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「日銀探訪」第24回:金融機構局国際課長 対木寿夫

国際交渉の最前線、バーゼル3に主張反映=金融機構局国際課(1)〔日銀探訪〕(2014年8月25日掲載)

金融機構局国際課長の写真

リーマン・ショック後の世界金融危機を経て、欧米を中心に金融機関や金融取引に対する規制強化の動きが強まり、ルールを検討する国際会合が頻繁に開かれるようになった。国際規制が金融機関の行動に大きな影響を与えるのは必至なだけに、こういった会合は各国の利害が激しく衝突する場となる。今回取り上げる金融機構局国際課は、国際交渉の最前線に立ち、各国と厳しい議論を行いながら、銀行監督の国際ルールづくりに携わっている部署だ。対木寿夫課長は「日銀内では、国際交渉に携わる機会が最も多い課」と話す。

国際金融規制の議論はこれまで、欧米主導で行われてきた印象がある。しかし対木課長は「日本でも交渉の経験を積んだ人材が増えてきている」と指摘。自己資本比率や流動性などに関する新しい規制である「バーゼル3」には、日本の主張がかなり反映されたと打ち明ける。対木課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「国際課は、金融システムの安定を図るため、バーゼル銀行監督委員会(バーゼル委)や金融安定理事会(FSB)を中心とした国際会合への参加を通じて、金融庁とともに、グローバルな銀行監督のルールづくりとその実施に貢献していくのが任務。課員数は20人近くで、バーゼル委やFSBの50を超える作業部会に手分けして参加している。2007年以降の金融危機を経て、国際的に規制強化の流れが強まり、参加が必要な作業部会が増えたため、国際課の人員も10年前に比べると倍増した。課員の多くは、海外留学の経験や、国際機関、海外中央銀行、日銀海外事務所などでの勤務経験がある。最近は、海外の大学を卒業して日銀に採用された若手が配属されるケースも増えている。海外出張が非常に多く、クリスマスや年末年始など一部の時期を除いて、常に課員の誰かが出張中だ」

「今回の金融危機を受け、国際金融規制は大きく変容した。銀行規制を検討する場は、40年前に発足したバーゼル委が中心だが、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の決定を受けて09年に設立されたFSBの存在感も高まっている。FSBは、銀行、保険、証券の各業態にまたがった国際ルールの調整や、国際金融規制の動きのG20への報告が主な役割。FSBが国際金融規制に関し、G20の事務局的機能を担うようになったことから、規制をめぐる議論も政治的色彩が強まるようになった。また、G20やFSBでも、総裁レベルで規制をめぐる議論を行う機会が大幅に増えた」

「バーゼル委が10年に公表したバーゼル3の要点としては 1)銀行の自己資本の質・量の強化 2)レバレッジ比率規制の導入 3)流動性規制の導入 4)『グローバルにシステム上重要な金融機関』への追加的措置—が挙げられる。また、従来は個々の金融機関の健全性をターゲットにしたミクロプルーデンス規制が中心だったが、バーゼル3では金融システムと実体経済や市場との連関を視野に入れたマクロプルーデンス的な観点からの規制も台頭してきた」

「金融危機を受けた規制の見直しが一段落したこともあり、規制の簡素化や比較可能性の確保を重視すべきだという主張が出てきている。背景には、バーゼル2以降、リスク感応度を高めようとするあまり、国際金融規制が過度に複雑化したという問題意識がある。銀行は現在、自らの内部モデルを使ってリスクを計測することが認められているが、計測結果には相当ばらつきがある。こういった点を踏まえ、英米当局を中心に、他の銀行との比較可能性に焦点を当てた見直しを検討すべきだとする提案が行われるようになった」

「バーゼル2の実施が不十分だったとの反省から、バーゼル規制を各国がどのように実施しているかを包括的に検証する『規制整合性評価プログラム』という枠組みもできた。他国の当局者が資料の精査やヒアリングなどを通じて審査対象国の実施状況をチェックし、報告書にまとめて公表する仕組みで、検査や考査に似たところがある」 「国際交渉というと、日本はいつも欧米に押されて守勢に回ることが多いという漠たるイメージを持たれている。しかし、バーゼル3には日本の主張がかなり反映された。具体例を挙げると、今回の危機で初めて生まれた『グローバルにシステム上重要な銀行』という概念の定義だ。当初、大きさなど2、3の指標を認定基準とする案が出されたが、これでは基準が偏っていて、邦銀への影響も大きい。そこで日本から、決済の合計額やデリバティブ取引の残高など12の指標を総合的に判断する方法を提案し、最終的にその骨子が採用された。流動性規制の策定についても、日本がかなり貢献している」

