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国際局「国際収支課」の仕事 日本の「家計簿」―国際収支統計(2015年9月25日掲載)

日本銀行は金融経済の実態を適切に把握するために、さまざまな統計を利用するばかりでなく、自らも各種の金融・経済統計を作成しています。今回は、そのうちの一つ、国際局国際収支課が集計・作成する「国際収支統計」を取り上げます。
モノを輸出・輸入したり、海外に工場をつくったりすれば、日本と海外との間でお金のやりとりが発生します。その収支(一定期間内でのお金の受け取りと支払いの差額)を示した統計が「国際収支統計」です。各種の経済分析や研究、そして経済政策の運営において重要な統計データとして利用されますが、どのように統計がつくられているのでしょうか。国際収支統計の基本的な仕組みと作成の舞台裏を、分かりやすくご紹介しましょう。


日本の「家計簿」のつくり方

「国際収支統計」は、ある国と外国との間で行われる財貨、サービス、証券などの経済金融取引や、それに伴って生じるお金(決済資金)の流れなどを体系的に記録した統計表のことです。国際局国際収支課国際収支統計グループ長の森下謙太郎企画役は「モノや資金の外部との出入りを記録するという意味では、一国の『家計簿』や『現金出納帳』みたいなものと言えるかもしれません」と話します。

「国際通貨基金(IMF)の加盟国(2015年7月現在で188カ国)には、協定により国際収支に関する情報の提供が義務付けられています。同時に、日本の場合、外国為替及び外国貿易法(外為法)において、財務大臣が定期的に統計を作成し内閣に報告することが定められており、日銀は、財務大臣の委任を受けて、日本と外国との経済金融取引を集計・記録した国際収支統計の作成を担っているのです」

日本と外国との経済金融取引は、大きく「経常取引」と「金融取引」に分けることができます。

「経常取引」は、例えば、商品を外国から輸入したり、海外旅行でホテルに宿泊したりする時に発生する取引のことで、利子や配当金の受け払いも経常取引に含まれます。一方、「金融取引」とは、例えば、日本の企業が外国に現地工場をつくったり、外国の銀行から借入れをして何年かかけて返したりする取引のことです。国際収支統計では、こうした対外的な経常取引を「経常収支」に、対外的な金融取引を「金融収支」に計上し、それら以外の取引(対外的な無償援助など)を「資本移転等収支」に計上することになります(注)

  • (注)ここで言う「日本」と「外国」の区別の基準は、国籍等によるものではありません。日本の国際収支統計はIMFの「国際収支マニュアル(Balance of Payments International Investment Position Manual)」に準拠していますが、同マニュアルでは、ある国に拠点を持ち、原則1年以上の期間にわたって経済活動を行う個人・法人を、その国の「居住者」と定義しています。この定義によると、外国企業の日本支店などは日本の「居住者」と見なされます。外国企業の支店と日本国内の企業や日本人との取引は国際収支統計には計上されません。「居住者」と「居住者」の取引に該当するからです。国際収支統計に計上されるのは、日本から見て「非居住者」となる個人・法人と、「居住者」の個人・法人との間の取引です。
    国際収支統計の計上方法などについて、詳しくは日銀ホームページ上の解説もご参照ください。

「貿易立国」から「爆買い」へ?日本の「稼ぎ方」が分かる

平成26年度中国際収支状況(速報)(単位:億円)
経常収支 78,100
経常収支 貿易収支 -65,708
サービス収支 -28,102
サービス収支 うち旅行収支 2,099
第一次所得収支 191,369
第二次所得収支 -19,459
資本移転等収支 -2,699
金融収支 137,492
金融収支 直接投資 126,974
証券投資 50,166
金融派生商品 45,280
その他投資 -87,848
外貨準備 2,920

日本の国際収支統計について、具体的に見てみましょう。「貿易立国」という言葉がよく使われるわが国では、商品の輸出入である「貿易収支」に関心が集まり、それにサービスや利子等を加えた「経常収支」も注目されます。

日銀国際局国際収支課が集計・作成し、財務省国際局為替市場課を通じて2015年5月13日に公表された、「平成26年度中国際収支状況(速報)」を見ると、「経常収支」は7兆8100億円の黒字となっています。ただ、一方で、「貿易収支」は6兆5708億円の赤字になっています。これは、どういう状況なのでしょうか。

