渕さん。文書管理について専門知識を持つ「アーキビスト」をはじめとするアーカイブスタッフが、それぞれの業務を分担して処理しています。

まず、資料収集の業務ですが、対象となる文書等は、日銀の各部署で作成されたものが中心となります。日銀の各部署で作成された文書等は、その内容により5年、10年、30年などと作成部署での保管期間が決められています。保管期間を終えると、公文書管理法に従い、歴史的価値のあるものがアーカイブに移管されることになります。

公文書管理法を基に日銀が定めた規程では、歴史資料として重要なものを、(1)日銀の政策・組織運営の基本方針や実施計画にかかわる記録、(2)金融経済情勢等の調査・研究に関する公文など、日常的な業務遂行の過程で発生する業務そのものにかかわる記録、(3)組織を維持運営していくために必要な人事・財産・会計などの記録――の三つに分類して掲げています。

このように具体的に定められた基準に沿って、歴史的価値がある資料が集められていくことになるわけですが、アーキビストの苗村篤志さんは「資料の収集にあたっては、後世に必要とされるかどうか、という観点が大事」と言います。

「100年近く前の日銀の日々の取引を記載した帳簿が歴史研究に活用されている例もあります。われわれは資料に向き合うとき、将来、どのような価値を持ち得るかまで考えないといけません」

なお、アーカイブでは、このほかに外部からの寄贈により資料を受け入れることもあります。

資料の保存:歴史的資料を未来に引き継ぐ

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紙の酸化性により、紙質の劣化が進行している歴史的資料は、マイクロフィルム化している。

資料収集と同様に、保存の業務も簡単ではありません。特に、古い紙資料の劣化への対応は難問です。

日銀アーカイブの資料はほとんどが紙資料ですが、戦中・戦後の物不足の時代などに作成された資料には、紙に含まれる酸で傷んでいるものがあるのです。放っておくと粉々に破れてしまう恐れがあります。

そこで、日銀アーカイブでは、中性紙の箱に資料を収納して劣化の進行を抑えたり、劣化が著しい場合はマイクロフィルム化するなど、長期保存の対策を講じています。でんぷんのりや和紙を使って資料を補修することもあります。

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補修の際には、原本を傷めないように、でんぷんのりや和紙を使用。

保存担当のアーキビスト、坪倉早智子さんはこう話します。

「書庫の環境管理と共に、一冊一冊の資料の状態にも気を配らなければなりません。日銀では、明治の早い時期から、インクと万年筆を使用するなど、その時々の最先端の文房具を活用して文書等を作成してきています。また、コピー機の無い時代には、コンニャク版(注)により複製をするなどの工夫もしてきました。そうした作成当時は最善と思われた方法で作成された資料であっても、時が経つにつれて、文字が薄くなったり抜け落ちたりするなど、どうしても劣化してしまうのです。それらの手入れをしながら、100年、200年と引き継いでいく。リレーのバトンを次の世代に渡すような感覚で保存の仕事に当たっています」


  • (注)コンニャクなどを用いた転写方法。転写版として用いるコンニャクなどを原本に押し付けて文字(インク)を転写した後、別の紙に再度転写する。明治から大正にかけて主に利用された。

資料の公開:歴史的資料の価値を広く国民に届ける

日本銀行金融研究所アーカイブが所有する歴史的公文の利用の流れ。ステップ1、資料目録から閲覧したい資料の目星をつける。ステップ2、金融研究所アーカイブに連絡する。ステップ3、歴史的公文利用請求書を送付する。ステップ4、歴史的公文利用決定通知書の送付を受ける。ステップ5、歴史的公文の利用の方法申出書を送付する。以上、5つのステップを経て歴史的公文の閲覧となる。

日銀アーカイブは、町の図書館のように気軽に利用できるとは思われていないかもしれません。でも、ここで保存する資料は、年齢や国籍などに関係なく、誰でも閲覧可能です。苗村さんは「歴史的資料の公開では、さまざまな人々の利用ニーズに応えていくことが大切。資料の公開の作業は、収集・保存とともに、アーカイブの業務の両輪です」と言います。