リーマン後、金融規制策定のスピード加速=金融機構局国際課(2)〔日銀探訪〕(2014年8月26日掲載)

国際金融規制を策定するには、構想段階から実際の導入に至るまで、何年にもわたる膨大な作業が必要となる。会合での議論の積み重ね以外にも、規制が導入された場合の金融業界への影響度合いを調べたり、導入に向けて行内外の関係先に規制の周知徹底を図ったりするなど、対応すべき課題は多い。しかしバーゼル2と比較すると、バーゼル3の策定期間は大幅に短縮された。金融機構局国際課の対木寿夫課長は「リーマン・ショックを経て、欧米諸国を中心に、金融規制に対する政治的関心が強まったことが、作業がスピードアップした主因」と指摘する。規制をめぐる関心は今も高く、交渉関係者の忙しい日々は続きそうだ。

「規制をつくるには、少なくとも数年はかかる長いプロセスが必要。バーゼル委には金融機構局の国際関係統括の審議役が、その下の政策策定グループには課長である私が、さらにその下の各種作業部会には企画役級の課員が、それぞれ出席する。作業部会で各規制の原案をつくり、政策策定グループの指示を受けて修正を加えた後に、バーゼル委に上げて議論を行う流れ。自己資本や流動性に関する規制などの大きな案件は、中央銀行総裁・銀行監督当局長官グループ(GHOS)というバーゼル委の上位機関が最終決定する」

「このプロセスの中で、最近非常に負担の増している作業がある。バーゼル委が市中協議にかけた規制案について、銀行からデータを集め、銀行経営にどの程度の影響を及ぼす可能性があるかを把握する定量的影響度調査というもので、政策決定を行う上で非常に重要なプロセスだ。世界中の銀行から集まったデータを一つ一つチェックしていく膨大な作業で、20代の若手担当者を中心に取り組んでもらっている。この調査以外にも、民間との意見交換会を頻繁に行い、現場の生の声を聞くように努めている」

「作業部会に参加する担当者は、通常は会議の2カ月前から、何度か電話会議を行いながら、資料を作成する。会議1週間前には資料を完成させて、日銀内の他部署と意見調整を行うほか、同じ会議に参加する金融庁の担当者と綿密にすり合わせながら、わが国の対処方針を決める。意見表明に当たっては、他国の参加者を納得させることができるロジック(論理)の構築に力を入れている。帰国後は、関係者へのフィードバックを行うほか、会議の結果を踏まえて、これまでの問題の再検討や新たな課題への取り組みが必要となることも多い。通常の部会は年に4回程度、忙しい部会は2カ月に1回程度開かれる。一人のメンバーが複数掛け持ちしており、仕事が途切れることはない」

「バーゼル委の部会は、毎回バーゼルで行われるわけではなく、30弱のメンバー国・地域が持ち回りでホスト国となることもある。日本が開催場所となる機会には、日本や日銀に良い印象を持ってもらえるようにしっかりホストを務めるのも、地味だが大切な仕事だと思っている」

「国際金融規制の策定に際しては、各国の国内事情との兼ね合いを考慮することが不可欠である。金融機関の活動がグローバル化し、その同質化が進んでいるといっても、各国の制度や銀行のビジネスモデルなどには違いがあり、画一的なルールがうまく当てはまるとは限らない。具体例としては、現在議論が進められているゴーンコンサーン・ロス・アブゾービング・キャパシティー(GLAC)が挙げられる。GLACとは、『グローバルにシステム上重要な金融機関』が破綻に追い込まれる場合に備えて、あらかじめ十分な損失吸収力を自ら持っておく必要があるという考え方。国際的な合意をつくり出すに当たっては、破綻処理制度が国によってかなり異なる点に十分な配慮を払う必要がある」「バーゼル2は構想段階から導入まで8年程度かかったが、バーゼル3は2年程度で枠組み公表にこぎ着けた。リーマン・ショック後、欧米各国の間で銀行を税金で救済するのはもう許されないという政治的な共通認識が生まれ、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議での議論の結果、 1)銀行の破綻確率を下げる 2)破綻した場合には最小のコストで速やかに処理する—ための仕組みづくりを短期間で行う合意がなされた。その結果、作業にスピード感が生まれた」