「よく見ると、海外投資による利子や配当の受け払いを計上する『第一次所得収支』が大幅な黒字となっています。そのため、差し引きで経常収支が黒字になっているのです。もっとも、投資による収益が経常黒字の主因(稼ぎ手)となったのは、ここ最近のことです。日本は戦後、原材料を輸入し、加工品を輸出して稼ぐ貿易立国として経済成長してきました。そんな日本の『稼ぎ方』が変わりつつある状況を、国際収支統計は映し出しています」(森下さん)

14年度中の国際収支統計を細かく見ると、さらに面白いことが分かります。経常収支の中の「サービス収支」は2兆円以上の赤字となっていますが、さらにその内訳項目である「旅行収支」は黒字となっています。

旅行収支は、訪日外国人が宿泊や飲食などに使ったお金から、日本人の旅行者が宿泊や飲食などに使ったお金を差し引きます。その結果、13年度は5304億円の赤字だったのが、14年度には2099億円の黒字に転じました。国際収支統計で旅行収支が黒字になるのは1959年以来、55年ぶり。森下さんはこう言います。

「昨年来、訪日外国人の増加や中国からのツアー客の『爆買い』が注目されましたが、そうした動きが統計でも確認できるということです。私たちが国際収支統計の作成に際しては、正確を期することは当然のことですが、統計が日本のあらゆる対外経済金融取引を的確に把握しているかを常に検証し、見直すことも求められています」

  • 写真1

    報告内容や統計計数をグループ内で確認

多種多様な大量の報告書を基に統計データを積み上げる

では、国際収支統計は、具体的にどのように集計・作成されるのでしょうか。

「貿易収支」は、財務省が作成・公表する貿易統計(通関統計)を基礎資料とし、国際収支統計の作成基準等に合わせて調整します。

「旅行収支」は、出入国管理統計や観光庁が作成・公表する調査結果等からデータを収集し、訪日外国人・出国日本人の1人当たり消費額、入国者・出国者数等から計数を推定します。

それら以外の収支は、原則として、対外的な取引ごとに提出される各種報告書に基づいて、作成します。各収支について集計した統計類がすでに存在するわけではなく、国際収支課の担当者が、外国(非居住者)との取引実行(発生)の時点で提出される報告書を収支の項目ごとに集計するのです。国際収支統計グループの羽鳥早苗さんはこう説明します。

「国際収支課が受理する(日銀宛てに届く)大量の報告書について、1件ずつ、内容をチェックします。私は『第一次所得収支』の統計の作成を担当していますが、基本のデータ源となる報告書は月に2千件にのぼります。報告者は金融機関、一般事業会社のほか、個人の方もいらっしゃいます」

外為法では国際収支統計の作成等を目的に、対外取引の当事者に対してさまざまな報告書の提出を義務付けており、それらが送金取扱銀行等を通じるなどして日銀に書面で送られる仕組みとなっています。報告書は40種類以上あり、国際収支課は1日平均で1500件前後の報告書を受理します。日々、報告書の山が仕分けされ、各収支の担当者に渡ると、確認作業が始まるのです。

「1件ずつ、誤報告がないかなどをチェックし、少しでも気になる記載があれば、報告された方にはご負担をかけますが、電話で取引内容を確認させていただきます。そんな作業をコツコツと積み上げます」(羽鳥さん)

報告書のうち、中心的な存在は、「支払又は支払の受領に関する報告書」と言われるものです。これは、非居住者などとの間で実行した送金・受領について、相手先、金額、取引目的別に定められた「国際収支項目番号」等を記載し、送金・受領者から送金取扱銀行経由などで報告されるものです。送金・受領の金額が3千万円を超える場合、個人でもこの報告書を提出しなければなりません。

「個人の方には見慣れない記載箇所もあるはずです。そうした方に報告書の内容を確認する際は、統計を知らなくても理解できるように分かりやすく説明したり、曖昧な言葉遣いは避けたり、丁寧な対応を心掛けています」(羽鳥さん)

また、日本の国際収支統計は円建て表示ですが、非居住者などとの間で実行した送金・受領に関する報告書では、外貨建ての表示のものも少なくありません。集計の際、円建てに換算するレートは、誰がどう決めているのでしょうか。外為法手続グループの高橋勉主査はこう答えます。

