「日銀探訪」第37回:国際局国際調査課長 大山慎介
少数精鋭で世界経済の動向分析=国際局国際調査課(1)〔日銀探訪〕(2016年4月6日掲載)
2016年は年初から、新興国経済や欧米経済の先行きなどへの懸念が高まり、市場は大荒れの状況となった。黒田東彦日銀総裁も、会見や国会などで、海外経済動向についての見解を問われる機会が増えた。日銀内で海外経済を調査して金融政策決定会合に報告する役割を負っているのが、今回取り上げる国際局国際調査課だ。課の総勢は30人前後だが、カバー範囲は日本を除く全世界に及ぶ。大山慎介課長は「日本経済と関係が深い国は細かめに点検する一方、それ以外の地域はそのときどきの日本経済や世界経済にとっての重要性に応じてめりはりを付けて分析している」と話す。金融市場動向も併せてチェックし、実体経済の評価につなげていることが、情勢判断を行う上での強みという。大山課長のインタビューを3回にわたって配信する。
「当課は、日本を除く世界全ての実体経済動向や国際的な金融情勢を分析するのが仕事だ。現在の在籍人数は約30人。米国、欧州、中国、中国を除く新興国の四つの国・地域について、それぞれの実体経済を担当する4班を設けているほか、国際的な金融情勢を分析する金融班、庶務班があり、計6班で構成されている。3人の企画役が、米国・欧州、中国・新興国、金融・庶務をそれぞれ統括。若手と中堅の総合職が中核となり、経験の豊かな特定職とリサーチアシスタントが脇を固め、企画役補佐が分析の方向性や手法を指導していく陣容となっている」
「課の主な役割は三つ。1)四半期ごとに世界各国・地域の成長率見通しを作成するとともに、それぞれの景気・物価情勢を判断 2)日本経済のリスク評価を行うベースとして、世界経済や国際的な金融情勢にどのようなリスクがあるかを分析 3)日銀の金融政策運営に有益と考えられる他国の事例や議論を紹介することだ」
「当課の主要業務である、四半期ごとの世界経済見通しの作成について説明したい。主要国・地域について今後2〜3年間の成長率見通しを標準シナリオとして作成するほか、リスクシナリオの点検も行う。成長率見通しの立て方は、仮説のチェック・修正を繰り返しつつ、その精度を高めていく『段階的接近法』による。各主要国・地域の担当者が班長や企画役と議論しながら、経済の成長の姿を詰めていくが、その際に世界経済全体のバランスも考える。例えば、米国経済の成長が上振れすれば、中国やアジア新興工業国・地域(NIES)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などの輸出が増えるはずだと考える。また、国際機関や各国中央銀行の経済見通しや分析などもチェックし、取り込むべきものは取り込んでいく」
「少ない人数で多くの国をカバーしているため、日本経済との関係が深い米国、中国、欧州、NIES・ASEANについては細かめに経済指標や金融市場の動きを点検する一方、それ以外の地域はそのときどきの日本経済や世界経済にとっての重要性に応じて分析し、めりはりを付けている。例えば、15年春から夏にかけてはギリシャ情勢、秋以降は新興国の債務動向を重点チェック。最近は、資源国の経済情勢を細かく見ている」
「新興国は、公表される経済指標の種類やカバーの範囲が、先進国と比較すると必ずしも十分ではない。言葉の壁もある。そこで、経験豊かな特定職が強みを発揮する。また、自動車販売統計や鉱工業生産、貿易統計、インフレ率などは大抵どこの国でも公表しているので、新興国経済はこれらの統計を軸にストーリーを構築することが多く、当該国の中銀による情報も参考にしながら分析を行う」 「金融市場の動向も、めりはりを付けて分析している。最近は、中国の人民元相場や株価、原油をはじめとする資源価格、欧米のハイイールド債の動きなどを重点的に調べた。金融市場は、実体経済を映す鏡であると同時に、実体経済に影響を及ぼすショックの発生源や増幅器でもある。金融市場の動きが何を意味しているかを分析し、実体経済の評価につなげていることが、当課の情勢判断の強みの一つだと思う」
海外分析、金融政策判断の重要材料に=国際局国際調査課(2)〔日銀探訪〕(2016年4月7日掲載)
「このところ、原油価格の一段の下落に加え、中国をはじめとする新興国・資源国経済に対する先行き不透明感などから、金融市場は世界的に不安定な動きとなっている。このため、企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している」。これは、日銀がマイナス金利導入を決定した1月29日の金融政策決定会合後に発表された声明の一部分だ。決定会合に向けて、海外の経済指標や金融市場の動きを点検し、現状評価と先行き見通しをまとめるのは、国際調査課の主要業務の一つ。この評価と見通しは、政策委員が決定会合で金融政策を判断する上で重要な材料となる。大山慎介課長は「経済指標だけでなく、市場参加者の評価や各国中央銀行の政策判断にも目を配っている」と説明する。
