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「日銀探訪」第38回:国際局国際収支課長 中村武史

海外との経済・金融取引を網羅的に記録=国際局国際収支課(1)〔日銀探訪〕(2016年7月4日掲載)

国際局国際収支課長の写真

国際収支統計は、わが国と海外との間での貿易やサービス、投資などに関わる資金のやりとりを体系的・網羅的に記録する統計だ。国を家庭と見なせば、家計簿のようなものと言うこともできる。統計の公表は財務省・日銀が共同で行っているが、外為法に基づき、作成事務は日銀に委任されている。事務を所管する国際局国際収支課の中村武史課長は「経済のグローバル化が進む中で、国際収支統計の重要性は一段と高まってきている」と強調する。

同統計のうち、海外との金融取引に関しては、一定期間の収支であるフローの記録に加えて、本邦対外資産負債残高というストックの記録も公表されている。これらの数字からは、これまで蓄積してきた対外資産というストックでいかに稼ぐかが日本の重要課題となってきたことなどが読み取れる。中村課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「当課は、国際収支統計グループ、外為法手続グループ、国際収支統計システムグループの3グループで構成され、人員は50人超。外為法に基づき財務相から委任を受け、統計作成事務や許可・届け出などの審査・受理事務を担っている。人員のうち約8割が統計作成事務に携わっているが、これは法令に基づいて提出される大量かつ多種多様な報告書の内容を1件ずつチェックし、誤りや漏れがないか確認する必要があるためだ」

「課の業務の大半は、実務担当者が担っている。統計の担当者は、報告内容を理解し、計数を検証して、データを作成するため、外為法や国際収支の国際的なマニュアルに関する知識に加え、担当の収支に関わる業界知識や取引慣行、会計、法律などの知識も身に付けていなければならない。また窓口の担当者は、日々提出される届け出書などの内容を的確に理解するため、外為法に対する高い専門性が求められる」

「課の業務は統計作成だけではない。品質向上を目指して統計の作成・計上方法の検討を行ったり、統計を分析してさまざまな使い方を紹介したりする仕事もある。最近では、日銀レビューとして『わが国における最近の国際収支動向とその特徴点』を公表した。また、国際収支統計は国際的なマニュアルに沿って作成されるもので、マニュアルを見直す国際会議が開催されている。そうした場に参加する職員もいる」

「国際収支統計は、海外との経済・金融取引を記録する統計で、経常収支と金融収支の二つに大別される。経常収支では、一定期間における海外との貿易やサービスの受け払い、海外への投資に伴う収益などの動きが示される。一方、金融収支からは、直接投資や証券投資など、一定期間における海外との金融取引の動きが読み取れる。金融取引については、フロー統計に加えて、本邦対外資産負債残高というストックの記録も公表されている。統計全体を通じて、どのような取引で海外から資金を受け取り、そうした資金も活用しながら、どのような形で海外に投資し、それが蓄積されていくかを、体系的かつ網羅的に捉えることができる」 「経常収支のうち、海外への投資からの収益である配当や利子の受け取りなどが増加傾向にあり、2000年代後半以降は経常黒字の主因となってきた。このことから、日本の取引構造はこれまでの貿易中心から、投資によって稼ぐ方向に変わってきたことが見て取れる。一方、海外への投資がどの程度積み上がってきたかを知りたい場合には、ストック統計である本邦対外資産負債残高を見ると分かる。このようにフローとストックの統計はリンクしており、両方を見ることで、ある国の対外的な経済・金融取引の全容を把握できる」

報告は年間40万件以上、内容を地道に確認=国際局国際収支課(2)〔日銀探訪〕(2016年7月5日掲載)

海外との経済・金融取引を体系的・網羅的に記録する国際収支統計は、国際局国際収支課の職員による地道な確認作業を経て作成されている。「貿易収支」や「旅行」などは関係省庁が作成する統計を基礎資料として活用するものの、それ以外は対外的な取引ごとに提出される報告書の内容を同課職員が確認し、集計しているという。報告書は40種類以上、受理数は年間で40万件以上に上る。個人も、3000万円を超える対外経済・金融取引を行った場合、外為法により原則として事後報告が義務付けられる。中村武史課長は「個人の取引者は報告に慣れていない方も多いので、問い合わせなどへの対応は分かりやすく丁寧に行うように心掛けている」と話す。