国際交渉の「顔」となる人材輩出に注力=金融機構局国際課(3)〔日銀探訪〕(2014年8月27日掲載)

国際金融規制を検討する会合では、規制の目的について認識が共通であっても、各国は自国の金融機関に少しでも有利な結論が得られるよう、それぞれの立場に基づく主張を展開する。各国の利害が交錯する厳しい国際交渉で、日本が発言力や影響力を高め、存在感を増していくにはどうしたらいいのか。金融機構局国際課の対木寿夫課長は「さまざまな国から来た人たちを説得できる論理力や対話力を持つグローバル人材の層を厚くする必要がある」と指摘。その上で、バーゼル銀行監督委員会(バーゼル委)や金融安定理事会(FSB)の事務局の主要ポストや部会の議長などを経験し、その世界で一目置かれる人材を継続的に輩出していかなければならないと強調する。

「バーゼル委の部会は、議長と事務局が主導して物事を決めていくことが多い。議長と事務局スタッフは連携しつつ、会合の議題設定や司会進行、資料の準備、各国意見の調整、合意の取りまとめに携わるほか、バーゼル委や上位部会への報告、業界との意見交換といったさまざまな業務を担う。これらのポストを獲得すると、いろいろな情報が入るようになり、各国の当局関係者とのネットワークも構築できる。日銀はこれまで、継続的に各種部会の議長を務めてきたし、バーゼル委やFSBの事務局にスタッフを出向させてきている。しかし、これらの組織のメンバー国は2009年にG10ベースからG20ベースに拡大。新しく入ってきた国からも応募者が出てくるようになり、ポストの獲得競争は激しさを増している」

「欧米当局の担当者は、金融規制に長年従事しているその道の専門家が多く、お互いに顔見知りで、いわばインナーサークルのようなものを形成している。このサークルに入ると、相手の国の本音を聞いたり、会合で影響力を発揮したりしやすくなるが、メンバーとして認められるには、主要部会の議長に就いたり、事務局に出向して経験を積んだりして、その世界で顔を売らなければならない。こういった人材の層を厚くするのが、組織としての競争力向上に不可欠と思う」

「国際金融規制については、欧米諸国がまず問題を提起するケースが非常に多い。そうした議論の背景にある問題意識を正確に把握するには、常に海外の金融・経済動向をフォローする国際的なアンテナの高さ、ネットワークの広さが必要。課員には、常日頃からそういったことを意識するようにと呼びかけている」

「国際的な議論に貢献するために必要な能力は、個人的には四つあると考えている。まず、多様なバックグラウンドの人たちを説得できるロジック(論理)を構築する能力。二つ目は、そうしたロジックを相手に分かりやすく説明するコミュニケーション能力。三つ目は、多様な人たちとの信頼関係を構築する能力。最後は、その前提となる英語力だ。こういった能力は、現在わが国で議論されている『グローバル人材』の前提条件とも重なり得る。課員には、国際会議への出席などを通じてグローバル人材として活躍できるようにと、常にハッパをかけている。その際に悩ましいのが人材育成。日銀では数年で仕事が変わるローテーション人事が一般的で、さまざまな経験をさせることで、過去にとらわれない発想や幅広い切り口を持つことを期待している。一方、この方法では、金融規制関係の知識・経験でその道の専門家と互角に渡り合うのは容易でない面もあり、いかにバランスを取るかについて考えている」「会合出席のため、頻繁に海外出張する必要がある上、海外と電話会議をすることも多く、時差の関係で業務が深夜に至ることもしばしば。体力的にはかなりきつい仕事であるため、課員の健康管理にはなによりも留意している。また、若い課員がやる気を持って仕事に取り組んでもらえるように、仕事の任せ方を工夫しており、若いうちから国際会議に参加する機会を与えている」

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