「決定会合に向けて、海外の経済情勢や金融市場動向の現状評価と見通しを作成するのが、当課の業務の一つ。前回の決定会合後に公表された経済指標や金融市場の動きなどを集中的に点検し、評価を加えて、政策委員会に提出する。主要国・地域の動きを定点観測する枠組みを構築しており、経済見通しの標準シナリオからの乖離(かいり)がないかどうかを調べ、ずれてきたと判断した場合にはその背景を探るのが基本的な手法。市場参加者の評価もチェックしている。また各国中銀がどのような政策判断をしているか、市場調節や市場介入も含めて金融市場とどのような対話をしているかといったことは、当該国の経済情勢を判断する上で重要な情報だ」
「決定会合では国際局長が説明する。限られた時間でポイントを分かりやすく伝えるため、図表を極力シンプルなものにして、経済の動きが一目で読み取れるようにするなど、報告資料は毎回工夫しながら作成している」
「一方、海外経済に関わる重要な論点は、人手と時間をかけてしっかりと調査する。テーマは、四半期ごとの情勢判断や決定会合までの分析で浮かび上がることが多い。自分で調べたいと申し出るケースが大半だが、調査のゴーサインが出るためには目下の問題であることが必要条件だ。また、私を含めた上司が調べるように指示するケースもある。最近では、先進国の労働生産性の伸び率鈍化の背景や金融政策運営上の含意を調査したほか、失業率とインフレ率の関係を示すフィリップス曲線が先進国でなぜフラット化しているのかも分析した」
「分析過程では、経験や専門知識を持つ管理職や中堅が、若手を指導しながら調査を進める。若手にとってはリサーチの手法や手順、論文の書き方を学ぶ格好の機会であり、管理職や中堅にとっては新たな分野を切り開くチャンスとなる」 「分析の成果はリポートの形にして、当行の役員などに読んでもらう。一部は『日銀レビュー』や『日銀ワーキングペーパー』、局長の外部講演などで、対外的に発信する。分析結果を国際会議に提供し、議論に役立ててもらうこともある」
海外事務所と連携し経済の急変にも対応=国際局国際調査課(3)〔日銀探訪〕(2016年4月8日掲載)
海外の景気情勢や金融市場動向を調査するに当たり、経済データや発表資料は日本でも入手可能だが、当局や企業に対するヒアリングなどは現地にいなければ難しい。そこで国際調査課は、7カ所ある日銀の海外事務所と緊密に連携し、情勢の急激な変化などを見逃さないようにしているという。一方、海外の経済情勢判断を現地ではなく本店で行う理由について、大山慎介課長は「分析チームを1カ所にまとめることで、若手の育成がしやすくなる上、分析手法の共有化も図れる」ためだと説明する。
「日銀内には調査部署がいくつもあり、当課はその中の一つだが、カバーするのは日本を除く世界の実体経済や金融情勢と、幅広いのが特徴。そのため、重要な論点を見極める力や状況変化に素早く応じられる柔軟性、多様な問題に対応する分析力の高さが、組織として求められる」
「経済指標などのデータと並んで重視しているのが、海外事務所からの情報や市場参加者との対話だ。日銀の海外事務所はワシントンやロンドンなど7カ所にあり、経済指標などの資料を見ているだけでは分からない、現地の生の情報を提供してくれる。特に、情勢が急激に変化している場合は、経済指標を見ているだけではどうしても後追いになってしまうので、海外事務所の情報や市場参加者との対話がより役に立つ」
「もっとも、海外経済情勢の判断は、海外事務所ではなく本店で行う方が合理的だと考えている。若手が調査・分析の仕事を覚えるに当たっては、経験者が多くいる本店の方が指導を受けやすい。また、担当者間で分析手法を共有することも可能になる」
「当課では、若手であっても、少なくとも一つの国を担当する。担当先については、経済指標や金融市場の動向、当該国・地域の中央銀行や財政当局の対応、海外事務所や市場参加者から得た定性的な情報などをすべて織り込み、情勢判断する。このように一つ以上の国の経済全体を分析・評価することは、中銀エコノミストとしてマクロ経済を見る目を養う絶好の機会と言える。また若手にとっては、経験や専門知識を持つ中堅などと一緒に論文を書く機会があれば、経済情勢に関する理解が深まると同時に、論文の書き方などの勉強にもなる。将来的にエコノミストとしてのキャリアアップを希望しなくても、経済分析の基本的な枠組みを知っていれば、中銀業務のいろいろな局面で役に立つはずだ。制度面の調査の経験は、業務企画で役立つケースもあるだろう」「当課は若手が中核の組織であり、一人ひとりの担当者の能力伸長が課全体のパフォーマンス向上に直結する。課員全員が、それぞれのレベルに応じて分析・評価能力を磨いてほしい。課長としては、仕事がしやすい土壌づくりに努め、壁に突き当たっている課員がいれば乗り越えられるように手助けし、チーム全体で成長することを目指したい」
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