「統計作成の過程で、国際収支課は法令に基づいた多種多様な報告書を大量に受理している。具体的には、住所が国内にある『居住者』と国内にない『非居住者』との間の受け取りや支払いなどに関する報告が主なものだ。個人も、非居住者との間で3000万円を超える対外経済・金融取引を行えば、報告対象者となる可能性がある。報告者が個人の場合、統計を知らない人でも理解してもらえるように丁寧に説明・対応する。一方、金融機関が定期的に提出するような報告書では、詳細な情報を高頻度で提出するものも存在する。また、金融機関が報告する取引の中には、デリバティブ(金融派生商品)のように商品形態が非常に多岐にわたっているものもあり、適切な項目に記載されているかどうかといったことをしっかり確認する必要が生じる。問い合わせに対応したり、報告書の内容を確認したりする上で、最新の金融手法や商品などに関する知識が欠かせない」

「最近は、海外に進出した企業が、原材料をある国から調達し、別の国で加工してから日本に持ってくるというような複雑な取引が増えてきた。契約内容や物流の状況によって統計上の報告の仕方が変わってくるので、慎重に確認している」

「多種多様かつ大量の報告書は、報告者側の負担軽減にも配慮して、すべてオンラインで提出できるようにしている。セキュリティーの確保に向け、最新の情報技術を踏まえ、独自のシステムを構築して万全の体制を取っている。報告者からはたびたびシステム関係の照会も受けるが、対応に当たっては相手のシステム環境の正確な理解も必要だ。また、提出された報告書を迅速かつ的確に処理するため、報告書の集計と統計作成もシステム化している」 「1998年の外為法改正により、対外取引は基本的に事後報告制となった。ただ、一部の取引は事前の届け出や許可申請が必要だ。届け出が必要なケースの具体例としては、居住者が漁業、皮革または皮革製品の製造業、武器の製造業などの事業を行う外国法人に出資や貸し付けを行う場合が挙げられる。許可申請は、経済制裁措置の対象者との取引などの際に必要となる。こうした届け出書や許可申請書の受理事務も担当している。また、外国為替の取引などの報告に使用する為替レートの算出と公表も、当課の業務だ」

マニュアル改訂が一大プロジェクト=国際局国際収支課(3)〔日銀探訪〕(2016年7月6日掲載)

世界の多くの国が発表している国際収支統計は、国際比較がしやすいように、国際通貨基金(IMF)が定める国際基準「国際収支マニュアル」にのっとって作成されている。この点が大きな特徴だ。マニュアルは、国際経済情勢や金融取引の変化などを踏まえ、おおよそ十数年のサイクルで見直されている。国際局国際収支課の中村武史課長は「マニュアルを策定する国際会議には当課の職員も出席し、積極的に議論に参加・貢献している」と話す。直近では2008年に第6版のマニュアルが発表され、わが国も14年1月分の統計から同版に基づく計数の公表を開始した。他の主要国も、ほぼ同時期に第6版準拠に移行したという。

「国際収支統計の特徴は、IMFが作成している国際収支マニュアルにのっとってつくられるところだ。これは、各国が作成する統計の比較をしやすくするため。マニュアルは定期的に見直されているわけではないが、過去の例を見ると、おおよそ十数年の間隔で改訂されている。直近では、1990年代に起きた通貨危機の経験や経済のグローバル化、金融取引の高度化などを踏まえ、08年にマニュアルが改訂されて第6版となった。日本は14年1月分から同版に準拠した統計に移行した。主要国も、だいたい同じタイミングで移行を済ませた」

「マニュアル改訂を受けた統計の移行作業は、長期間にわたる大型プロジェクトだ。マニュアルはあくまでベースになる考え方を定めたもので、それを細かく読み込んだ上で、どのような統計を策定するかを決め、日本の法令に基づく報告書に落とし込んでいく必要がある。さらに、事務フローを整えつつ、システム上で実現していかなければならない」

「マニュアルの改訂については、IMF国際収支委員会とその下部組織で議論が行われる。これらの国際会議には、当課の職員も出席して議論に貢献しており、マニュアルの序文には彼らの名前も記載されている。マニュアル改訂後も、各国の移行状況や、その過程で生じた問題などを検討するため、国際会議は引き続き開催される」

「08年のマニュアル改訂を受けた統計見直しで、14年1月から業種別・地域別直接投資収益と通貨別対外債権・債務残高が新たに公表されるようになった。これにより、わが国の対外資産や対外負債に関して、より多くの情報が入手可能となった。債権・債務の両方で通貨別残高を把握できるようになったのは、わが国が初めてだ」

「経済構造は日々変化している。日本のあらゆる対外経済・金融取引を適切にとらえるには、われわれ自身、統計の品質向上に向けた不断の努力が必要と考えている」 「課長として課員に求めていることが二つある。一つは、企画担当だけではなく、実務担当者も、統計の精度向上はもちろんだが、報告者の負担軽減も意識するなど、多角的な観点を持って仕事に取り組んでほしいということ。もう一つは、人数が多く、それぞれの専門性も高い職場なので、お互いの価値観や事情を尊重した上で、コミュニケーションをきちんと取って、チームとして仕事ができる職場にしていこうということだ」

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