日本銀行ニューヨーク事務所 海外事務所の仕事 世界の金融の中心にて(2025年6月25日掲載)
日本銀行ニューヨーク事務所は1905年に開設され、今年で120周年を迎えます。アメリカの中央銀行である連邦準備制度が創設されたのは1913年ですので、それ以前からこの地で活動していたことになります。そんな長い歴史を持つニューヨーク事務所のいまについて、ご紹介します。
「世界の金融の中心」であるということ
ニューヨークは現在、「世界の金融の中心」としての地位を確立している、と言ってよいと思います。「金融」とは、ひと言で言えば、お金を必要とする人に対して、お金を持っている人が融通する(使えるようにする)ことを意味します。そして、お金を融通する際には、その相手がちゃんとお金を返してくれる信用できる人かどうかの評価が、大事なポイントとなります。
「ニューヨークの凄いところは、お金を必要とする側も、お金を持っている側も、世界中から多種多様なバックグラウンドを持つ人が山ほど集まってきていて、両者のニーズを結び付けるための手法についても、次々と新しいものが編み出されていることです」
と、ニューヨークでの勤務歴が3年となる南貴大さんは言います。
「その結果、ここでは、『信用』がある人だけでなく『信用』があまりない人でも、それに見合った対価を払うことによって、お金の融通を受けることができるわけです。それが『世界の金融の中心』であるということの意味合いだと思っています」と話してくれました。
ニューヨーク事務所オフィス前にある巨大なオブジェ。ニューヨークの街中には、こうしたアートがたくさん溶け込んでいます。
ウォール街から主な金融機関のオフィスは姿を消しましたが、ニューヨークの金融業界を指す名称としての「ウォール街」は健在です。
ニューヨーク事務所の歴史、現在とつながる点
日本銀行がニューヨーク事務所を開設した1905年時点では、そうした「世界の金融の中心」としての地位はまだロンドンにあり、ニューヨークが次第にその地位を脅かす存在となりつつある頃でした。
当時、日本政府は、大国ロシアとの戦争を遂行するために多額の外貨を調達する必要があり、その使命を帯びた日本銀行副総裁(当時)の高橋是清が、ロンドンとニューヨークで資金調達を行うこととなりました。この活動を支えることが日本銀行ニューヨーク事務所の最初の仕事だったようです。
日本は、その前に日清戦争に勝利していたとはいえ、極東の小国でした。多額の外貨調達を行う上での「信用」はほとんどなく、彼らの活動は困難を極めたと言われています。しかし、大変な努力の上に、さまざまな関係者の思惑や偶然も折り重なった結果、最終的には想定以上の調達に成功したとされています。
「その時期に、足場の乏しい異国の地で、国家の命運を背負って奔走していた先人たちの苦労は、私たちの想像をはるかに超えたところにあるものと承知しています。その上で、あえて申し上げれば、この事務所の活動の基本は、その頃からいまに至るまで変わっていないのだろうと思っています」
と、現在、事務所を束ねる米州統括役の立場にある河西慎さんは言います。

ニューヨーク証券取引所前にある強気相場の象徴・雄牛(ブル)の像。本号が発刊される頃には強気相場が復活しているでしょうか。
恐らく120年前の彼らは、この街にいる誰が資金の出し手となってくれる可能性があるのか、その人たちはどういったことを気にしているのか、どのような条件を出せば話が前に進みそうなのか、その状態はこの先どう変化しそうなのか、あちこちに足を運んで探りを入れていたことでしょう。
同時に彼らは、日本とはどういう国なのか、ロシアとの戦いは現状どのような状態で、どのような展開になりそうなのか、あちこちで何度も説明して回っていたことと思われます。
「そうした『当地で何が起きていて、これから何が起こりそうか、情報を集めて理解に努めること』と『日本で何が起きていて、これから何が起こりそうか、情報を伝えて理解してもらうこと』の双方向のインテリジェンス活動こそが、いままさに私たちが日常的に行っている仕事と言えます」
と、河西さんは話してくれました。
ニューヨーク事務所の体制