「外為法では、外国為替の取引等の報告に使用する為替レート(報告省令レート等)は、財務大臣が定める方法(計算式)に従って、日銀が公表することになっています。そのため、国際収支課では、世界約60カ国の通貨について円換算する為替レートを毎月算出、公表しています。こうした為替レートは、統計作成のためだけでなく、報告書の提出要否を判断するためにも必要なものです。大変重要な事務であり、正確な算出を心掛けていることは言うまでもありません」

国際収支課では、こうした報告書以外にも、事前の提出が義務付けられている届出等の受理も担っており、日々、多くの方々のご協力をいただきつつ、事務を進めています。

  • 写真2

    提出された報告書の束

  • 写真3

    届出等の受理風景

使いやすく、報告しやすい統計を目指して

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インターネット経由で報告を受理するオンラインシステム

日本の国際収支統計は、当該月の翌々月に「速報(月次)」を公表しています。作成の基本となる報告書の中には、当該月の翌月の中旬から下旬に提出されるものも多いので、国際収支課がそれらを受理して集計し、統計を作成するまでの期間は1カ月もありません。

多種多様な大量の報告書に基づく統計を短期間に作成・公表するため、国際収支課では、システムを活用しています。報告書のデータを入力すると、速報値、第二次速報値(確報値)に加えて、地域別の国際収支などもシステムが作成します。

また、このシステムは、報告者の負担軽減の観点からも役立っています。国際収支統計システムグループの大山明美さんによると、「05年1月に『日本銀行外為法手続きオンラインシステム』を導入し、外為法による報告書(40種類以上)はすべてインターネット経由で報告可能になりました」とのこと。

「金融機関や一般事業会社を中心に利用者は約600先に達し、日次で受理する証券投資報告(証券銘柄ごとの詳細情報を毎日提出するもの)については100%オンラインで報告されています。もっとも、報告数が多い『支払又は支払の受領に関する報告書』はまだ郵送が大半を占めます。今後、オンライン利用者を増やしていくために、より分かりやすい利用案内や手続き方法の整備に力を入れているところです」

「プラス」が「マイナス」に、「マイナス」が「プラス」に経済実態に合った統計に向けて

統計作成に際して重要なのは、前述したとおり、経済金融取引を的確に把握することです。経済環境の大きな変化に伴い、国際収支統計が経済金融取引の実態を十分に把握できなくなるかもしれません。これについて、国際収支統計グループの和田麻衣子主査はこう説明します。

「日本の国際収支統計が準拠するIMFのマニュアルは、1948年に第1版が公表されました。その後の経済環境の変化や推計方法の進化などを踏まえて、マニュアルは国際間の取引が統計に適切に表現されるように適宜改訂されており、現在は2008年に公表された第6版が最新のものとなっています。それを受けて、日本の統計も14年1月の取引計上分から最新のマニュアルに基づいて作成・公表されています」

今回の見直しでは、1990年代央以降のアジア通貨危機などの経験を踏まえ、国際金融関連取引の把握に力点を置いています。このため、関連項目の見直しなどを実施したほか、統計の表記方法の変更も行っています。例えば、項目の見直しとして、通貨別・部門別の項目を拡充・細分化するなど、バランスシート項目の充実が図られています。加えて、金融関連取引について、従来は資金の流出入に着目し、流入をプラスの符号で、流出をマイナスの符号で表記していたものを、見直し後は、資産・負債の増減に着目し、資産・負債の増加をプラス、減少をマイナスで表記するように変更しました。

この結果、統計表の資産(対外投資)側の符号が従来と逆になりましたが、「資産・負債の残高の増減が国際収支の動きと同じになるので、その意味では分かりやすくなりました」と和田主査は言います。

「的確な統計を作成するだけでなく、ユーザーフレンドリーという視点も必要です。統計は使われてこそ意味を持ちます。精度や信頼性と同時に、データの使いやすさや説明の分かりやすさも含めて、統計の品質向上を図っていく必要があると思っています」

国際収支課のスタッフは、マニュアルの改善を検討するIMF国際収支委員会やその下部組織での議論にも参画しており、同委員会が1929年に発足した当初から、世界各国のメンバーと国際収支統計の品質向上について意見交換しています。

写真5

国際収支マニュアル(IMF)等

今後も重要性の高まる国際収支統計

国境を越えた経済活動が拡大する中で、今後、国際収支統計の重要性は、より一層高まることでしょう。日本の国際収支統計は、実に多くの方々の協力を得て作成されていますが、その中核を担う国際局国際収支課への期待も、より一層高まるはずです。