利用者の中で最も多いのは歴史研究者で、金融経済史などに関する資料を閲覧するそうです。マスコミなどからの問い合わせも多いほか、日銀の各部署も「昔の業務の経緯を確認したい」とアーカイブを利用しています。

閲覧までには五つのステップがありますが、難しいところはありません(図参照)。収集した資料の公開に先立って、アーカイブではさまざまな閲覧希望に対応すべく、準備を進めることになります。その最初のステップは、膨大な資料を利用しやすいかたちに整理する作業。担当アーキビストは村上大輔さんです。

「アーカイブへ移管された資料をデータベースに整理した上で、資料の名称や作成年、作成部署などを目録にまとめてリスト化します」

村上さんが中心となって作成した「資料目録」は日銀アーカイブのホームページに掲載されます。閲覧希望者は、そこから閲覧したい資料をピックアップできます。

とはいえ、目録だけでは見たい資料の目星がつかない、ということもあるでしょう。そんな閲覧希望者のために「電話などで問い合わせに応じます」と村上さん。

「閲覧のニーズや目的を伺いながら、適切な資料の特定を行います。歴史研究者から研究の趣旨を伺ってそれと関係の深い資料を見つけてご紹介していくことが中心になります」

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英貨債証券見本(1904年〈明治37〉)。(日本銀行金融研究所アーカイブ所蔵)

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日本銀行定款(1882年〈明治15〉)。(日本銀行金融研究所アーカイブ所蔵)

さまざまな閲覧ニーズに一つ一つ対応していくことは容易な作業ではありません。でも「国立公文書館等として活動し、あらゆる人々に開かれている日銀アーカイブですから、閲覧者の希望に沿うよう問い合わせには丁寧に対応します」と、アーキビストたちは口をそろえます。

一方、資料公開に際して細かい神経を使うケースもあります。

閲覧希望者は、閲覧したい資料が見つかったら「歴史的公文利用請求書」を日銀アーカイブに送ることになります。一方、請求書を受け取った日銀アーカイブは、原則として30日以内(最長60日以内)に閲覧希望の資料を審査して、返事(歴史的公文利用決定等通知書)を送ります。その審査の時に悩ましい問題が現れるケースがあるのです。

「歴史的資料でも個人情報や法人情報等が含まれていることがあります。日銀は、取引先などと情報を交換し、文書に反映したりしています。守秘義務契約を交わしていなくても、長年の信頼関係から日銀に提供された情報もあり、そのまま公開したら、個人や法人の利益を害する恐れがあるものも含まれています。そうした情報は、法律でも保護されているのです」(斧渕さん)

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アーカイブが所蔵する最古の帳簿(1882年〈明治15〉)。(日本銀行金融研究所アーカイブ所蔵)

このような場合、日銀アーカイブでは、資料の中で利用を制限する範囲を洗い出し、それ以外の部分を閲覧に供しています。

歴史的資料の公開に当たって関係者の利益を害することのないようにしなければ、日銀が中央銀行として責務を果たす上での基盤も維持できません。そのために慎重を期すのです。

歴史的資料をできるだけ活用してもらうことと、個人情報、法人情報などを保護していくこと、いずれの要請にも適切に応えていくことの難しさをアーカイブスタッフは日々感じていると言います。

歴史的資料は「種子」となり将来の社会に実りをもたらす

斧渕さんは、こう話します。

「日銀アーカイブの意義は、歴史に学び、先人に学ぶところにあります。日銀の歴史的資料が『種子』となり、将来の実りをもたらすと私は思っています。私たちは、国民の共有財産である歴史的資料の価値を、50年後、100年後にしっかりと届けるよう、公文書管理法の下で、日々努力しています」

国民に広く開かれたアーカイブとして、活動開始から十数年の歴史を重ね、さらに、将来を見据えて努力を続ける日銀アーカイブ。これからも歴史的な価値を未来に引き継ぎ、その輝きを広く国民に届けていって欲しいものです。