ワシントン事務所では、ホワイトハウスから出てくる各種政策について、ニューヨーク事務所と連携しながらきめ細かくフォローしています。
現在、ニューヨーク事務所には7人の職員が働いています。この他、日本銀行は、政治の中心であるワシントンD.C.にも事務所を構えており、そこに4人の職員が勤務しています。この合計11人のチームが一体となって、変化の激しい当地の情勢把握に努めつつ、前向きな変化が明らかになってきた日本の経済・金融情勢を伝えることに取り組んでいます。
「例えば、政府から関税について新たな方針が示された際には、ワシントン事務所が政策の内容のフォローを行いつつ、金融市場への影響についてはニューヨーク事務所で取りまとめる、といった形で連携しています。両事務所のコミュニケーションは非常に緊密です」
と、両事務所で最も若手の渡邉考記さんは言います。
ニューヨーク事務所では、仕事を(1)経済や金融政策に関するもの、(2)金融市場に関するもの、(3)金融機関や金融システムに関するもの、(4)決済など(1)~(3)に含まれない中で重要度の高いもの、の大きく4つのかたまりに分け、それぞれに担当を割り当てています。
また、ニューヨーク事務所の担当エリアは「米国」ではなく「米州」であり、北はカナダから南はチリ、アルゼンチンまで、北中南米にまたがっています。
その中でも、日本経済への影響の大きいカナダ、メキシコ、ブラジルには、担当を割り当てて、定期的に現地に出張したり、現地の人々とオンラインでの意見交換を行ったりしています。
「昨年、カナダに出張して日本経済や日本銀行の金融政策についてプレゼンテーションを行って以降、カナダの当局者がニューヨークに来ると、自分を指名して意見交換を求めてくるようになりました」
と、少し照れながら話すのは、渡邉さんの同期である柴山勇人さん。
「この若さで、日本銀行の代表としての看板を背負って仕事ができるのは、責任とともにやりがいを感じます」と話してくれました。
海外事務所の存在意義
米国の経済、市場、金融システムの動向は、日本経済の先行きを見通す上で、非常に大きな影響を持ちます。このため、日本銀行としては常に強い関心を持って現状と先行きの分析に取り組んでおり、いずれの分野についても、本店の担当部局に米国の動向を分析するチームが置かれています。
それでは、ニューヨーク事務所の役割は何なのでしょう。
この点について、次長の稲場広記さんは、「FRB(連邦準備制度理事会)内部の当局者や、ウォール街のエコノミスト、アナリストたち、当地で活動している事業法人の方々との意見交換を密に行うことを通じて、自分たちなりのビューを形成し、それをタイムリーに本店に還元していくことによって、日本銀行全体としてできる限り正しく現状を認識し、適切な政策判断を行っていくことに貢献することが当事務所の役割だと思っています」と教えてくれました。
これに呼応して、前出の南さんも「そのためには、政策を決める総裁・副総裁・審議委員をはじめとする本店の問題意識を頭に入れながらも、それに過度に引きずられ過ぎないこと、当地にいるからこそ抱く問題意識も大事にすることがとても重要だと考えています。米国には、さまざまな立場・角度から米国経済の動向をウォッチしている人たちがおり、こちらからアプローチすると、かなり立場の高い人、かなり名の売れた人でも、比較的気軽に意見交換に応じていただけるのが日本との大きな違いです。そのメリットを最大限に活かすことで、日本銀行の政策運営にしっかり貢献していきたいと考えています」と、きっぱりとした口調で話してくれました。
米系大手金融機関やヘッジファンドとの対話を重ねるために、摩天楼のオフィスを訪ねるのもニューヨークで働く醍醐味の一つです。
忙しい日々に追われ、心の癒やしが欲しくなったときには、そっと僕の隣に座って、一緒にニューヨーク連銀を眺めてくれるかい?
グローバルな中央銀行ネットワーク

ニューヨークにある各国中央銀行のオフィスで働く仲間たちとのカラオケ大会。ピーク時間帯には、もっと大勢いました。
ニューヨーク事務所で仕事をする上では、幅広い人的ネットワークを作っていくことが大事になりますが、その中でも、他国の中央銀行の駐在員との絆は非常に深いようです。
ニューヨークには、日本銀行以外にも、ドイツ、フランス、イタリアなど西欧勢と、中国、韓国、マレーシアなどアジア勢を中心に、約15の中央銀行が事務所を構えています。中には外貨準備の運用機能も担っている事務所もありますが、当地の経済・金融情勢の分析が大事な任務である点は共通しています。
「彼らとはいろいろな機会に顔を合わせますが、関心領域も、悩みも、共通する点が多いこともあり、非常に親しくなります。日本銀行は、その中央銀行サークルの中でも圧倒的に当地での活動の歴史が長いこともあり、なんとなくリーダー格として位置付けられていることを感じます」
と、同事務所で経済分析を担当する庄野静さんは言います。
「われわれの事務所が中心となって、外部のエコノミストを招いてのラウンドテーブルや、懇親イベントを開催することもしばしばあります。昨年開催したカラオケ大会には約30人が参加し、全員3時間立ちっ放しで肩を組みながらさまざまな歌を熱唱する盛大なイベントとなり、今でも語り草になっています」とも庄野さんは語りました。
こうした交流から仕事の面で得られるものも、もちろん多いのですが、おまけで嬉しいのは、各国の駐在員が推す地元料理のレストランを教えてもらえることだそうです。イタリア中央銀行イチオシのイタリアン。行ってみたいと思いませんか?
中央銀行の中でも、地元のニューヨーク連邦銀行との関係は、また格別だそうです。特に、金融市場の動向については毎日電話でやり取りしていますし、徒歩1分の距離に事務所を置いている利点を活かして、頻繁に行き来してざっくばらんな意見交換をしています。

IMFのスタッフおよび中央銀行の仲間たちに声をかけ、AIと金融システム安定の関係についてディスカッション。
昨年、日本銀行が利上げを始めて以降は、日本の金融市場についての見解を求められる機会も増えています。彼らの市場部門には、日本銀行からの出向者が常駐しており、世界最大の金融市場と向き合いながら研さんを積んでいます。こうした濃厚な関係を築けているのは、各国中央銀行の中でも日本銀行だけだとか。
日本銀行ニューヨーク事務所の皆さんが、世界の金融の中心で重層的で多彩なネットワークを構築しながら、日本経済の明日のために活躍してくれることを、これからも期待したいと思います。
(肩書などは2025年3月下旬時点の情報をもとに記載)